第7話
柔らかなピンクのワンピース。所々にレースがあしらってある。付属のヘッドドレスは栗色の幹に花が咲いたよう。翡翠のような瞳が、鏡に写る自分を物珍しげに眺める。
「これ……わたし?」
「うん」
「ほんとに? どこかのごれーじょーさまじゃない?」
「だとしたら君がご令嬢だ」
するとぷんすかと頬を膨らませる。私は本心から言ったのだが、お気に召さなかったようだ。
「あなたが嘘吐かないのはわかってるけど、そういうの、普通は胡散臭いっていうんだからね!!」
「えぇ……」
胡散臭いは普段から嘘を吐く人が言うから胡散臭いのでは……? 褒め言葉がありきたりすぎただろうか。キミカさま以外を称えるなんて久しくしていなかったものだから、基準がわからない。私も常識人から外れているのかもしれない。気をつけなければ。
さてと。
「他にも服はたくさんあるけど、着てみたいものはある?」
「でも、着たのは買わなきゃならないんじゃ……」
「そういうルールはございませんよ、お嬢さん」
服を紹介してくれた店員がすかさず言ってくれた。営業のうちなのだろうが、有難い。あまり反射的に気の利いた台詞を言うのは不得手なので、他者の存在は心強かった。
「そういえば、先程お客様が手に取って眺めてらしたお洋服もなかなかいい組み合わせだったのではないでしょうか」
「えっ!?」
突然私に話題が飛んできて、あたふたとする。お世辞とはいえ、玄人に褒められるほどのものではない。けれど、私が言葉を失っているうちに、店員は私が先程手に取っていた組み合わせのものを持ってきてしまう。
白いブラウスに、朱色の上着、茶色のふわっとしたプリーツ入りのズボン、微かに赤みを纏う黄色の……ひまわりの色の、ストール。
女の子はびっくりした顔をしていた。
「……着てみたい……」
「えっ」
「では、もう一度試着室へどうぞ」
あれよあれよという間に、女の子は試着室へ入っていってしまった。
気にいってくれたのだろうか。私の趣味で選んでしまった代物を。気にいったなら何よりだけれど……あのセットの、特に、ストール。あれは、キミカさまを思い出して眺めていただけの代物だ。
どうしても、ひまわりのようなあの色を、私は頭から切り離せない。キミカさまを思ってしまう。あの子のための買い物なのに。
「見て」
試着室から、女の子が出てきた。大人っぽく見える。背伸びした感じはなく、ストールもよく似合っている。彼女には明るい色がよく似合った。
「なんか言ってよ」
「すごく、似合ってる」
「……えへへ」
先程以上に語彙を失った褒め言葉に、女の子は照れ笑う。少し長めの上着の袖から出た白い手が、頬に貼られたガーゼの辺りに当てられる。
胸が苦しくなった。私は、この子にキミカさまの影を押しつけようとしている。けれど、似合っているのも紛れもない事実で。
「お姉さん、これ買うわ」
「ありがとうございます。そのまま着て行かれますか?」
「ええ。あと、さっきのワンピースも。いい?」
「うん」
気にいってくれたなら、それで。
……やはり私は、自分を誤魔化すのが下手だ。
「ふんふんふーん……」
澄んだ鼻歌で私の前を歩く少し大人びた格好の女の子。服のサイズが大きいような気がするが、その方が楽だと言う。
ひらひら、と私の前をちらつくひまわり色のストール。たんぽぽの色にも見えた。
とても、この子に似合っていた。そして、あの方にもきっと、似合うのだろう。
そう思ってしまった。
「ねえ」
「あ、はい」
「ふふっ」
思わず敬語になってしまった。キミカさまや目上の人のところにいることが多かったから、敬語は染み付いている。目の前にいるのは、年端もいかない女の子だというのに。
振り向いた女の子は私の敬語にくすくすと笑っていた。年相応の笑顔だ。
「わたし相手に何畏まってるの? ……ねえ」
彼女の手が私の手首をしっかり掴んだ。その強さにどきりとする。
それは掴まえておかないとどこかに行ってしまう、お気に入りの色の風船を持つように。
それから、その子は、私を貫く言葉を放った。
「あなたの探している人について、教えて」
やっぱり、この服を選ぶんじゃなかった、と思った。
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