第3章 バザークの夢と切望

第24話 切望していた存在

 




 Change of perspective 〜bazaark〜



 

 夕暮れになり、今日もまた怖い夜がやってくる。

 精神が恐怖に貪られ、ストレスが限界を突破し、日を追うごとに皆のメンタルが崩壊していく。


 クロノワール山脈に派遣された僕たち連合騎士団は苦戦を強いられていた。


 それも当然だ。


 標高の高いクロノワール山脈の中腹部には、無数の魔族が息を顰めている。

 僕たちが村に近づこうとすると次々に攻撃を仕掛けてくるし、そもそも僕たちの実力が全く奴らに及んでいなかった。

 だって、僕たちは各国から寄せ集められた騎士が手を組んだだけだったから。

 村の窮地を救い出すという同じ役割を与えられてはいるけど、統率も何も取れていない騎士団とは名ばかりの集団だった。


 少し前に山の向こうの最前線が突破された事で、時間稼ぎとして僕たちが招聘された。

 当初はすぐに増援を寄越してくれるって話だったけど、そんな気配は微塵もない。

 ここは他のどの地点よりも防衛すべきポイントになるはずだけど、誰もが百を超える数の魔族を恐れているんだ。

 どこの国も僕たちみたいな寄せ集めに時間稼ぎをさせるだけで、まともな策を講じてくれない。

 

 このままじゃ、村を侵略されてクロノワール山脈が魔族の手に渡るのは時間の問題だった。


 かれこれ一ヶ月くらいは今のような均衡した膠着状態が続いているけど、実際は向こうがこの状況を楽しんでいるだけだ。

 こちらの勢力が脆弱なのは丸わかりだ。


 僕は前線に立って、生まれ持った肉体の頑強さで皆のことを守っているけど、そろそろ心身ともに限界を迎えている。


 ほぼ不眠不休で耐えてきたから……そろそろ死んでもおかしくない。


「こんな時に、勇者様が現れてくれれば……っ!」


 困窮した戦地の最前線で誰かが呟く。


 皆がそう思っている。

 でも、直近で勇者様が現れたのだって百年も前の話だし、勇者様なんてものはそう簡単に現れてくれない。


 もうダメだ。


 物資も底をつきかけているし、僕以外は既に満身創痍な状態だ。

 

 魔族たちがどのくらい遊びの猶予をくれるのかもわからないから、今はいつ死ぬのかを待つだけの時間になっている。


 そんな時、暗い雰囲気を払拭するかのように誰かが叫んだ。

 

「……あれは——増援か!」


 皆が一斉に後方へ振り向くと、遥か遠方から馬が駆けてくるのが見えた。

 馬には青年が一人またがっていた。真っ黒なローブをはためかせながら決死の形相で駆けてくる。

 でも、明らかに待ち望んでいた勇者様や手練れ騎士のような風貌ではなかった。

 それも数はたった一人だけ。


 理解した僕たちは途端に落胆した。

 束の間の喜びだった。

 一騎程度の戦力が加わったところで、無数の魔族の軍勢には勝てっこない。


「——戦況は?」


 やがて、僕の側に到達した青年は馬から飛び降りると、険しい顔つきで口を開く。

 黒髪に黒目、真っ黒なローブを羽織り、中には急所や関節部分を守る程度の軽そうな鎧を装備している。足元のブーツは土まみれだったけど、腰に携えた剣だけは一目でわかるほどの上等な一振りだった。


 もしかしたら強い人なのかもしれないけど、さすがに一人でどうこうできるわけがない。


「僕たちは死を待つだけかな」


 僕だけなら助かる事ができるけど……そんな酷い行いは許されない。

 かと言って全員を守ることなんて到底できっこない。

 

「村人たちは?」


「村人のうち二人だけは殺されちゃったけど、他の全員は無事だよ。でも、村には近寄れない。

 山脈の中腹部には百を超える数の魔族が潜んでいるんだ。その中には強力な魔法を放つやつが何体もいて、ありとあらゆる方向から強力な魔法が飛んでくるんだ。

 今はなんとか僕が一人で持ち堪えているけど、仲間の騎士はもう五十人は殺されたね」


「……そうか。たった一人で耐えてきたんだな」


 青年は険しい顔つきから一転してほんの少しだけ頬を緩める。

 僕のことを見るその視線には慈愛の念が込められていた。

 まるで、よく頑張った子供を褒める大人のようだ。


「君は一人なのかい?」


「ああ。すぐに終わらせる」


 青年はそれだけ答えると、抜剣して歩みを進め始める。

 目指す方向は山脈一直線だった。


「え? ね、ねぇ! 僕の話を聞いてなかったのかい!? 魔法が飛んでくるから危険……というより、死ぬよ!」


 僕は元気がないなりに叫んで静止を促すけど、青年は一向に止まることなく、ついにはボーダーラインを超えてしまった。

 村に近づこうとするだけで、無数の魔法が各所から放たれる。


 周りの騎士たちもハッと驚き、彼の行く末を見守る。彼らには青年の進行を止める気力は残されていない。


「止まって! 死んじゃうよ!」


 僕は叫んだ。

 その瞬間。山脈の中に茂る木々の隙間から眩い光が発せられる。

 魔族はボーダーラインを超えた青年を目掛けて魔法を放つ。


 また一人……犠牲が増えた。

 まだ若いのにね。

 僕がもっと強かったら守ってあげられた。


 僕は瞳を閉じて首を垂らした。


 直後、爆音が聞こえると、全身が吹き飛ばされそうなほどの暴風が辺りに舞う。


 それから十秒くらいした後に風と粉塵が収まった。

 僕はおもむろに目を開けて前を見た。


 そして、驚愕した。


「え?」


 青年は生きていた。

 先程の爆音と暴風は何だったのか。彼の周囲だけは大きく陥没していたけど、彼自身は右手に剣を持ちながら尚も歩みを進めていた。

 そして、またも光が発せられると同時に魔法が放たれる。


 五方向から放たれた炎の球体は火の属性を孕んだ強力な魔法だった。

 この一か月で何度も僕がこの身に浴びた一撃だ。


 青年はどうやって対処するんだろう?


 今度は目を逸らさないで確認した。


「……斬った?」


 青年は炎の球体を全て斬っていた。


 明確な残像が見えるほど高速で振るわれた剣は、炎の球体をばらばらに斬り刻む。

 

 斬り刻まれた炎は地面に着弾し、先のような爆音と暴風が巻き起こる。

 青年には掠りもしていない。


 誰もが息を呑んだ。

 僕を含めて騎士団の全員が感嘆の声をあげていた。


 青年はどこの誰なんだろう?

 魔族が放つ強力な魔法を最も容易く斬った。

 そして、怖気付くことなく、着実に村との距離を詰めている。


「いける……」


 僕は青年の背中を見て勝利の希望を見た。

 彼は強い。一端の騎士である僕でもわかる。

 澱みのない歩法と目にも留まらぬ剣裁きは誰よりも洗練されている。


 それは皆の目から見ても同じだったのか、その視線は青年へと注がれる。


 しかし、そんな希望を持った瞬間。

 魔族はここにきて初めて焦燥感を覚えたのか、今度は続々と山脈から降りてきてその姿を現す。


 その数は百を超えている。


 様々な大きさで様々な見た目の魔族はギラギラとした瞳でこちらを睨みつけている。

 予想よりも遥かに多い。


 やっぱりダメかもしれない。


 精神的にも肉体的にも参ってる僕たちが戦いに加わっても、倒せる魔族は精々数体がいいところだ。

 青年がいくら強いとは言え、たった一人でこの数を相手をするのは不可能だ。


 でも、目の前に敵が現れて、おめおめと逃げ出す騎士は本当の騎士じゃない。

 僕は……誰かを守るために騎士になったんだ。


「……みんな、戦おう!」


 僕は剣を抜いた。

 皆も立ち上がり、剣を構えた。


 先ほどまでの暗い雰囲気が嘘のように払拭される。


 でも、青年はちらりとこちらを一瞥して首を横に振っていた。

 それが何を意味するのかはわからなかったけど、勢いに反して膝が震える僕たちはその場から動けなかったのは事実だった。


 虚勢を張る僕たちが動けずにいると……青年は迷うことなく駆け出す。

 そして、気が付けば魔族たちの背後を取っていた。


「は?」


 何が起きたのかわからなかった。

 僕が一つ瞬きを終えたら、既に数体の魔族が絶命していたのだ。


 青年は血飛沫を上げる魔族の上に立つと、またも剣を構えて駆け出した。


 そこからは、まさに蹂躙だった。


 僕たちはただ立ち尽くすことしかできなかった。


 あれほど恐れていた驚異的な強さを誇る魔族たちは、なす術なく青年の剣技によって倒されていき、やがては最後の一体が首を飛ばされて絶命した。


 山脈の麓には約百五十体に上る魔族の亡骸が積み重なり、亡骸の上には青年が佇んでいた。

 達成感を得た顔なんかせず、まるで自分は何もしていないかのようなごく自然な表情だった。

 誇らしげにしているわけでもなく、魔族の亡骸を見て悦に浸るわけでもない。力を誇示して叫ぶこともせず……ただ、そこに佇んでいた。


 彼は何者なのか。


 それはわからない。


 でも、僕は平然と佇む彼の姿を見て、子供の頃に見た御伽話の世界を思い出した。


 そして、無意識に切望していた存在を口にしていた。

 


「勇者……さま……?」


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