第2話

 私は徐々に教団内で信頼を得て、幹部補佐にまでなった。それはキミカさまへの敬虔な心を皆が理解してくれたからだ。

 幹部になったのはすぐのことだった。幹部はキミカさまとの謁見が許されている。幹部じゃない教団の者は幹部の許可を得なければいけない。その手順が面倒だったわけではないが、私は幹部になるまで、キミカさまにお会いしようとは思わなかった。キミカさまがご無事で、そのお心が平穏であれば、私はそれ以上を望まなかった。

 幹部になって、初めての謁見の日、私は心を弾ませると同時、不安でもあった。

 キミカさまに何とお声がけをしたらいいだろう。私が隣にいたことなんて、二十年近く前の話だ。やはりここは無難にお初にお目にかかります、と告げた方がいいだろう。……けれど、キミカさまが覚えてらっしゃらないであろうことが、私には胸を締め付けられるような痛みになるのだ。寂しいと思ってしまうのは、欲深だろうか。

 けれど、私が浅はかだった。

「失礼致します。キミカさま。お初にお目にかかります」

「あら、お久しぶりです」

 当然のように返ってきた言葉に、私は驚かざるを得なかった。

「……私を、覚えておいでなのですか……?」

「もちろん。私の隣にいた方々のことを、私は片時も忘れたことはありません。それは今はもう亡くても」

 悼むことくらいしかできませんから、と微笑むその瞳が、太陽の光を吸ったひまわりのような色を宿すのに、私は思わず魅入った。なんて誠実な人なのだろう。まるでではなく、神なのだ、この方は。教団で語られるよりも一層慈悲深く、傲慢のない心に私は自然と跪いた。

「えっ、えっと……」

「キミカさま。あの頃から、心よりお慕いしておりました。あなたのお傍に今一度いられることを誇りに思います」

 恭しく礼を執ると、キミカさまが息を飲んでから立ち上がった。

 肩にその手が触れる。私はその手の柔らかさと優しさに、目を細めた。

「私は神ではありません。あなた方にとってはそうなのかもしれませんが……一人の、ただの、人間なのです」

 所詮あれは偶像崇拝だ。

 家族の誰かが、教団に入るために家を出ようとした私に、そう告げたのを思い出した。

 偶像。神様に見立てた偽物。うちではそういう認識だった。生きている人間をまるで神様のように敬う。その行為を愚かしいとすらしていた。

 けれど、私には今、キミカさまが神様のようにしか見えなかったのだ。病弱でか弱い人間ではあるのだけれど、その輝きは偽物ではない、と。

 だから私はこう返した。

「私にとっては、神様です」

 言ってしまった。

 少し寂しげにキミカさまの顔が綻ぶのを、私は見ていた。


 再会が終わってから、私は度々、キミカさまの世話係をしていた。信徒から届いた果物を届けたり、花を差し替えたり。キミカさまと交わす言葉は少なかったけれど、その一つ一つが愛しかった。天気はどうだ、とか、今流行りの本は何か、とか、世間の情勢がどう、とか。他愛もない話だったけれど、神様みたいな人と言葉を交わせることが嬉しくて堪らなかった。

 キミカさまはいつもひまわりのように穏やかで、慈しみに満ちていた。隣に入院する子どもを気にかけ、その髪に櫛を通してやったり、編んでやったり。十数年経っているのに、キミカさまは何一つ変わっていなかった。私はそのことが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。

 やがて隣にいた少女は亡くなり、キミカさまはその死を悼んだ。黙祷する姿は、何者にも侵せない神聖さがあった。

 そうして、私は。

 キミカさまを苦しめているのが教団であることを知らぬまま、綺麗なところだけを見つめていたのだ。

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