第21話 ハルゼー艦隊、壊滅

ー 空母『エンタープライズ』艦橋内 ー


ワイルドキャット隊による迎撃開始後、ハルゼーたちが目にした光景は、ワイルドキャットが次々と黒煙を噴きながら墜落していく光景だった。


ハルゼーや幕僚たちだけでなく、『エンタープライズ』の艦長や艦橋にいた乗組員達も唖然としていた・・・。

「何故だ・・・!?我が海軍のワイルドキャットがジャップの戦闘機に太刀打ちが出来ないだなんて・・・。」

ハルゼーは現実逃避をしている感じだったが、目の前で起きている光景は正に現実だった。

いや、アメリカにとっては『悪夢』としか言いようがなかった・・・。

すると、ハルゼーの近くにいた航空参謀がポツリと呟いた。

「あの『シェーンノート』に記されていた『恐るべき日本の新型戦闘機』は、実在していたのか・・・。」

その言葉にハルゼーたちの顔は、顔面蒼白になった・・・・。


実際、日本海軍が開発した新型戦闘機『零式艦上戦闘機二一型(A6M2b)』は、速度及び旋回性能においてアメリカのF4Fワイルドキャットを上回っていた。

実は、既に中国戦線において既に零戦は投入されていて、その圧倒的な性能を目の当たりにしていた中国軍にいたアメリカ陸軍クレア・リー・シェーンノートが『通称:シェーンノート』として軍上層部に零戦の存在を報告していた。

だけど、軍上層部は「日本にそんな戦闘機を作る技術はない」として信じていなかった。

その零戦の存在を軽視した結果が、目の前の光景だった・・・・。


そんな中、ハルゼーはある『違和感』に気付いた。「何だ、ジャップの戦闘機は一対一の戦闘を極力避けて、ペアで戦っているな・・・。」

確かに、日本の戦闘機は一対一ではなく、ペアでワイルドキャット1機に挑んでいる。

このペアで戦う連携戦術が、遠藤が第五航空戦隊と第六航空戦隊の戦闘機パイロットに提示した『新たな航空戦術』の一つだった。

最初こそ『卑劣な戦術』とか『武士道に反する』と言った反発もあった。

しかし、2機で一組となって戦う方が相手が強力な戦闘機でも対処出来る事が模擬戦で証明されているし、パイロット達の生還率を高めるのにも一役買っていたのでパイロット達にもこの戦術が受け入れられていった。

やがて、殆どのワイルドキャットが撃墜されてしまい、ハルゼーの思惑が早くも崩れてしまった。


そんな中で、ほぼ撃墜ゼロだった零戦部隊に守られながら、九九式艦爆隊と九七式艦攻隊がハルゼー艦隊に迫りつつあった。

ハルゼーが慌てて各艦に対空射撃を発令した中、九七式艦攻や九九式艦爆が低空飛行を始めた。

海面スレスレの低空飛行に驚いている中、幕僚の一人が疑問を口にした。

「艦爆隊だけでなく艦攻隊も全機が爆弾を抱えている中で、何故、低空飛行なんだ?」

そんな中、『エンタープライズ』を守っていた巡洋艦1隻と駆逐艦2隻にそれぞれ、艦攻や艦爆が迫る中、九九式艦爆と九七式艦攻数機が抱えていた250kg爆弾を投下した。

落下した爆弾達は、目標の巡洋艦や駆逐艦のはるか手前で水煙を上げただけだったかのようにみえた。

しかし、一旦沈下したかに見えた爆弾は海面から飛び出し、再び水中に潜り、またも少し先に出現。

イルカの様に跳躍を繰り返しながら、爆弾達は目標にしていた巡洋艦1隻と駆逐艦2隻の舷側に襲いかかった。

投弾した各機は、自らの爆弾を避ける為に上昇して、左右に散開した。

直後に目標となった巡洋艦や駆逐艦は盛大な爆発と黒煙を発生していた。

結果、標的となっていた巡洋艦や駆逐艦は、次々と航行が遅くなったり主砲や対空兵装備の殆どが破壊されてしまい、対空の弾幕密度が著しく激減した。


この九九式艦爆隊と九七式艦攻隊の行った爆撃方が、遠藤が樋端と話し合って生み出した戦術『反跳爆撃』だった。

高々度爆撃よりも命中率を高め、敵艦隊の対空兵装を破壊するには、最も適した方法だった。

石を浅い角度で投げ込むと、石は何度も水面を跳躍しながら飛んでいく。

この『水切り』の要領で爆弾を放つ戦法だ。

やがて、第二次攻撃隊は第二航空艦隊の母艦へと帰還していった。


第二次攻撃隊が去った海域では、被害を受けた巡洋艦や駆逐艦の消火活動が行われたりと混乱状態だった。

ハルゼー達は思考回路が中々、追い付かなかった・・・。

何よりも、日本の攻撃隊は空母『エンタープライズ』と空母『レキシントン』を無視して、2隻の周囲を護る巡洋艦や駆逐艦を狙って攻撃したのだから余計に混乱していた。

攻撃隊の一部が『エンタープライズ』と『レキシントン』に同じ『反跳爆撃』で攻撃を仕掛けたものの、損害は軽微だった。

やがて、幕僚の一人が考察意見を話した。

「今の日本が放った攻撃隊の狙いは、我々の空母を護る巡洋艦や駆逐艦の対空能力を奪うことを重視していたのではないでしょうか?」

「・・・・、続けろ。」

「巡洋艦と駆逐艦はわざわざ沈めるのではなく、対空能力を破壊することに集中します。そうすれば、次の攻撃隊が確実に我々の空母や残存艦に対して爆撃や雷撃がしやすくなります・・・・。」

幕僚の考察意見を聞いたハルゼーたちも、日本の攻撃隊が再び現れることを確信した。

そんな中で、ハルゼー達にスピーカーを通して緊急報告が入った。

「新たな日本機群、多数、接近中っ!!!」

悲鳴とも言える報告を受けたハルゼーも顔面蒼白のまま呟いた。

「俺たちの『悪夢』は、まだ続くのか・・・・。どこまでジャップたちは俺たちを苦しめるんだ・・・・。」

周りにいた者達にとって、ハルゼーの言葉は『死刑宣告』を告げられたも同然だった・・・・。


ハルゼー達が第二の攻撃隊接近の報せを受けている頃・・・・。

ハルゼー艦隊に接近しつつあった第三次攻撃隊は、第二次攻撃隊の発艦から50分後に発艦していた。

第三次攻撃隊は、『翔鶴』、『瑞鶴』、『舞鶴』、『紅鶴』に加えて、修復作業が完了した『飛龍』、『蒼龍』からも発艦していた。

第三次攻撃隊は、零戦が50機、九九式艦爆(爆装)が20機、九七式艦攻(雷装)が20機と規模が少なくなっていたが、これが日本側が放つ最後の航空戦力だった。


ハルゼーの残存艦隊に向かっていた第三次攻撃隊の中で、1機の九七式艦攻に搭乗していた淵田は気合十分だった。

しかも、淵田の手にはカメラがあった。

操縦や偵察を担当していた搭乗員二人が尋ねた。

「中佐、カメラを何の為に使うのですか?」

「まさか、記念写真を撮る気ですか?」

そんな二人の質問に淵田は、

「アホ言うなっ!長官から『エンタープライズ』と『レキシントン』の最期をしっかりと見届けてくれと言われたから、その最期を撮影した写真を長官に渡すためやっ!」

淵田の回答を聞いた二人も納得した。

「しかし、若大将の新しい航空戦術には驚きますね。」

「ああ、実際に模擬戦などで結果や効果を見せ付けられたら、反論も出来なかったな・・・。」

確かに、二人の言う事には淵田も同意だった。

実際に、無線の内容から第二次攻撃隊として出撃した友軍の被害は一部の被弾した機体以外は、撃墜はゼロだったから尚更だし、第二次攻撃隊の戦果も加わっているから淵田も内心、驚嘆していた。

(ここまでの戦果が出ているならば、俺達も長官の期待に応えないとな・・・・。)


やがて、パイロットから報告が入った。

「ハルゼーの残存艦隊ですっ!」

淵田も目線を変えて確認すると、ハルゼー艦隊が確認出来た。

そして、この第三次攻撃隊がハルゼー艦隊への最後の攻撃である事を淵田は確信した。

淵田は全搭乗員に命じた。

「全機、突撃やっ!!」

淵田の突撃指示を受けて、村田、友永、江草たちも負けじと突撃を開始した。

(若大将は俺たちにチャンスをくれた・・・・。そして、戦死していった仲間たちの仇討ちの機会を・・・・。)

(この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない!!)

(生きて若大将に報告することが、俺たちの成すべきことだっ!!)

零戦隊も機銃掃射などで、ハルゼー艦隊の対空を妨害する中、九九式艦爆隊と九七式艦攻隊は、『エンタープライズ』と『レキシントン』を目指した。


一方でハルゼー達も日本の攻撃隊を確認していた。

状況は絶望的だが、逃げる訳にはいかなかった。

「全艦、対空射撃を開始しろっ!!」

とは言え、ハルゼーは命じたが対空能力の大部分が失われてしまった中での対空砲撃の密度は絶望的だった・・・・。

そんな中で淵田は、空母『エンタープライズ』を目指した。

対空射撃が疎らだった合間を縫って、先ずは淵田率いる九七式艦上攻撃隊が空母『エンタープライズ』の左右から迫っていった。

そして魚雷投下後、左右にそれぞれ、4~5本の魚雷が命中して『エンタープライズ』が左右に大きく揺れた。

ハルゼーは幕僚たちや乗組員達と供に、船体の激しい揺れで倒れ込んだ。

すぐに立ち上がったハルゼーは、目の前の光景を目にして思わず動きが止まってしまった。

今度は、左右から九九式艦上爆撃隊が『反跳爆撃』の為に接近して来ており、次々と爆弾が投下された。

「跳躍しながら向かって来る爆弾をハッキリと目にするとはな・・・・。俺達は敵にしてはいけない相手を敵にしてしまったのか・・・・?」

思わず口にしたハルゼーは、目の前に迫った爆弾を目にした直後、その意識は永遠に閉ざされ、また他の幕僚たちや乗組員たちと共に肉体も消滅した・・・。

この時、投下された250kg爆弾2~3発が『エンタープライズ』の艦橋に直撃した為であった。


自機の機体を上昇させた淵田は、『エンタープライズ』のダメージが致命傷なのを確信しながら、用意していたカメラを準備した。

しかし、直後に搭乗員の一人が「『エンタープライズ』が転覆しましたっ!」と叫んだ。

最終的に『エンタープライズ』は、右側から一気に傾き転覆した。

淵田は慌ててカメラを向けたが、周囲に発生した激しい水飛沫が邪魔して船体がハッキリと見えなかった。

水飛沫が収まった時には、『エンタープライズ』は海中に没していた。

正に『轟沈』と言うべき最期だった。


「残念やったけど、これならば、長官も納得するやろな・・・。」

「間違いなく若大将も納得しますよ。」

「自分達だけでなく、他のパイロット達も証言してくれますよ。」

二人の搭乗員に慰められる中で淵田は、少し離れた海域にいた『レキシントン』を見た。

『レキシントン』は友永、村田、江草たちによる同時攻撃により、数発の爆弾命中と左舷に集中した5本の雷撃によりゆっくりと左舷前方から海中に沈んでいった。

『エンタープライズ』と『レキシントン』の最期を確認した淵田は全機に告げた。

「全機、母艦に帰還せよっ!!!」


一方、空母『エンタープライズ』と空母『レキシントン』の2隻を発見した羽田は戦場となった海域から少し離れた海上で、パラシュート装置を浮き輪代わりにして浮かんでいた。

羽田は、友軍の猛攻で沈んでいく空母『エンタープライズ』と空母『レキシントン』の最期を見届けていた。

「俺の迷子が切っ掛けで、空母『エンタープライズ』と空母『レキシントン』を撃沈とはな・・・・。」

正直、自分の迷子が切っ掛けだったことから羽田の心中は複雑だった。

それでも、羽田が齎した大きな戦果だった。

そんな羽田の元に『摩耶』の偵察機が羽田を救助する為に接近しつつあり、『摩耶』の偵察機に羽田は強く手を振った・・・・。


この戦いで、第二航空艦隊は史上初めて『洋上を移動中の艦船を航空攻撃のみで沈めた』事例を成し遂げたのであった・・・。


そして、第二航空艦隊が出港した当日、山本長官が呟いた『良くも悪くも、全世界の海軍上層部の連中が卒倒する』と言った言葉を嫌と言うくらい理解させる出来事でもあった・・・・。



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零戦の2機一組による連携戦闘だけでなく、『赤城』と『加賀』を守る為に九九式艦爆や九七式艦攻が行った機銃攻撃は、考えとしては悪くないと思います・・・・🤔


そして、九九式艦爆隊と九七式艦攻隊によって行われた『反跳爆撃』は、史実でも樋端は集団爆撃方法として考案していたそうです。

※実際に、樋端が残したメモやイラストがあったそうです・・・・。


これらの戦術が史実でも早くに取り込まれていたらと思うと、残念ですね・・・・😰





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