第1話 バニリィとショコル

 ここは、あなたが店主を務める喫茶店。


 ここには、日々色々な香りを持つ人、メルティーメイツがやって来ます。嬉しい事を話しに来る人もいれば、悲しい事を話しに来る人もいます。


カランカラン♪


 おや、お客さんがやって来ましたよ。


「こんにちは、マスター」


 亜麻色の髪にクリーム色の肌、そして山吹色の瞳と漂うバニラの香り。学校帰りで、制服を着ています。黄色を主調にした色で、胸元にイチゴを思わせるリボンを着けています。


「ミルクを一杯、お願いします、何も入れないで下さい」


 あなたはバニリィにミルクを一杯差し出すと、バニリィはゆっくり飲み始めました。


「うん、今日もとっても美味しい。暗い悲しみも白く溶けていくように」


 バニリィはミルクを飲み終えると、あなたにこう言いました。


「実は私、新しいお友達が出来たんです。今から、そのお話をしてもよろしいでしょうか」


 あなたは無言でうなずくと、バニリィはお話を始めました。


 初めての友達が出来た日の話を。




早苗月 令舞 Presents


『メルティーメイツ』




   * * * * * * *


 私がこの街を去った後は……


 どうかあの子を、守ってくれますか?


 ・・・


 お姉ちゃん……なんでそんな事言うの!


 あなたなんかに、ワタシの気持ちは分からないわよ!


 もう……イヤっ!!!


√WVレ/Wv√WWY.√VMv^W√√WVレ/Wv√WWY.√V


バッ……


「また、いやな夢を見た……」


 私の名前は、バニリィ・スノーホワイト。


 その昔から、貴族の血筋を受け継いできた家庭に次女として生まれ育ち、この春、高校に入学しました。それと、私の身体からは、第二次性徴の訪れと共に、バニラの香りがするようになりました。


「夢の中のお姉ちゃん、まだ怒っていた」


 しかし、その前にとても悲しい事がありました。私の大好きな、コーヒーの香りを持つカフェイお姉ちゃんが、就職して都会へ行ってしまったのです。しかも、その前日に、姉と口喧嘩になってしまい、お互いの気持ちも言えないまま、コーヒーの香りと共にお姉ちゃんは家を出て行ってしまいました。


「今日は、良い事、あるのかな……」


 あの日の出来事があってから、今でも私の心を熱々のエスプレッソで溶かすような感覚がしばらく続きました。そんな事を思い出しながらも、パジャマから制服に着替えて、朝食のハニートーストと何も入れないミルクを飲むと、学校へと出発しました。


・・・


キーンコーンカーンコーン♪


 学校では、普通に勉強やスポーツはしてても、他人と関わる事は小学校の頃からあまり積極的ではなかった。授業が終わった後は特に何の用事も無いし、そのまま帰宅していました。


「今日も良い事、起こりそうにない……」


 梅雨明けも近いある日の昼休み、廊下の窓から空を見上げていると……!


「だーれだっ!」

「うわっ!」


 突然、私の視界は遮られた。私の目を覆う手からは、チョコレートの香りがした。チョコレートの香りの子は、私の教室にはいないと思うけど……?


「だっ……誰なの!?」

「キミの新しいお友達だよっ!こっち向いて!」


 私はその声に従い、後ろを振り向いた。


「えっ……」

「ニカッ」


 そこにいたのは、短めの黒髪に小麦色の肌、茶色の瞳でチョコレートの香りがする女子だった。


「新しい……お友達……?」

「そうだよ!アタシはショコル!ショコル・ブラウニー!」

「……私はバニリィ。バニリィ・スノーホワイト」

「バニリィちゃんって言うんだ!キミのそのバニラの香り、すごく良いよね!香水とかのチカラも借りずにここまで香り立つなんて!」

「そ、そうかしら……あなたの香りも素敵よ……」


 私はつい、目の前の女子の香りを素敵だと言ってしまった。これが私の人生、最大の転換点となった。


「アタシの香り、素敵って言ってくれた!キミとなら最高に溶け合える気がする!これからよろしくね!バニリィちゃん!!!」

「わっ!……うわあっ……!」


 すごい勢いで抱きついてほっぺをスリスリしてくるショコル。その迫力に、私は身を守る手段など無かった。


キーンコーンカーンコーン♪


 そうこうしているうちに、休み時間は終わった。


「それじゃ、また後でねー!」

「は、はい……」


 午後の授業も問題なく終えた後、私はすぐに荷物をまとめて帰宅しようとした。


「なんとなく、視線を感じるような……」


 下校中も、何処かから見られている気がして、自然と速歩きになった。後ろから、チョコレートの香りが漂ってきた……私は確信した。あの子だ。


「バニリィちゃん、みーつけた!」

「ショッ、ショコル!?」


 ショコルはすごい勢いで私目掛けて走ってきた。今のワタシに出来る事は、とにかく逃げる事だった。


「すっすみませんっ!急いでいるので!」

「今まで特に急いで無かったでしょー!だったらもっと楽しんで行こうよおー!」


 歩道橋を渡っても、ショコルはお構い無しに登ってきた。数分間の逃避行の末、私のスタミナは尽きて……。


「もう……ダメ……」

「バニリィちゃん、捕まえたー!」


 とうとう捕まってしまった。お互い沢山の汗を流し、その香りは辺りに広まった。メルティーメイツの汗は、なめると甘い。


「それで……何の用なの……?」

「初めて出会った記念に、来てほしい所があるの!」


 私はショコルに案内されて、一軒のドーナツ屋にやって来た。


「好きなの頼んでいいからね!」

「じゃあプレーンシュガーとミルクで」

「チョコがけオールドファッションとミルクお願いしまーす!」


 二人は商品を注文して、テーブルに頼んだものが運ばれてきた。


「では、いただきます」

「どうぞ召し上がれ!ガサゴソ……」

「何してるの?」


 すると、ショコルはバッグからココアパウダーの入った瓶を取り出した。


「今日は嬉しいから、ココア大さじ9杯いれちゃう!!!」


ドバーーーーーッ!!!


「な……なにやってるの……!」


 目を疑う光景だった。ショコルの前に置かれたミルクには、許容量過多のココアパウダーが注がれる。大量のココアパウダーと混ざったミルクは、言うなれば飲むチョコケーキと化していた。この子、普段からこういうのを飲んでいるというの……!?


「ゴクゴクッ!あー美味しー!バニリィちゃんもどう?」

「いや……私は何も入れたくないから……」

「分かった。この間ママから唐揚げにレモン汁は無許可でかけちゃダメって言われてるし」

「そ、そうなの……」


 ドーナツを味わった後、私は思い切ってショコルに話してみた。


「なんで、私と友達になりたいの?」

「それはね、アタシね、キミのような人に、どうしても会いたかったんだ!」


 ショコルさんは自分のこれまでの事を話し始めた。


「アタシは幼い頃から一人っ子で、よくパパとママと遊んできたんだ。けど、学校ではアタシに付いていけない子ばっかりで友達がなかなか出来なかったんだよねー」

「そう、だったの……」

「アタシが色々アプローチしても、友達は出来るどころか離れていくだけで、このままじゃ誰一人友達出来ないまま学校生活終わっちゃうと思ってた」

「それで、私に目をつけたって事なの?」

「そうだよ!この町に伝わるお話に、バニラの香りの貴族とチョコの香りの貧民の甘く切ない物語があって、アタシがちょうどチョコの香りで、キミがちょうどバニラの香りだから、アタシとキミならあのお話をハッピーな物語に出来るかもと思って、今日キミの目を覆ったの!」

「そうだったのですね……では、今度は私のお話も聞いて下さりますか」

「分かった!何でも話してみて!」


 私もショコルに、これまでの事をお話しました。


「私は物心付いた時から両親と姉がいた。家はそれなりに裕福で、何一つ不自由は無かったの」

「そうなんだ!」

「幼い頃から、姉のカフェイは遊び相手や相談相手になってくれた……けど……」

「けど?」

「お姉ちゃんが就職して家を出る前の夜に、私はお姉ちゃんと喧嘩になってしまった。お互い謝る事も出来ずに夜は明けて、朝起きたらお姉ちゃんは家から去っていった……」

「そんなあ……!」

「その日以来、私は他人と接する事を拒むようになった……」

「そう……けど、それも今日でおしまい!何故ならこのショコルちゃんがいるからね!」

「……そうね……今まで、ほとんど何のたのしみも無かったからね……」


 すると、ショコルが顔を近付けて言った。


「あらためて聞くけどさ、アタシの友達になってくれる?」


 私の頭の中に、選択肢が浮かんできた。 


・もちろん!

・あなたならいいわよ!

・一緒に溶け合いましょう!

・YES以外の選択肢は無い!


 私だって、心の中では友達が欲しかった。だから私は、選択肢のうちのひとつを選んだ。


「本当!ありがとう!!!これからよろしくね!バニリィちゃん!!!バニリィちゃーん!!!」


 ショコルはまた顔をくっつけてほっぺをスリスリしてくる。バニラの香りの汗とチョコの香りの汗が混ざり合い新たな香りを放つ。お互いの汗が混ざる事でココロが溶け合うのが、メルティーメイツたる名の所以ゆえんである。


「ってもうこんな時間!この続きはまた学校でね!それじゃ!」

「それじゃ、また明日……」


 ショコルは走って、その場を去った。


「……まだ、チョコののこがする……」


 私も、家に帰ってシャワーでベタつく汗を洗い流し、ベッドで眠りにつくのであった。


「ショコル……あなたは一体何者なの……」


 ベッドの棚には、綺麗な装飾が施された小箱が置いてあった。まだ開けた事は無いけど、お母さんの話によると、ずっと昔から大切にしているものらしい。……そんな話をしている内に、私も眠くなってきた。


「明日も良い事ありますように……」


   * * * * * * *


「……それが、先日の出来事でした。あの日から、ショコルは何かと付きまとって来る。まるで、私の香りを楽しみたいかのように……」


ガランガラーン!!!


 誰かが威勢よくドアを開けました。そこには、黒髪で小麦色の肌で茶色い瞳のチョコレートの香りがする少女がいました。


「ここがバニリィちゃんがいつも来ている所なの!」

「ショ、ショコルさん……!」

「マスター!アタシにもミルクをくださーい!」


 あなたはいつもの調子でミルクをショコルに差し出すと……。


「今日は嬉しいからココア大さじ9杯入れちゃう!!!」


ドバーーーーーッ!!!


「このお店でも、やっちゃうんだ……!」

「ゴクゴクッ!美味い!この店のミルク、アタシのココアパウダーと相性抜群すぎる!!!マスター!もう一杯!!!」

「ショコルったら、もう……!」


 さて、こんな二人ですが、これから沢山の事を経験して成長する事でしょう。このお話を見てくれているあなたも、この喫茶店のマスターとして見守って下さるでしょうか。


 バニリィとショコルの甘い日々が、今日から始まります。それは、ひと夏の、バニラとチョコのココロが溶け合う物語。


 第1話 おわり

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