ヤンキーまがい困ったバイトの暴露話

すどう零

第1話 困った前代未聞バイト入店

 ああ、海に行きたい。

 月に一度は海に行けたら、どんなにすっきりすることだろう。

 砂浜に座り、寄せては返す白い波をみているだけで、どんなに心は癒されることだろう。

 日常の川の流れが、海へとつながっていく。

 海の向こうの地平線を見つめていれば、今までとは別世界である新しい未来に飛べ込めそうな気がする。


 私、尚香は有名餃子店でバイト二年目に入る。

 辞めていくバイトの多いなかで、二階のホール廻りと皿洗い担当である。

 このまま、当分の間、バイト生活が続くだろう。 

 バイト先の有名餃子店で、いきなり店長(といっても一年契約の雇われ店長でしかないが)から、みるからにヤンキーまがいの十六歳の女子を紹介された。

 小太りで、髪には紫のメッシュが入り、両耳にはピアスが三個ずつつけられている。

「彼女、本日から入店してきた克子さん。今日から指導してやって下さい」

 へえ指導か。ちなみに私は先輩に指導してもらったことなど、一度もなかった。

 先輩の仕事を見様見真似で覚えたものである。


 克子は、無言のままだった。

 挨拶の仕方も知らないのだろうか?

 通常はこういう場合「よろしくお願いします」と頭を下げるものだ。

 克子は、そういった常識を教えられていないのだろうか。

 店長は「この克子さんは、桐田の妹なんだ。くれぐれもちゃんと、教えてやってくれ」と私に頭を下げた。


 桐田は、二十歳の男性であるが、事情があって正社員にはなれないでいたという。

 店長は、その罪滅ぼしのために、妹を入店させたに違いない。

 しかし、外見はヤンキーまがい。挨拶もできない。

 本当にこの子に、バイトが勤まるのだろうか?

 私は今までスムーズにいっていたバイト生活が、変わっていく予感がした。

 それはいい意味での変化ではなく、暗雲が垂れ込めるような少し憂鬱な予感に包まれた。


 克子は、定時制高校を休学中だという。

 私は克子に、食材のひとつである砂糖のありかを教えた。

 克子は「はい」と元気よく返事するよりも「はあ」と間の抜けた答えをするだけだった。

「メモをとらなくて大丈夫ですか?」と私が言っても、知らん顔である。

 果たして私の言うことを、理解しているのだろうか。

 この子にホール廻りが勤まるのだろうか?

 それとも、店長が頭を下げた以上、勤まらなかったら私の指導能力不足になるのだろうか?

 冗談じゃない。私は指導してもらったことなど、一度もないんだから。

 私は克子の存在が、自分の存在をも脅かす障害のような気がしてならなかった。


 克子はいきなり私に「おばちゃん、私は何をしたらいいの?」

 えっ、私はおばちゃんなどと言われる年齢でもあるまいし。

 私は、克子を諭すように言った。

「ここは職場なのよ。そして私はあなたに仕事を教える先輩。

 だから苗字で呼んで下さいね」

 克子は、毎度の如く「はあ」と気の抜けた返事をした。

 

 それでも私はこれも仕事の一貫なので、食材のありか、客への注文の取り方、伝票の入力方法を教えたが、克子はなかばあくびのような「ふわーい」とした、気の抜けた炭酸水のような返事をするだけだった。

 克子は、わかっていて返事をしているのだろうか?

 克子のような人は、私にとっては初めてである。

 私はいささか疑問に思った。


 最初は皿洗いからだが、克子はスローモーであって、とうてい間に合わない。

 このままでは、先が思いやられる。

 店長も、いくらアルバイト男子である桐田のコネクションとはいえ、よくこんな子を雇ったものである。

 それとも、その桐田になにか弱みでも握られているのだろうか。

 噂によると、店長は過去に不倫問題を起し、相手の女性は解雇、店長は減給になったという。

 まあ、店長は朝十時から夜十時まで、休憩も含め、十二時間職場にいるのだから、つい同じ職場の人と不倫という問題が起こってきても仕方がないのであるが。

 不倫というのは、いつも顔を合わせている人と、ついついそういう関係になってしまうという。

 もしかして、そのことと関係があるのだろうか?


 克子が入店してから一週間がたった。

 通常、今までの子なら、一週間もすればとうに仕事をマスターしている。

 克子が入店してから、十日目、店長が私の休憩中に、克子一人で二階のホール廻りを任されるよう頼んだ。

 私は、安心して三十分の休憩をとることにした。


 私が休憩時間から帰ってくると、一階のアルバイトは皆、真っ青な顔をしていた。

「あの子、なんにもできないんだよ。

 仕方がないから、一階の子が、あの子の代理で二階のホール廻りをすることになったんだよ。

 いつもギリギリの人数で、仕事をしているが、お陰で一階は人が足りないのでおおわらわで往生したわよ。

 全くすごい子が入店してきたものだ」

 克子は一階のアルバイトの困り顔をどこ吹く風で、ただポカンとした表情である。

 私は店長に「もっとちゃんと教えてあげてな」と軽い叱責を受ける始末だった。


 私は克子に、もう一度だけーといってもこれで五回目であるがーホール廻りを教えることにした。

 私など、アルバイトの先輩に仕事を教えてもらったことは一度もないので、克子はなんと恵まれているのだろうと思った。

 しかし、このことはまだ私だから通用するのであり、少々小意地の悪い人なら、通用しない筈だ。


 私は昔、こんな話を聞いたことがある。

 高校中退の男性が、カフェで先輩に「紅茶のつくり方を教えて下さい」と聞いても、背中越しに無視が二回続いた。

 とうとう三回目に「紅茶のつくり方を教えて頂けないでしょうか」と下手にでると、先輩の答えは「お客さんに聞いてこい」

 仕方がないから、その男性は先輩の仕事を見様見真似で覚えたという。

 このことを、先輩の仕事を盗むといったものだという。


 翌日、克子は店長の命令でランチタイムの忙しい時間帯に、ホール廻りをすることになった。

 私は内心、絶対ムリだと思ったが、店長の命令に逆らう権利は有されてはいない。

 案の定、私の予測通り、克子は注文を間違え、ミスを二回してしまい、コックに頭を下げることになってしまった。

 他の人と比較しても仕様がないが、こんなことは私の見てきたなかでは、初めてだった。

 私はついに堪忍袋の緒が切れたが、冷静を装って克子に言った。

「私が教えてるんだから、もっと真面目にして下さいね。わからないところがあったら、家で復習して下さいね」

 克子は、悪びれた様子もなく、紋切り型で「すみません」と言った。


 翌日、信じられない光景を目にすることになった。

 克子は十六歳ながら、朝の仕込みの時間帯に、なんとヤンキーのうんこ座りをし、タバコを吸い出したのだ。

 ヤンキー漫画の影響で、それがカッコいいとでも思っているのだろうか?

 それとも克子は、紫色のメッシュの入った髪と五個のピアス入り耳というファッションに合わせているのだろうか?

 ヤンキーになれば、別格扱いされ、叱られることもないという算段でもあるのだろうか。

 私は何も言う気になれず、その前代未聞の非常識な行動をただポカンと見ていた。

 まわりの男子アルバイトは、ニタニタしながら克子を見ていた。

 やはり克子を別格扱いしているのだろうか?

 男性は、嫌な女性ほど最初は優しくして、あとは自分の思い通りに手名付けようとするが、そのパターンなのだろうか?

 

 その三日後、克子はなんと私に「500円貸して下さい」とねだるようになった。

「何に使うの? 交通費が足りないの?」

 再び克子の口から、信じられない答えが返ってきた。


 


 

 

 

  

 

 

 

 

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