第2話 詐欺店長の悪事はやはり暴露された

 十六歳の克子は、私に500円貸して下さいと言った。

 なにを考えているのだろうか?

 確か克子は、親や兄と同居している筈である。500円も与えられていないのだろうか?

 しかし小太りで、紫色のメッシュをいれ、片耳に五個のピアスをつけた克子のヤンキーファッションと、いつも何も考えていないような、のんびりとした克子の表情からは、そんなギスギスした悲惨さは微塵も感じられない。

 私は「何に使うの? 交通費が足りないの?」

 克子の口から、また信じられない答えが返ってきた。

「タバコ代」

 私は内心仰天したが、平静を装っていた。

 そりゃまあ考えてみれば、家族にタバコ代なんて請求できる筈がない。

 克子は私のことを、すごく優しいお姉さんと言った。

 私だったら、周りの大人よりも言うことを聞いてくれると思ったのだろうか?

 私はもちろん「兄さんから借りたら?」と断った。

 もし仮に貸しても、返ってこないだろう。


 どうやら克子は、ヤンキーと付き合いだしたらしい。

 ヤンキー仲間になれば、相手もビビッて叱りつけることもないと思ったのだろうか?

 まったく先が思いやられる。


 コロナ渦も相まって、店長は転勤することになった。

 代わりに、店長と旧知の勤続十年の田代店長が入店することになった。

 なんだか独特の人相をした、癖のありそうな人物である。

 

 田代店長は、初めの一か月目はまともに仕事をこなしていた。

 しかしそのうち、午前の仕事はチーフに任せっきりで、毎日二時間以上、遅刻をするようになった。

 実質、田代店長が仕事をしている時間帯は、午前十一時から午後三時までの四時間だけであった。

 それにも関わらず、出勤簿には午前十時から午後二時まで、午後五時から九時までとあたかも八時間勤務と、まったく嘘でたらめの記入を平気でしていた。

 チーフもアルバイトもこのことは、見て見ぬふりをしていた。

 店長は一応は店に対しては権力者であり、チーフに転勤を申し渡したり、アルバイトのクビを切る権利は店長の役目だったので、誰もみな、触らぬ神に祟りなしで、店長の勤務時間詐欺を黙認していたのである。

 しかしこのことが、後に大きな問題に発展しようとは、誰も皆、予想もしなかった。

 

 そのうち、田代店長は朝から泥酔して出勤するようになった。

 なんと仕事中に、バイトの中年女性に缶ビールを買いにいかせ、仕事中もカウンターの奥でビールをがぶ飲みするようになった。

 その缶ビールも、バイトの中年女性に奢らせているという。

 噂によると、闇金で多額の借金を抱え込んでいるらしい。

 闇金というのは、支払いが滞ると健康保険証を取り上げ、様々の闇金から金を借りさせる。

 それが嵩じると、自分でもいくら借金があるのかわからなくなってしまう。

 想像もできない多額の負債額を要求され、精神が狂ってしまっても不思議ではない。

 田代店長は、そういった状態に陥っているのだろうか?


 田代店長の言動は、日ごとに狂気を増していった。

 女性アルバイトに「あんたは処女か?」などとセクハラまがいの猥談をするようになっていった。

 もちろん、それに反応する義務はない。

 

 田代店長と旧知のチーフの命令で、店のバイト全員にかん口令がひかれていた。

 エリアマネージャーが視察にきても、田代店長が帰宅したのにも関わらず、

「今、予約済みの歯医者に行っている」と嘘をつくようにと、かん口令がひかれていた、バイトはそれに従うしかなかった。

 なぜなら、店長の権限でクビになりたくなかったからである。

 事なかれ主義のニセの平和といってしまえば、それまでである。

 それが原因で、自ら退店していく女性アルバイトもいた。


 しかし、隠されたものはいずれ暴露するとき訪れ、覆いをかけられたものは、いずれは取り外されるときがくるのが、世の常である。

 事なかれ主義の、一見平和に見えるニセ平和状態が、永遠に続くはずがない。


 ある日、泥酔状態の田代店長は、なんと克子に

「今月からまかない食事代を請求することになったので、君に二千円請求する」と嘘をついて言いくるめた。

 克子は、疑いもせず店長に二千円渡した。

 あとからバイトの先輩にその事実を確かめると、まかない食事代というのは全くの嘘であった。

 しかし泥酔状態の田代店長は、その先輩に目配せをして、克子から二千円をだまし取っていたのだった。

 当然、克子は泥酔田代店長に対し、怒りと不信感とで一杯になった。

 もう、克子は田代店長を庇う余裕も必要もなくなってきたのだった。


 ある日、克子は昨晩から残っていた朝の皿洗いの時間帯に、チーフの命令で近所のスーパーにキャベツを買いに行かされた。

 当然、皿洗いは中途半端に終わってしまう結果になり、流し場に食器がためられている結果となった。

 朝の仕込みが終わる十一時頃、田代店長が泥酔状態で出勤してきた。

 なのにいつも、出勤簿には十時出勤と偽の労働時間が記入されている。

 

 食器がためられた流し場を見た田代店長は、克子に向かって「朝ご飯を食べさせるな」と無茶なことを言い出した。

 克子は、ホール廻りが出来ないが、アルバイト不足のため、一日八時間も九時間も、休憩も無しに皿洗いに従事する羽目になっていた。

 克子にとって、唯一の休憩時間は朝ご飯の二十分間だった。

 田代店長は、いつも昼三時に帰るのでーなのに出勤簿には十時出勤から十八時退社と偽の出勤時間を記しているー克子の苦しい事情などはまったく知る由もないのであろうか。

 いや、それとも田代店長は克子の苦しい事情を知っていた上で、唯一の休憩時間である朝ご飯まで食べさせようとはしないのであろうか?

 もしそうだとすれば、明らかにパワハラであり、過重労働を強いられていることになる。

 今までは、人手不足の店の事情を考えて一分の休憩もとらずに、ただひたすら皿洗いをこなしてきた。

 しかしついに克子は、心身共に堪忍袋が切れる寸前を感じていた。


 朝十時、今日に限って田代店長はいつもより一時間早く、泥酔状態で出勤してきた。

 いきなり克子に1ダース入り10キロもするビールケースを、地下一階から一階に上げるように命令した。

 克子は、ビールケース1ケースを一階に上げるだけでクタクタだったが、田代店長はなんとあと2ケース上げるように命じた。

 克子が当然「それは無理です」と断ると、田代店長は「時給を下げるぞ」と脅すのだった。

 これで、克子は今までこらえていた堪忍袋の緒がプチンと切れるのを感じた。


 今のままでは、こき使われた挙句の果て、泣き寝入りに終わるだけだ。

 だいたい、この会社は一か月契約の使い捨て同然のアルバイトに、都合の悪いことを押し付けるのが良しとする体質がある。

 克子はその犠牲になれというのか?

 そんなことは、赦される筈がない。


 エリアマネージャーが視察に来ると、田代店長がもうとうに帰宅したのに関わらず、店長の子飼いであるチーフの命令で「歯医者に通っているのでいない」という嘘の供述を答えるように、命令され、人事権を有している田代店長から解雇されないためには、それを実行するしかなかった。

 しかし、こんな嘘がいつまでも通用する筈がない。

「隠していたものはいずれは暴露し、覆いをかけられたものは、取り外されるときがくるであろう」(聖書)のとおり、いずれ事実が判明されるのは、時間の問題である。

 もしかしてそのときは、一週間後かもしれないし、明日訪れるのかもしれない。

 この事実がエリアマネージャーに知れると、多分激怒し、不信感を抱くことだろう。

 この激怒と不信感の対象は、嘘をついて騙したチーフとアルバイト全員に向けられ、結局は田代店長解雇ということになるに違いない。

 

 こうなると克子までが、嘘つきの詐欺師まがいということになってしまい、エリアマネージャーから恨まれる結果となる。

 休憩もなしにこき使われ、ビールケース3ケース運搬を命じられた挙句の果て、悪者扱いとはなんとも割に合わない話である。

 田代店長のことは、いずれはエリアマネージャーを通さなくても、会社に暴露されるときが訪れるだろう。

 嘘というのは、思いもしないほんの少しのことが原因で暴露されるものである。

 いくらアルバイト不足とはいえ、こんなことが続くと自分の心身がやられてしまいそうである。


 それから二日後、克子は退店を決めた。

 田代店長に退店の意志を伝えると「別に構わないよ」という素っ気ない返事が返ってくるだけだった。

 

 

 

 


 


























 

 

 

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