第4話 アメリカへの強烈な意趣返し
ー 1941年12月1日 ワシントンD.C. ー
遠藤と鼓舞が『ニイタカヤマノボレ一二〇八』の電文を受け取る前日の12月1日まで遡る・・・。
ワシントンD.C.では駐米大使の野村吉三郎(のむら きちさぶろう)と来栖三郎(くるす さぶろう)の二人は、緊張した気分でホワイトハウスに向かっていた。
車内で来栖は野村に、
「既に腹を括っていますが、この妥協案が拒否されたら即座に、ハル国務長官に宣戦布告書を渡さなければいけないのは緊張しますね・・・。」
来栖の心境は理解しつつも、野村は、
「残念ながら選択肢は無いし、私も既に腹を括っている。宣戦布告書を渡し終えたら日本大使館で各国の記者達を呼んで記者会見を行う。」
野村の強い決意の前に、来栖もそれ以上の質問はやめた。
(それにしても、交渉決裂直後に宣戦布告書をハル国務長官に渡した後に記者会見とは・・・。しかし、若大将の言い分は最もだな・・・。)
日米関係が悪化する中の11月上旬頃、野村と来栖の元に遠藤の部下が訪ねて来た。
遠藤の手紙を受け取りすぐに開封して読んだ野村と来栖は、絶句した。
内容は、
『交渉決裂になったら、その場でハル国務長官に宣戦布告書を渡し、後に大使館で宣戦布告に関する記者会見をせよ。』
更に、
『宣戦布告書は正式に作成したものをすぐに用意して、ハル国務長官に渡す日が来るまで厳重に保管して置く事』
と記されていた。
野村は、使者として来ていた遠藤の部下に抗議した。
「一介の海軍将校が、ここまで指示する資格が有るのかっ!!」
だが、遠藤の部下は野村の抗議に対して、
「ご安心して下さい。陸海軍の上層部だけでなく政府関係者達、更に東郷外務大臣や外務省からも許可を貰っておりますので大丈夫です。」
遠藤の部下はサラリと関係者達に根回し済みである事を告げた。
野村と来栖も、遠藤の手際の良さに絶句していた。
そんな二人に遠藤の部下は、トドメの言葉を告げた。
「加えて、『さる御方』も遠藤中将を強く支持しております。」
『さる御方』が誰なのかを知っているだけに、二人とも遠藤の部下に、
「了解した。直ちに準備します。」
と答えて、遠藤の部下も一礼して大使館を後にした。
遠藤の部下が去った後、野村と来栖はソファーに座り込んで溜め息をついた。
「しかし、彼がここまで根回しをするとは。てっきりあの男は親米派と思っていたのに・・・。」
と野村は感想を漏らした。
それに対して来栖は、
「そうとは思えません。彼は山本長官と同じく『日・独・伊三国軍事同盟』にはかなり反対していました。」
二人とも遠藤の考えに理解が苦しんでいた。
しかし、そこで野村は、手紙(厚い封筒)の中に更に薄い封筒が同封されているのに気付いた。
薄い封筒を取り出すと表に『盗聴されている可能性が有るので、声を出さずに読んで下さい。』と遠藤直筆の文字が記されていた。
野村と来栖は、驚きつつも気持ちを落ち着かせながら手紙を読んだ。
遠藤の手紙を読み終えた二人の表情には、強い決意が現れていた。
野村は来栖に顔を向けて、
「来栖くん、我々も腹を括ろう!」
と言った。
それに対して来栖も、
「アメリカがそのような考えならば、彼の言う通りやりましょう!」
と力強く答えた。
それ以降、二人は他の大使館員達に悟られないように準備を進めた。
そして、今日12月1日、二人は車でホワイトハウスに向かった・・・。
ー 1941年12月1日 午後9時 ホワイトハウス ー
部下から野村と来栖が来たと知らせを聞いたアメリカ国務長官コーデル・ハルは、ようやく肩の荷が下りたと安堵していた。
彼が日本に突き付けた最後通牒・通称『ハル・ノート』は、最初から日本とアメリカが戦争を始める為の口実に過ぎなかった。
日本側がどんな妥協案を提示しても、アメリカが受け入れるのは不可能だった。
今日は、日本に対して交渉打ち切りを通達する事になっていた。
ハル国務長官からしたら、野村駐米大使の戦争回避の姿勢は評価しているが、個人的感情と政治は別であると考えていた。
心を鬼にして、ハル国務長官は応接室に入った。
しかし、応接室に入ったハル国務長官は戸惑った。
つい先日まで憔悴していた野村と来栖の表情は一片の迷いも無く、強い決意を感じた。
平静を保ちながら、ハル国務長官は二人の反対側のソファーに座って二人に尋ねた。
「それで本日は、我々が納得するだけの回答を頂けるのでしょうか?」
野村と来栖は一度、顔を見合わせた後で一枚の用紙をハル国務長官に渡した。
用紙に記された内容を読んだハル国務長官は絶句した。
野村と来栖が渡した用紙には、
『アメリカ、イギリス、フランスがアジアの植民地から完全撤退して、アジア各国が独立したのを確認した後に大日本帝国はハル・ノートの内容を完全施行する。』
と記されていた。
「これは・・・。ミスター・ノムラよ、エイプリルフールには早過ぎるし、何の冗談かね・・・。」
戸惑うハル国務長官に対して、野村はキッパリと言った。
「冗談では有りません。アメリカなどの先進国が我々に手本を見せるべきではないでしょうか?それとも、ハル・ノートは最初から我々と戦争をする目的の為に作成しましたか?」
野村の指摘に動揺しつつも、ハル国務長官は野村と来栖に交渉打ち切りを通達した。
「とにかく、残念ながらこれ以上の交渉は無意味なので、本日を持って交渉は打ち切りにします。」
ハル国務長官の交渉打ち切りを受けた野村と来栖は立ち上がりながら、もう一つの行動に移った。
「分かりました。残念ですが、これを・・・。」
野村から新たに受け取った書類を読んで、ハル国務長官は再び絶句した。
「宣戦布告書・・・!!」
野村は冷静に
「何もおかしくは有りません。交渉打ち切りならば、宣戦布告書をあなた方に渡すのは当然ですが?」
と答えた、
更に来栖が、
「この後、大使館に戻り各国の記者達にこれまでの経緯、ハル・ノートの内容とそれに対するこちら側の妥協案の内容、それをアメリカが拒否した後での交渉打ち切り通達、そしてこちら側がアメリカに宣戦布告書を渡した事を発表します。」
来栖の話した内容にハル国務長官が反論するよりも先に、野村がハル国務長官に、
「これは、あなた方アメリカ政府によるナチスドイツへの参戦口実と中国の経済市場への介入を望むアメリカの財界が招いた事だと自覚して頂きたい。願わくは次回にお会いする時は、和平交渉の場である事を切に願います。それでは、失礼します・・・。」
こうして、野村と来栖は応接室を退室した。
一人、応接室に残されたハル国務長官は、呆然としていた。
(確かに、ミスター・ノムラの指摘した通りだが、ここまでミスター・ノムラがお見通しだったとは思えない・・・。一体、誰が彼らに入れ知恵をしたのだっ!!)
応接室の時計は真夜中の0時を過ぎて、日付も12月2日に変わっていた。
ホワイトハウスを後にして大使館への帰りの車の中で、野村と来栖は互いに深い溜め息を付いていた。
最初に来栖が、
「改めて、遠藤中将の手紙に書かれていた通りの展開になりましたね・・・。」
と感想を述べた。
遠藤直筆の手紙には、
『ハル・ノートの真の目的』、『ハル・ノートに対しての返答内容』、『アメリカの思惑』、『これに対する野村大使達のすべき事』
が記されていた。
遠藤が提示したハル・ノートへの返答内容『アメリカ、イギリス、フランスが先に植民地から撤退してアジア各国を完全に独立したのを確認してから、日本はハル・ノートの内容を施行する。』
これは、アメリカへの強烈な意趣返しでもあり、強烈なカウンター返しでもあった。
遠藤直筆の手紙の内容を振り返りながら、野村も、
「そうだな・・・。中国の経済市場に関しては、アメリカの介入を拒否していた日本にも責任が有るが、ここまで来たら外交官の一人として使命を全うするか。」
と笑みを浮かべた。
来栖も笑みを浮かべながら、
「後は政府と軍に任せて、我々は来たるべき和平交渉の道筋を作りましょう。」
少なくとも野村と来栖の二人は『絶望』ではなく『希望』を確かに抱いていた。
そして野村は苦笑いしながら、
「正直、若大将は絶対に敵にしたくはないな。」
と話し、それに対して来栖も苦笑いしながら、
「彼は前線での戦いよりも、政治の舞台が似合っていますね。」
とお互いに苦笑いした。
そして、1時間後に日本大使館で野村と来栖によって、
「交渉打ち切り」と「日本からアメリカへの宣戦布告書通達」
など、これまでの経緯や内容を集まった各国の記者達に発表した。
これにより、全世界に一大ニュースとして、大々的に報道される事になった・・・。
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日米交渉が打ち切りになり、日本とアメリカ開戦が確実になりました。
そんな中でのハル国務長官に対して、野村と来栖による『ハル・ノート』への意趣返し・・・😓
いよいよ、日本とアメリカの戦いが始まりますね。
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