第25話 アーサーとバザーク

 僕たち連合騎士団は、約百五十体にものぼる魔族の亡骸をひとまとめにすると、そこに炎を放ち焼き払った。

 クロノワール山脈を牛耳っていた魔族に勝利した瞬間だった。


 ここを魔族に明け渡してしまえば人類の存続が怪しくなるとまで言われていたのに、僕たち……いや、青年はただ一人でそれを成し遂げた。


 一体、誰の命を受けてこんな場所に来たのだろうか。


 巨石の上に座りながら、剣に付着した魔族の血を布で拭き取る青年は酷く寂しそうな表情だった。

 なぜか、膝元には一輪の白い花が置かれている。


「……君、名前は?」


 僕は恐る恐る尋ねた。彼は多分、二十歳になったばかりの僕よりも年下だと思う。体格は僕より細く見えるし、身長だってごくごく平均的だ。

 でも、あの洗練された動きは規格外だったし、体にはしなやかさがあった。一応、これでも僕は一端の騎士だからそれくらいはわかる。


「アーサー」


 物静かに答えてくれた。


「僕はバザーク。見ての通り、この連合騎士団の一員だよ。さっきは助けてくれてありがとう」


 隣に座った僕は半ば強引に彼の手を握った。

 クールな見た目に反して、手のひらはゴツゴツとしている。それは剣を振り続けた努力の証明だった。


「大丈夫だ」


「君のおかげでクロノワール山脈は取り返せたし、そこの村の人たちも全員無事だったよ。アーサーは誰かの遣いで救援に来てくれたのかい?」


「……まあ、そんな感じだ」


 アーサーは村の方を一瞥すると、溜め息混じりに答える。

 何か村に用事でもあったのかな。


「そう。それにしても強いんだね。もしかして勇者様だったりするのかな? 不躾なことを聞くけど、こんな最前線に来たのに勇者の聖剣は持っていないのかい?」


 アーサーが持つ剣のグリップに刻まれた紋様は、ここから遠く離れたアルス王国の紋様だった。

 あの国には世界で唯一、数千年前の勇者様が残した勇者の聖剣があるから、勇者様として旅立つなら必ず携えているはずだ。

 でも、彼が持つ剣は普通の業物に見える。聖剣を使えば目の前の山脈くらいなら一振りで両断できるって聞いたことがあるしね。

 

「聖剣は持ってない」


「そっか。アーサーはもう十分過ぎるくらいに強く見えたけど、聖剣があれば今よりも何倍も強くなっちゃいそうだね」


 反応からして勇者様ではないみたいだった。


「……どうだろうな。聖剣なんて大したもんじゃないと思うがな」


 アーサーは首を傾げていた。聖剣なんて必要ないくらい強いっていう自信の表れなのかな?

 

「どういう意味? もしかして、聖剣を生で見たことがあるの?」


「まあな。俺は剣のグリップを握るだけでその剣が業物かどうか見分けることができるんだ」


 含みのある口振りだった。


「えーっと……つまり、どういうこと?」

 

「聖剣の力はその程度だったってことだ」


 アーサーは不敵に笑った。


「あ、実際に聖剣に触れたことがあるからこそわかっているんだ。だから持っていないんだね」


 聖剣は、空、海、大地、全てを斬り裂くって聞いたことがある。眩い光を発していて、軽く一振りするだけで山を両断するとか。

 とにかく、聖剣を持ったら敵なしだって話は有名だった。

 色んな文献にも同じような凄い逸話がたくさん記されているしね。


 でも、アーサーの話が真実ならその噂は全て嘘ってことになる。

 信憑性は不明だけどね。

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