第23話 アーサーと聖剣
「ここが謁見の間だよ。パパは中にいると思うから直接聞き出すよ」
「中にアーサーはいなさそうですね」
扉越しに物音や話し声は聞こえてこない。
アーサーくんがいないとなると、やっぱりパパから話を聞くしかなさそうだね。
「パパ! アーサーくんはどこ!」
あたしは扉を乱暴に叩き開ける。
入って早々、本題に突入する。
パパはあたしが来ることを見越していたのか知らないけど、いつも以上に冷静な雰囲気で玉座に腰掛けていた。
「セシリア……と、ヴェルシュ家の三女か。早かったな。アーサーならば既にここにはおらぬぞ」
「どこに行ったの? それと、アーサーと何を話したの? 彼は魔王討伐へ向かったの?」
「そう焦るでない」
立て続けに尋ねたあたしのことをパパは言葉のみで制した。
悪い癖だ。気になったことがあったらとことん聞いてしまう。アーサーもあまり好ましく感じてなかったと思う。
「セシリア、落ち着いて下さい。それで……国王様。彼はどちらへ向かわれたのですか?」
焦るあたしの背中を撫でるレミーユちゃんは、一歩前に出てパパと向き合う。
「昨晩、アーサーは我の元を訪ねてくると、馬を貸してほしいと懇願してきた」
「馬? 遠方へ向かったということですか?」
「うむ。クロノワール山脈へ向かいたい……そう言っておった」
クロノワール山脈……意味がわからない。
あそこは今は戦場になるのも時間の問題と言われている危険地帯だ。たった一人でそんな場所へ行くなんて命がどうなってもいいの?
「……どうしてアーサーがそこへ赴くのですか?」
レミーユちゃんは眉を顰めていた。
「山脈の麓にある小さな村がアーサーの故郷らしい。現在、あの地は既に大量の魔族が根を張っておる故、一歩でも足を踏み入れたら戦火に巻き込まれてしまうのは明白であろう。命を落とす可能性は限りなく高いだろうな」
パパは鋭く瞳を細めていた。
国王であるパパには、戦地がどれほどまでに危険な場所なのかは容易に理解できる。
それはあたしも同じ。
見知った騎士の人やアカデミーから排出された優秀な人材が、戦地へ赴いて魔族に殺されたって話は何度も聞いた事がある。
だからこそ、冷静にはなれなかった。
そんな危険地帯にアーサーくんは一人で行ったってこと?
「パパは止めないで一人で行かせたの!?」
あたしはパパに詰め寄る。
「……うむ」
パパは目を逸らして俯く。
「国王様、もちろん、アーサーは聖剣を持っていったのですよね?」
「……そうだよ。パパ、聖剣は? 勇者の聖剣は、アーサーくんに持たせたんだよね?」
レミーユちゃんに続きあたしも続けて問いかける。
勇者は聖剣を扱ってこそ最高の力を発揮できる。そんなことは子供でも知っている常識だった。
「いや」
首を横に振るパパは怪訝な顔つきだった。
「聖剣は持っていっていない」
「ど、どうして!? まさか、聖剣を抜くための儀式を開いてないからとか、アカデミーに話を通してないからとか、そんなくだらない慣習のせいにする訳じゃないよね? もしそうだったらあたしはパパのことを許せないよ?」
ばかげてる。聖剣を持っていっていないなんておかしいよ。
今はそんな慣習とか習わしなんて気にしている場合じゃない。
ただでさえ、アカデミーは呑気だっていうのに、国王であるパパもそんなんだったら魔王に侵略されるのは時間の問題だ。
「お前たち二人は、アーサーこそが本物の勇者であると信じておるのだな。」
パパは質問には答えずおもむろに立ち上がると、詰め寄るあたしから距離を取って窓際に立った。
「……もちろん。アーサーくんは本物の勇者だよ」
「私もそう思います。彼しかあり得ません」
あたしたちは有無を言わさず首を縦に振って賛同する。
大前提として、勇者になるためには聖剣を抜けなければいけないけど、誰でも聖剣を抜く挑戦をできるわけではない。
挑戦するに相応しい人材はアカデミーと王宮側が協議した上で選定することが殆どだ。
日頃の成績とか態度とか、それに相応しい功績を上げたかどうか……色々選定基準はあるみたい。
でも、賢者モルド様の話によると、賢者と僧侶と戦士になり得る器を持つ人だけは、誰が勇者に相応しいのかが感覚的にわかるものらしい。
昔、本で読んだことがある。
つまり、勇者候補の中から勇者を選ぶ方法は二つあるということ。
賢者の資質を持ったレミーユちゃんがアーサーくんと接してそう感じたように、あたしが彼のことを見てびびっときたのもそうなんだと思う。
それは、あたしは僧侶の資質を、レミーユちゃんは賢者の資質を持っているってことに他ならない。百年前の賢者と僧侶の血を引いているあたしたちだからこその理由だ。
戦士の人にはまだ会ってないけど、そうに違いない。いや、それしかあり得ない。
言っちゃ悪いけど、単なる田舎の出自のアーサーくんのことを、二人揃ってここまで評価するなんて信じられない奇跡でしかない。
賢者と僧侶と戦士は勇者を見つけ出すことができて、運命的に惹かれ合うらしい。
これは賢者モルド様が提唱しただけに過ぎなくて信憑性は低いってよく言うけど、あたしがレミーユちゃんと出会ったのは運命的だと思うし、アーサーくんに出会ったのもそう。
だから、くだらない慣習は、あくまでも世間に勇者の存在を周知するための行事でしかなくて、見る人が見れば誰が本物の勇者なのかは一目で判断がつく。
それこそがアーサーくんだった。
そんなことはパパも当たり前のようにわかっていると思うし、勇者であるアーサーくんに聖剣を渡さないなんてばかげた話だった。
「我も同様、最初はそう思った。彼奴の目を見た瞬間、心臓が跳ねた。強き覚悟と揺るぎない固い意志は他の者とはまるで違う。アーサーこそが本物の勇者なのだと……そう直感した。セシリア、お前が彼奴を我に紹介しようとする理由がすぐにわかった」
「じゃあ、なんで聖剣を渡さなかったの」
今のあたしは酷く冷たい声色に違いない。
そこまでアーサーくんのことを評価するのなら、ますます聖剣を持っていかせなかった理由がわからなくなる。
「渡さなかった訳ではない。我は国王として我の直感を信じ、昨日の夜更けにアーサーを古の祠へと連れていった。そして、聖剣を抜かせようとした。さすれば、彼奴は本物の勇者として聖剣の力を手に入れ、魔王討伐へ旅立つことができる。だが……彼奴は——」
パパは大きく息を吐く。
そして、言葉を続ける。
「——アーサーは……聖剣を抜けなかった」
「え?」
あたしとレミーユちゃんも揃って素っ頓狂な声を出す。
予想だにしなかった。
思考がままならなくなる。
「アーサーは古の祠の奥地に眠る聖剣を見るや否や、迷うことなくグリップを握った。
その瞬間、表情が曇った。いや……不敵に笑っているように見えたが、確かに彼奴はグリップから手を離すと、小さく首を横に振ったのだ」
「……本当に?」
「うむ。彼奴は本物の勇者ではなかったらしい。勇者になる得る資質や強い覚悟と心意気があるのは事実であろう。それは我も対峙した時に直感したからな。
彼奴こそが本物の勇者なのだと……だが、結果的に聖剣は抜けなかった。何が足りなかったのかは分からぬがな。
とにかく、聖剣は抜けなかったのは事実であるが、これもまたよくあることだ。そう簡単に奇跡は起こらんのだよ」
パパはあたしたちと同じくショックを受けた様子だった。
確かに、勇者になり得る素質のある勇者候補は度々現れるけど、ここ百年は的が外れて勇者は一人も誕生していないのが現実だった。
そう考えると、アーサーくんもそのうちの一人なのかなって解釈はできる。
でも……やっぱり信じきれない。
「おかしいよ。そんなの、おかしいよ! あたしとレミーユちゃんだけじゃなくて、パパもアーサーくんが本物の勇者なんだって直感したんだよね? じゃあどうして聖剣を抜けなかったの!」
あたしは叫ぶ。
でも、パパは至って冷静な面持ちだった。取り乱すことなく腕を組んで窓の外を見つめている。
あたしは僧侶として、レミーユちゃんは賢者として直感した。多分、パパはたくさんの勇者候補をその目で見てきたからこそ、その中でもアーサーくんが他とは違うってわかったんだと思う。
それなのに、こんなに簡単に話を片付けていいはずがない。
「我には理解が及ばぬが……アーサーが勇者に近しい存在であるのは事実だろうな。だが、聞いたところによると、彼奴は特に優秀な成績を収めていたわけでもなければ、目立った活躍をした経験もないそうではないか」
「……国王様はアーサーが勇者様ではないとわかった上で、ただ一人で最前線に行かせたのですか?」
レミーユちゃんもあたしと同じく疑問を呈する。
ただ、尚もパパは淡白な態度で頷くだけだ。
「うむ。アーサーに賭けてみるのも悪くなかろう? 故郷を思う強い気持ちを糧に最前線で戦い、あわよくば魔族どもを追い返してくれれば最高の出来。万に一つの可能性になるが、奇跡的に魔王討伐すら成し遂げるやもしれんからな。まあ、現実的な話をするならば、魔族を一体でも倒せれば御の字であろうがな」
「そんな、アーサーのことを駒みたいに扱わないでください……国王様のお耳には届いていないのかもしれませんが、彼はとても強いのですよ?」
「残酷な話をするようで悪いが、聖剣を抜けなかった今のアーサーはただの勇者候補の一人に過ぎん。いくらお前たちが信じようともその事実は揺るがぬ。
更に、彼奴は世間的に見たら特筆するような家柄もないごく普通の男だ。彼奴の小さな犠牲で何かが変わる可能性があるのなら、我は手段を厭わん。きっとアーサーはもう助からない。後を追うのはやめるのだな」
パパの言いたい事はよくわかる。
確かに、パパはあたしのパパでもあるけど、重大な責任を持つアルス王国の国王様でもあるから。
実力が計り知れないアーサーくんの事を直感的に評価しようとも、いざ聖剣を抜けなかったとなればフラットな視点で判断を下すのは自然だった。
パパの耳にはアーサーくんがイレギュラーモンスターを討伐した話は入ってないだろうし、そもそも知っていたとしても確実に信じてくれないと思う。
だって、あたしとレミーユちゃん以外の誰一人として、アーサーくんの凄さを何もわかっていないんだもん。
「……じゃあ、レミーユちゃん、行こっか」
「そうですね」
あたしはレミーユちゃんに声をかけて踵を返す。
納得したわけではないけど、パパの考えは理解した。互いに意図を理解した上で退くことにする。
このまま話を続けても、アーサーくんへの想いと感情を交えるあたしたちの意見と、合理的だけど冷酷なパパの意見は折り合いがつかない。
説得するだけ無駄だった。
「お前たち……」
パパは途端に退身したあたしたちに違和感を覚えていた。
「パパ。あたしたちは勇者を助けに行くね」
「勇者様を支えるのはパーティーメンバーの責務ですから」
あたしとレミーユちゃんはパパに微笑みかけて謁見の間を後にした。
最後に見えたパパの顔は酷く物寂しそうだったけど、今更そんな表情になる意味がわからなかった。
だって、アーサーくんのことを一人で戦地に行かせるなんて普通じゃないよ?
彼とどんなやりとりをしたかわからないけど、賭けとか何とか言って行かせるなんて許せない。
あたしが知ってるパパは、もっと人に寄り添える人道的な性格だったはず。それがどうしてあんなに冷たくなれるんだろう。
普通じゃないよ。
「セシリア。国王様はあのような冷たいお方ではなかったはずですよね」
謁見の間から出てすぐに、レミーユちゃんが尋ねてきた。
「うん。あたしもびっくりだよ」
いつものパパは見た目こそ傲慢に見えて高圧的だけど、内面は優しくて民衆を思いやる優しい国王様だった。
でも、今日は違った。妙にアーサーくんのことを突き放すような言動が多かったし、あたしたちと彼のことを遠ざけようとしているようにも見えた。
「……とにかく早く助けに行かないといけませんね」
「うん。放っておけないよ。いくらアーサーくんが強くても、魔族の数の力に押されたら破滅するのは時間の問題だからね。すぐに助けにいかないと」
「彼は一人で抱え込むところがあるので、私たちが手を差し伸べてあげましょう」
完全に意見が合致した。
アーサーくんを助けに行く。
故郷の村や家族の事が心配なのはわかるけど、何も一人で行く事はない。ましてや地の利が悪いとわかっているのだから尚更だ。
あたしたちは無言で首肯して謁見の間を離れる。
すると、どこからともなく執事のメリヌスが現れた。
「お嬢様方、裏口に馬と旅の為のお荷物をご用意しておりますので、是非そちらを使ってください」
「メリヌス、やっぱり気が利くね」
「いえ。ご用意してくださったの他でもない国王様です。わたしは命令に従っただけに過ぎません」
メリヌスは胸に手を当てて恭しく頭を下げている。
口振りからして、どうやら扉の向こうで会話を全部聞いていたみたい。
「……パパが? そんな風には見えなかったけど?」
「国王様はあれでもかなり執拗にアーサー殿を引き止めたのですよ。ですが、アーサー殿が強く懇願されたのです。『今の自分の剣の腕では魔王には遠く及ばないが、故郷の村くらいは救ってやりたい……』と。
悩んだ末に、国王様は彼に馬を貸し、加えて、王宮で最も優れた一振りの剣を託しておりました」
「ほんと?」
「本当です」
「じゃあ、あたしたちにあんな態度を見せたのはどうして?」
「簡単ですよ。国王様があえて冷たく接しておられたのは、たとえアーサー殿が聖剣を抜けずとも、彼こそが本物の勇者だと信じておられたからです。国王様は相当な数の逸材をその目と耳でで見聞してこられたお方です。
アーサー殿を一目見て理解したのでしょう。彼こそが勇者様であると。つまり、アーサー殿を信じていたからこそ、お嬢様方には危険な目に遭ってほしくなかったのですよ」
「……そう」
「とにかく、既に準備は整えられております。裏口から外へ出てください。全ては国王様からの計らいです。どうかお気をつけていってらっしゃいませ。ご無事を祈っております」
メリヌスはそれだけ言い残すと静かな足取りで立ち去ってしまった。
多分、パパはあえてアーサーくんのことを貶めて、彼があたかももう助からないかのように仕向けたんだ。本当にあたしたちが後を追う選択をしてほしくなかったんだと思う。
あたしたちに諦めてもらうのが目的だったんだ。
それほどまでにアーサーくんの力を肌身で感じて信じていたってことなんだね。
でも、あたしたちの意思の固さがそれを優った。
そうなったあたしたちが、こういう風に動く事も見越していたんだ。
素直に言えばいいのに。
不器用なパパの言動を知ったあたしは少し不貞腐れちゃったけど、レミーユちゃんは立ち去るメリヌスに無言で深く頭を下げていた。
相変わらずお堅い良い子なんだから。
でも、パパ、ありがとう。
絶対に生きて帰ってくるよ。
もちろん、アーサーくんを連れてね。
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