メルティーメイツ
早苗月 令舞
プロローグ
これは、甘い香りのする、人々の物語。
ずっと昔、ある所で、お菓子のように甘い香りのする人間が生まれた。その人達は生まれながらに色々な香りを持っていて、気に入った香りの人同士と結ばれると、生まれてきた子供も第二次性徴の訪れと共に身体から甘い香りが漂うようになった。
甘い香りの人々は、少しずつ増え始め、甘い香りのしない旧来の人々は少しずつ減っていって、数百年の間に旧来の人々は
甘い香りのする人間は、いつしか『メルティーメイツ』と呼ばれるようになり、地上にその人間しかいなくなった後もその名で呼ばれています。
さて、これからお話するのは、あるメルティーメイツの二人の少女の不思議な関係のお話です……けど、しかし、その前にお話したい事があります。
それは200年ほど前、とある貴族と貧民の出会いの物語のお話です。それでは、どうぞ。
* * * * * * *
「お父様、お母様、おはようございます」
両親に挨拶する15歳の少女。これが私。
「おはようアリシア、今日も素敵なバニラの香りね」
「今日も町内を見て回るのか」
「はい、家の中にいるよりは外にいる方が楽しいので」
「あまり帰りが遅くならないようにしてちょうだいね」
「分かりました」
私の名前はアリシア。この町の名家であるスノーホワイト家の娘として生まれてきた。
「今日はどのような香りに会えるのでしょうか」
私は大きな家を出発して、町の中を散歩した。昔から、町内を歩き回る事は大好きだ。
「いらっしゃいませ」
「本日は干し
「新開発の香水はいかがでしょうか」
町には色々な人が住んでいる。人それぞれからする香りは違うから、色々な香りが漂っている。この香りのおかげで私達メルティーメイツはずっと昔から些細な喧嘩はしても、国家同士を巻き込むほどの大きな争いをほとんどしなかったという歴史があるの。私達の香りのおかげで争いも防がれているなんて、凄いわね。願わくば、メルティーメイツがいる限り、この平和がいつまでも続いてくれると嬉しいわ……。
「わー!ちょっとそこどいてー!」
「え、前……キャアッ!」
ドンッ!
何かが、私にぶつかって、私は少し怯んだけど、目の前には、薄汚れた服を着た褐色肌の少女が一人倒れていた。歳は私と同じぐらい。その人の身体からは、チョコレートのような香りがしていた。
「イタタ……ご、ごめんねっ!」
「いえ、大丈夫ですが……何かお急ぎでしょうか」
「別に急いでないよ!走りたくて走ってたから!」
「そうなの……私も気を抜いていたからあなたに迷惑をかけてしまいました。お詫びと言っては何ですが、お気に入りの喫茶店で何かご馳走してあげましょう」
「え!?ご馳走!!?やった!ありがとう!!!」
「そ、そんなに嬉しいでしょうか……」
「うんっ!アタシ、なかなか美味しいもの食べれなかったから!」
私は戸惑いながらもその少女を連れて喫茶店へと行きました。
「やあアリシア、今日は珍しく誰かを連れて来たね」
「いつものメニュー、この子の分もお願いします」
私は向かい側に少女を座らせると、改めてお互いに挨拶しました。
「改めまして、私はアリシア・スノーホワイトと申します」
「アタシ、カカオ!カカオ・ブラウニー!」
「カカオさん、此度のご無礼を申し訳なく思います」
「いいっていいって!こういう時はお互い様だし、今は暗い気分は忘れて楽しもうよ!」
「そ、そうですわね、オホホ……」
その日から、貴族の私アリシアと貧民の少女カカオの奇妙な日々が始まりました。今日のお詫びに高級スイーツを食べさせると、喜びをあらわにしたり。
「このデザート、すっごく美味しい!」
「良い食べっぷりね、こちらも微笑ましいわ」
お花畑を見せると、感動のあまり泣き出したり。
「こんな景色、生まれて初めて見たよおおお!!!」
「気に入ってくれたなら嬉しいわ……それにしても感受性豊かね」
色々なお店でオシャレを経験させると、自分に自信が付いた素振りも見せた。
「アタシね、最近何だか綺麗になったねって周りから言われるようになったの!」
「初めて会った日から、カカオさんは綺麗よ、身分なんて関係無いわ」
……こんな風に、私とカカオさんの楽しい毎日が続いていた。あの日までは……。
・・・
ある日、カカオさんは私に言った。
「実はアタシ、遠い街に引っ越す事になったの」
「なんですって……?」
「全ては、家族が決めた事。アタシだけじゃどうにもならないし、だからといって貴族の助けを借りようものなら大変な事になるかもで……」
その後もカカオは長く話して、もうこの街には居られない事を私に告げたのだった。
「それは、仕方の無い事ね……でも、せっかくお友達同士になれたのに……」
「泣いちゃうぐらい悲しいのはアタシも同じだから……!」
すると、カカオさんがポケットから何かを取り出して私に差し出した。
「これは……貧民が持っているとは思えないほど綺麗なペンダント……」
「これ、アタシだと思って大切にしててね!」
私は、カカオからキラキラしたペンダントを貰った。ずっと懐にしまっていたからか、彼女のチョコレートの香りが染み付いている。
「カカオー!」
遠くから、カカオさんを呼ぶ声が聞こえた。
「あっ、もう呼ばれちゃった。アタシ、もう行くね!」
「カカオさん、短い間だったけど楽しかったわ……!」
「アタシもだよ、アリシア!……いつか、いつの日か、生まれ変わってでもまた会おうね!!!」
「はい……カカオさん、元気でね……!!!」
私は、溶けたバニラの涙を流し、笑顔でカカオさんを見送った。
その後、私はカカオさんのペンダントを、机の上にある装飾を施した小さな箱に入れて、大切にした。
それから数年後、私は貴族の男性と結ばれ、世継ぎの子を産み、育てたのでした。
さらに長い時間が経って、子供は大人になり、私は老いさらばえて、やがて私の目でこの世は見えなくなった。最後に考えていた事は、カカオさんとの甘いひとときの思い出だった……。
* * * * * * *
そして、およそ200年後。
バニラの香りを持つ少女、バニリィ・スノーホワイト。
チョコの香りを持つ少女、ショコル・ブラウニー。
この二人の出会いから、物語は始まるのです。
メルティーメイツ 第1話へ続く。
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