第11話 姉と妹

 あの日、突然母から届いたメッセージ。


―――――――――――――――――――――


 先程、カフェイから連絡があって、数日間の休暇が貰えたので少しだけ帰って来るって。


―――――――――――――――――――――


「お姉ちゃんが……帰って来る……!?」


 私はすぐさま返信を入れました。そしたら、お母さんは姉が帰って来る少し前の日に帰って来ると返ってきました。数日間だけとはいえ思ったよりも早く、姉が戻って来る……私にはまだ、会う決心が出来ないでいました……。


「ショコル、この日にまた家に来てくれる?」


 私はショコルにも連絡した。


「分かった!当日はいつもの所で待ってる!そしたら一緒に行こう!」


 怖いもの知らずなショコルの頼りがいある返事に、少しだけ安心しましたが、しばらく夜は6時間しか寝れない状態が毎晩続きました。


   * * * * * * *


 そして、姉が帰って来る日が来た。


「ちょっとだけ、出かけてきます」


 私は母にそう告げて家を出ました。行き先は、いつもの喫茶店……。


・・・


カランカラン♪


「おはようございます」

「あっ、バニリィちゃんおはよー!」


 喫茶店には、ショコルと、この店のマスターがいました。こんな私達ですが、いつも見守っててくれてありがとうございます。


「今日が、その日なんです……」

「ああ、あのお姉ちゃんが来るって日なのね……」

「そうよ、でも、今の私が会ってもいいものなのか……」

「事情はだいたい分かってる!アタシからもギャフンと言ってやるから安心してよね!」

「それを言うならガツンとだと思いますが……」


 喫茶店で一息ついて、私とショコルは意を決して家に向けて出発しました。


「では、行きましょう!」

「また来るからねー!」


 マスターも、私とショコルに向けて笑顔でうなづき、見送りました。


・・・


 私の家。この間家に泊まっていたショコルをまた連れて来るなんて。


「……コーヒーの香り……間違いない、お姉ちゃんよ……」

「確かに、だけど、なんか他の香りも混ざってない?」

「はい、知っている人の香りがします……きっと……」


 私とショコルは家のドアを開けて入りました。


「ただいま」

「お邪魔しまーす!」


 ドアを開けて、少し進んだ先のリビングには……!


「……という仕事をしていまして……」

「それは大変そうですね」

「とてもじゃないが、俺には出来そうにないな……」

「あら、バニリィお帰り、それとショコルちゃん、いらっしゃい」


 リビングの様子を見て、思わず声が漏れました。


「あっ」

「あ!」


 リビングに二つあるうちの片方のソファには、お姉ちゃんとお母さんが座っていて、もう片方にはお姉ちゃんのお友達の楓と裕光がいました。


「あ……バニリィ……」

「あらバニリィちゃんショコルちゃん、久しぶり」

「バニリィか……遊園地では、お互い世話になったな」

「今椅子を持ってきますから、座ってゆっくりお話しましょうね」


 ……その様子を見たお母さんはすぐさま椅子を二つ持って来て、私とショコルを座らせました。


「裕光さんと楓さんも、なんでここに?」

「カフェイさんから連絡があって、迎えにいっただけさ」

「そういえば少し前、ここに裕光君と一緒に呼び出されて、カフェイさんの妹の話を聞いたんだ」

「そうだったんだ、まさかこの二人にまた会えるなんてね……あっバニリィのお母さん、アタシに濃厚なココアをよろしく!」

「分かりました。それではお茶とお菓子を囲んで、みんなでお話しましょうね」

「はい、お母さん」

「いつもバニリィさんがお世話になっていますう……ココア美味しい♪」


 ショコルは、こういう時でもマイペースだ。


 改めて、私の家族を紹介します。私より長い亜麻色の髪の女性が、コーヒーの香りを持つ姉のカフェイです。母はカラメラ、プリンのカラメルの香りがします。ちなみに今は留守にしている父のカルフェはカフェラテの香りです。


 それにしても、家にこれほどのメンバーが揃うとは思ってもいなかった。私は椅子の上で深呼吸をして、姉にひとつ質問をした。


「お姉ちゃんは今、何のお仕事をしてるの?」

「私の仕事……それは、『ザラメコーポレーション』という所で会社員をしているの」

「ザラメコーポレーション……って、何だか色々なお菓子の袋に書いてあったような」

「ザラメ社は、この地方一番のお菓子メーカーで、毎日が大変だけど、新しいお菓子でみんなを喜ばせるために頑張っているの」

「そうなんだ……どれぐらい大変なの?」

「社員のほとんどがちょっと変わり者ばっかりって所ね。先日は数名のおかしなスタッフがプラズマパーティクルチョコレートなんてものを作って、間違えて材料を入れすぎたものを出荷しちゃって各地で騒ぎになって、その人達はしばらくの謹慎処分を言い渡された」

「プラズマパーティクル……そういえば、ショコルちゃんがその入れすぎたのを食べてしまって……」

「それもいい思い出になったけどね」

「そう……でもあの時は本当に申し訳なかったわ……私はあのお菓子の開発に関わって無かったけれど、自分の失敗のように思えてしばらく落ち込んだぐらいだったわ……って、何を言わせるのよ……」


 お姉ちゃんが少し表情を曇らせてしまった。


「ご、ごめん……そんな事があっただなんて……じゃあ、今のお仕事で楽しい事ってあるの?」

「楽しい事……そうね……」


 お姉ちゃんは一冊のノートを取り出して、私に見せた。


「わあっ……」


 ノートには、お姉ちゃんがデザインした色々なお菓子が描かれていた。クーピーというペンで描いているみたい。


「どれも綺麗で、美味しそう」

「一応、これも本当は社内情報だから口外禁止だからね」

「はい、他のお友達にも内緒にしておきます」

「大丈夫!アタシだって秘密にするから!」

「いつか発売されたなら、裕光君と一緒に食べてみたい!」

「甘ったるすぎるのは苦手だけどな……」

「今度社内アイデアとして見せるつもりなの。上手くいけば私の夢へとかなり近付ける」


 仕事に対する姉の想いは本物だった。私やショコルなど足元にも及ばない気がしてきた。私達、本当にこのままでもいいのでしょうか……。


 その後もお姉ちゃんは仕事の大変さとか、辛さとか、あと、私の家への仕送りは欠かさず行っている事とか……言える範囲でなら何でも言っていました。


 そろそろ、あの事をお姉ちゃん……いや、カフェイに打ち明けたい。


「お姉ちゃん……色々と教えてくれてありがとうございます」

「バニリィ……」

「私からどうしても、聞きたい事があります」


 私は言った。




「何故、家を出る前の日、私に何の仕事をするのかを言わなかったのですか?」




 これが、あの日の真相だった。カフェイは私に、こう返した。


「……バニリィには、この事はどうしても内緒にしたかったからよ……!」

「……だからあの時私に辛く当たったというのね……!」


 するとショコルがカフェイに言いました。


「バニリィはね、アタシと会うまではとっても淋しい思いをしていたの!だから言うべき事あるんじゃないの!?」


 裕光と楓も、言いました。


「事情が分かったなら、ここでちゃんと話し合えばお互い赦してあげられると思うぜ」

「そんな事だったら、あの日の事はこれで終わりにしましょうよ」


 母のカラメラは言いました。


「バニリィ、カフェイ。一旦二人で話し合いましょう」


 私とカフェイは同じ部屋に連れられ、そこで向かい合いました。お互いを見つめ合う姉と妹。


「ふう……こんな形とは言え、今の私をここで見せることになるなんてね……」

「私も、お姉ちゃんの事をちゃんと知れて良かった。だから……!」


 私は意を決して言いました。


「カフェイお姉ちゃん……あの時は何にも分からなくて……お姉ちゃんの夢への思いも知らなくて……本当にごめんなさい!!!」


 カフェイも、言いました。


「バニリィ、私こそ、今の仕事を秘密にしたくてあんな態度を取って……今まで淋しい思いをさせて……本当にごめんなさい!!!」


 私は、こう返しました。


「また一緒に、どこかへ仲良くお出かけしようね!!!」

「分かったわバニリィ!せっかくの休暇だから、今はこの時を思いっきり楽しむ!これで赦してくれるかしら!」

「もちろんよ!だってお姉ちゃんは、お姉ちゃんしかいないんだから!!!」


 私とカフェイは抱きしめ合い、お互いの気持ちを伝え合いました。私のバニラの香りと、姉のコーヒーの香りが優しく溶け合って、濃厚な香りへと変わっていきました……。


 その香りは、部屋の外にいるショコル達にも伝わってきました。


「どうやら仲直り、出来たみたい!」

「この香りを吸えば分かる。もう二人の間に言葉はいらないな」

「バニリィちゃんとカフェイさん、前へ進めたね」

「それじゃあ、盛大なパーティーの準備でもしようかしら!」


 その日の夜は、帰って来た父カルフェも含めて、自宅で盛大なパーティーをしました。お姉ちゃんの楽しそうな顔、久々に見れて良かったです。ショコルはいつにも増して騒がしいし、お姉ちゃんのお友達も楽しそうな様子でした。


・・・


 そして、休暇の最後の日。私達とお姉ちゃんは駅で話し合います。


「バニリィ、私からも聞いていい?」

「はい、何でしょうか」

「バニリィの将来の夢は何?」


 私は問いに答えました。


「私の将来の夢は、ショコルと一緒に出来るお仕事をする事です」

「任せてよ!アタシとバニリィならどんな不可能も可能になるんだから!」

「分かったわ。二人共、次に会う時はその夢にどれぐらい近付いたかを見させてもらうからね」


 そこに、裕光と楓も来ました。


「それじゃ、みんな、元気でな」

「私達も夢を叶えるために頑張るからね」

「それでは、また会う日まで」


 お姉ちゃんは友人達と一緒に今暮らしている所へと帰っていきました。友人二人も、帰るべき場所へと帰ったとの事です。


「ありがとう、お姉ちゃん……夏休みも、もうすぐ終わりね、ショコル」

「うん、新学期も頑張ろうね!バニリィ!」


 季節は秋となり、またいつもの日常が始まります。


 第11話 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る