第5話 御前会議の一波乱

ー 1941年11月25日 明治宮殿・『東一の間』 ー


遠藤が率いる第二航空艦隊が柱島泊地を出航した翌日、急遽、召集を受けた陸海軍の関係者達が明治宮殿・『東一の間』に集まっていた。

勿論、陸軍大臣兼総理大臣の東條英機(とうじょう ひでき)も来ていた。


だが、東條が気になっていたのは、外務大臣を務める東郷茂徳(とうごう しげのり)も召集されていた事だった。

(何故、彼もいるのだ・・・?)

東條が内心で疑問を感じている中、今上天皇が姿を見せたので、東條を始め出席者達は立ち上がり姿勢を正して陛下に頭を下げて陛下を迎え入れてから着席して、陛下の御言葉を待った。


席についてすぐに、陛下は告げた。

「先日の会議で、交渉決裂後に米英蘭との開戦を決定していたが、その内容を変更する事にした。朕は、ある条件でオランダとの開戦はしない事を決定した。」

陛下はそう宣言した。


陛下から告げられた内容に、出席者達は絶句した。

ただ、その言葉に動揺していなかった人達がいた。

元海軍大将の鈴木貫太郎(すずき かんたろう)侍従長、木戸幸一(きど こういち)内大臣、嶋田繁太郎(しまだ しげたろう)海軍大臣、永野修身(ながの おさみ)軍令部総長、そして東郷の五人だった。


当然だが、東條が抗議した。

「お待ち下さいっ!!何故、オランダとの開戦を中止にするのですかっ!?」

鈴木が東條を諫めた。

「東條大臣、気持ちは分かるが、条件と理由を聞きたまえ。では、東郷大臣、説明を。」

それを聞いて、東條は何故、東郷がいるのか理解した。


皆から注目される中、東郷が説明を始めた。

「それでは、説明を始めます。実はアメリカが我々に対して石油などを禁輸した頃、吉田くんを通してオランダの外交官や武官と極秘裡に交渉していました。」

吉田とは、元駐英大使だった吉田茂(よしだ しげる)の事である。


一度、言葉を区切ってから、東郷は続けた。

「オランダは対ドイツ戦への参戦は問題ないけど、対日戦への参戦には消極的です。そして、今回の度重なる交渉の結果、オランダは現在、日本が行っているインドネシアの独立グループへの支援を中止するならば、一定量の石油を日本に輸出する事を承諾する旨を伝えてくれました。」

そう言って、東郷の説明が終わった。


御前会議の場には、ざわめきが続いていた。


だが、更に陛下はもう一つの決定を告げた。

「東條、現在、泥沼化している対中国戦が納得のいく終わり方をしない限り、南方進出は一切、認めない。」

この陛下の宣言には、東條だけでなく陸軍関係者達も言葉を失った・・・。


「陛下っ!!」そう言って東條がまた、抗議を上げようとしたのを陛下が手で制止ながら、東條に尋ねた。

「その方達陸軍、特に関東軍は何度も朕を欺いている。一番の原因は、泥沼化している対中国戦だ。これまでもその方達は朕に、『南京を叩けば、一ヶ月くらいで相手は降参します。』と豪語していたが、終わるどころ蒋介石は山奥でゲリラ活動しながら徹底抗戦している。これで欺いていないと言うのならば、どう説明するのか聞かせて貰おうか?」


結局、東條達陸軍は納得のいく説明ばかりか言い訳の出来ない状態となった。

また、東條達陸軍の宣言撤回の為の説得も、受け入れて貰える訳がなかった。


最後に陛下は、東條達陸軍に、

「改めて、対中国戦が納得のいく終わり方が出来ない限り、南方進出は認めない。」

陛下の言葉に、もはや、東條達陸軍は受け入れるしかなかった・・・。


結果、今回の臨時御前会議において、

①インドネシアの独立を目指す独立グループへの支援を打ち切る代わりに、オランダからは日本に一定量の石油を輸出してもらう。

その為、オランダへの宣戦布告はしない事。

②泥沼化している中国戦が納得のいく終わり方をしない限り、南方進出は認めない。

以上の二点が、陛下の『聖断』により決定された。


アメリカへの意趣返しと陸軍に対する楔を打ち込む事。

全てが、遠藤による差し金だとは東條達は知る由も無かった・・・。




____________________


今上天皇による『聖断』で、オランダへの宣戦布告の中止と陸軍による南方進出への中止が決まりました。


陸軍からしたら、『青天の霹靂』ですね・・・😓

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