第16話 若大将から多聞丸への返信

ー 第二航空艦隊 旗艦 戦艦『土佐』艦橋 ー


【空母『赤城』と空母『加賀』大破炎上、空母『蒼龍』中破】


この報せに『土佐』艦橋内は重苦しい雰囲気になっていた。

(恐らく、第一航空艦隊の現状はアメリカ側の決死の反撃だけではないな・・・。)

遠藤は、村田から南雲が自分に対して強い対抗心を抱いている事を聞いていた。

また、空母『翔鶴』、空母『瑞鶴』が所属する第五航空戦隊を第一航空艦隊から第二航空艦隊に変更した件でも南雲の反発があったことから、南雲は遠藤に対して色んな意味で強いライバル心抱いていることも遠藤は知っていた。

(今回、南雲さんは消極的では無かったけど、重要なところで詰めが甘くなってしまったな・・・。)


色々と考えている遠藤に、鼓舞が声を掛けてきた。

「それで、如何するもりですか?山口さんは若大将に委ねる考えみたいですが・・・。」

(山口さんらしいか・・・。ならば、自分のすべき事は・・・。)

遠藤は、鼓舞に聞いた。

「後方支援艦隊の燃料や物資は、大丈夫か?」

鼓舞は遠藤が何を考えているのか、察した上で答えた。

「はい。こちらからある程度譲渡すれば、1回くらいならば大丈夫です。」


遠藤は鼓舞が自分の意図を気付いた上での返答と察した後、通信参謀の佐野に指示を出した。

「佐野、今すぐに山口さんに返信をしてくれ。内容は『スグニ来イ』と『艦ト死スコトハ犬死ト思エ』だ。」

あまりにも短く単純な二つの電文内容に佐野は戸惑ったが、遠藤の「時間が惜しい。」と言われて通信室に向かった。


「それで若大将、何が狙いですか?」

鼓舞の意地悪そうな問い掛けに、対して遠藤は答えた。

「簡単な事だ。こちらには損傷した艦船を修復する工作艦である『香取』と『鹿島』が後方支援艦隊にいる。2隻に被害を受けた『飛龍』と『蒼龍』の修復をしてもらう。」

工作艦『香取』と『鹿島』は元々は練習巡洋艦として建造されていた。

だが、工作艦『明石』のように現場で損傷した艦船のために修復艦がもっと必要だと遠藤が主張して、急遽、練習巡洋艦だった2隻が工作艦として竣工した。

最初から工作艦として建造された『明石』と比べると、急遽、工作艦として建造された『香取』と『鹿島』は工作艦としての能力は『明石』に比べると少し劣るが工作艦としては充分な能力を持っていた。

だから、遠藤は『香取』と『鹿島』で『飛龍』と『蒼龍』の修復や補給船から爆弾や魚雷の補給をすることにした。

これに対して、風間が質問した。

「あの短い返信で、山口さんは理解してくれますか?」

「するよ。南雲さん以外では、第一航空艦隊の次席指揮権は第八戦隊司令官の阿部さんだが、山口さんの説得を受け入れるだろう。」

遠藤は、問題なく山口が動くのを確信していた。


更に遠藤は言った。

「もう一つ返信した『艦ト死スコトハ犬死ト思エ』は長谷川艦長と岡田艦長に対してだ。」

長谷川と岡田は、空母『赤城』の艦長は長谷川喜一(はせがわ きいち)大佐で、空母『加賀』の艦長は岡田次作(おかだ じさく)大佐だ。

現在、大破炎上している空母『赤城』と空母『加賀』の復旧作業はかなり厳しく、自沈処理する可能性が高い。

その場合、日本海軍内では司令官や艦長は『艦と運命を共にする』という風潮が強く、長谷川と岡田は死ぬつもりだと考えられる。

長谷川と岡田を失うのは大きな損失だ。

だからこそ遠藤は、山口を通して長谷川と岡田に生きてもらいたかった。


遠藤が人材と人命を重んじて、死に急ぐことを嫌っているのを知っていた鼓舞たちも理解しているから、遠藤の考えを理解していた。

「さぁ、こちらも態勢を立て直して、アメリカにもう一度ダメージを与えるぞっ!!」


ー 第二航空戦隊・旗艦 空母『蒼龍』艦橋 ー


大破炎上している『赤城』と『加賀』の周囲に9隻の駆逐艦が集まり消火活動をする一方で、負傷者や海に落ちた乗組員達の救助活動をしていた。

そんな様子を、山口は柳本と共に『蒼龍』の艦橋内の窓から見ていた。

そんな二人に幕僚の一人から報せがあった。

「現在、『赤城』と『加賀』の火災は続いていて、艦の維持も厳しいとのことです。」

「また、『蒼龍』の火災は鎮火しつつありますが、飛行甲板前部に大きな穴が出来ているため発艦は不可能とのことですっ!!」

その報せを聞いて、山口と柳本だけでなく艦橋内の空気は重苦しくなった・・・。

第一航空艦隊の空母4隻の内、3隻が離脱して1隻しか残っていない。

しかも、2隻の復旧作業は絶望的で自沈処理するしかない状態。

山口は『飛龍』だけでも真珠湾に突撃するつもりだが、現在の混乱状態から簡単には出来なかった。

そこへ艦橋内に先ほど山口が第二航空艦隊に電文を頼んだ通信参謀が駆け込んできた。

山口が「どうした?」と聞いた。

すると、通信参謀は戸惑いながらも、電文を渡した。

「第二航空艦隊の遠藤長官からの電文ですが・・・。」

電文を読んだ山口たちは、一瞬、戸惑った。電文には『スグニ来イ』と『艦ト死スコトハ犬死ト思エ』とあった。

山口は考え込んだが、すぐに理解した。

(そうかっ!!若大将は『飛龍』と『蒼龍』を第二航空艦隊と合流させた上で艦隊の再編成をして、再度、真珠湾を叩く気だな・・・。そして、もう一つの意味は・・・。)

遠藤の意図に気付いた山口は、通信参謀に告げた。

「今から、『飛龍』と『蒼龍』は2隻の駆逐艦と共に第二航空艦隊と合流する。阿部さんは、俺が説得する。急げっ!!」

「それと、長谷川と岡田には最悪の場合でも必ず脱出しろと告げろ。急げっ!!」

山口の言葉を受けて、幕僚の2~3人が艦橋を飛び出した後に柳本が尋ねた。

「司令官、若大将は何を考えているのですか?」

「若大将は、『飛龍』と『蒼龍』を第二航空艦隊と合流させてから、改めて、真珠湾を叩くつもりだ。」

「忘れたか、第二航空艦隊には後方支援艦隊があって、工作艦となった『香取』と『鹿島』がいるし、爆弾や魚雷を補給してくれる補給船がいることを。」

山口の言葉で柳本だけでなく、幕僚たちや乗組員たちも遠藤の意図に気付いた。


更に、山口は続けた。

「もう一つの若大将が送ってきた『艦ト死スコトハ犬死ト思エ』だが、我々海軍では艦が沈む時に司令官や艦長は艦と運命を共にする風潮がある。長谷川と岡田が死ぬことを許さないという若大将の考えがあるから、この電文も送ったんだ。」

「さぁ、一分一秒も惜しいぞっ!反撃の為に準備を急ごう。」

柳本や幕僚たちが動く中で、山口も続いた。

(後は、阿部さんを説得するだけだが、阿部さんも納得するだろう。柳本たちにも言ったが、今は一分一秒も惜しいからな・・・。)


山口もまた、このまま終わらせるつもりは無かった・・・・。



____________________


史実でも、『艦と運命を共にする』風潮で多くの人材が失われました。


特に、ミッドウェー海戦での山口司令官、加来艦長、柳本艦長など失われた人材のショックは大きかった筈です・・・・😰


今回、人材と人命を失いたくない遠藤の意図をくみ取り、反撃に向けて動き出す山口たち。


アメリカと同様に、日本もこのまま終わらせるつもりは無いので、どうなることやら・・・・。



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