遺された設計図

紫鳥コウ

遺された設計図

 あなたのことは大好きです。あいつのことは大嫌いです。

 大好きなひとと、大嫌いなやつが、手を繋いでしまうことが、どれくらいの苦痛かということを一枚のイラストにしました。


 二桁の「いいね」しかつかない、魅力のないイラストです。いまのぼくの持っている力を、すべて使いました。

 ですが、その自信に見合うくらいの評価がもらえません。ぼくは才能がないのでしょうか。あいつは、天才なのでしょうか。


 あなたのために描いたイラストは、こっそりと削除しました。べつに消したところで、だれかに悲しまれるわけでもありませんし、気付かれることもないでしょう。

 恥ずかしいのです。コンテストに落選したイラストを、応募作を示すハッシュタグをつけて、そのまま置いておくのは。


 もう、あなたのことを諦めるべきなのでしょうか。だとするならば、ぼくはこれから、なにを目標にして、イラストを描いていけばいいのでしょうか。


 もっと、えんというものを大事にした方が良かったのかもしれません。お互いの作品を褒めあって、しきりに言葉を交わして馴れ合っていれば、ぼくの作品には、ぼくの自信に見合わない評価が与えられたのかもしれません。

 交友関係と比例する評価を、あいつは得ているように思います。ぼくの目からみて、それほど良い出来には思えないのに、たくさんの「いいね」を貰っているわけですから。


 自意識過剰といえばそれまでなのですが、やはりぼくには、あのコミュニティから離れるか住み続けるかで、評価をされるかされないか、結果がでるかでないかは、決定しているように思えるのです。

 自分の実力だけで成り上がりたい、あなたとお仕事をしたいという気持ちが、ぼくにはあります。ですから、あんなコミュニティと離別したのですが、それは悪い選択だったのでしょうか。いまのぼくには、分かりません。


 あなたの書いたものを、もう読むことはできません。その物語にくっついた、あいつのイラストが邪魔なのです。


     *     *     *


 ぼくはようやく、あなたの呪縛から脱することができました。もしかしたらぼくは、あなたに依存しすぎていたのかもしれません。あなたを気にするあまり、ぼくの絵柄は、自然と制約を受けていたように思うのです。


 あなたと一緒にお仕事をしたいという、強い気持ちを横に置いてしまってから、のびのびとイラストを描くことができるようになりました。楽しくなったのです。「するべきこと」を、「したいこと」に置き換えることができました。

 もし、あなただけを目がけてイラストを描いていたら、目標が成就した次の日には、液タブを売り払っていたことでしょう。


 いま、ぼくの最終的な目標は、もっと先にあります。それがなんであるかということは、歴史が証明してくれるでしょう。ぼくの死後、ぼくの作品は、遡行的そこうてきに評価を受けてほしいと思っています。

 いまの時代では、適切な評価を受けられないという、思い上がったことを言うのではありません。ぼくが、その目標を成したと考えていても、実際に成されたかどうかを決めるのは、後に生きるひとたちだからです。


 あなたには、感謝しています。もしかしたら、あいつにも感謝しなければならないのかもしれません。

 あの屈辱がなければ、いまのぼくはいません。(未完)


     *     *     *


○参考資料

(本文を完結させることはできなかったが、筆者が依拠した史料を下に掲げておく。『抜群』誌の読者にはお詫び申し上げる。無論、八流くらいの書き手の文章など読まれていないだろうが)


   ――――――


【あるイラストレーターの遺書】


 ぼくはなぜ、なにも「完全に」成しえないまま、死んでしまわなければならないのだろう。悔しい。笑ってしまうよ。いつ、なにが起こるかわからないのに、人生の設計図を作ってしまったのだから。さようなら。ぼくはお先に、逝かせていただきます。


   ――――――


【ある作家のコメント】


 わたしがあのイラストを見たとき、傑作だと思いました。しかし作者のことを調べてみると、すでに亡くなっていることを知りました。ちょうど、表紙を描いてくれるイラストレーターを探していたところでしたので、とても残念です。


   ――――――


【ある批評家の文章(冒頭)】


 彼の作品は一切の駄作であると切り捨てても構わない。しかし駄作であることが歴史的な評価をまぬがれるというわけではない。彼のひとつひとつの作品ではなく、彼が人生において成したことを評価しなければならない。そういうことだ。

 わたしがこれから書いていくことは、彼の作品の分析ではなく、彼が一生を通して貫いたパフォーマンスについてである。とくに、彼が各所で発表した文章に注目したい。そこには、一時代の「美術」が生み出した、キャピタリズムとの共犯を見て取ることができる。


 そして本稿の結論では、こうした共犯を逆説させることにより、現代の「美術」というものを、より肯定的に捉えようと提案している。

 まず、彼が『セトルメント・ワークス』誌に掲載したある文章を見ていこう。そこで彼は次のようなことを言っている。少し長くなるが引用しよう。(後略)


(全文は以下のサイトにありますので、参照してください。[URL])


     *     *     *


※未完の文章を未完のまま完成品に偽装するには、架空の書き手を登場させたりして実験風な作品に仕上げればいいというわけではないようです。頓首とんしゅ



 〈了〉

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遺された設計図 紫鳥コウ @Smilitary

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