第22話 消えたアーサー
翌日の午後。
あたしとレミーユちゃんは寮の建物裏に足を運んだけど、そこにアーサーくんの姿はなかった。
「……おかしいですね。剣に飢えた彼が鍛錬を怠るはずがないのですが」
「どこに行ったんだろうね」
開けた建物の裏には隠れられるような場所はない。
外にはいなそうだった。
「そういえば……昨晩も彼は鍛錬をしていませんでしたね。となると、もしかしたら疲れてお昼寝でもしているのかもしれません。例の件のせいで少し気疲れしていたようにも見えましたから」
「部屋に行ってみよっか。案内して?」
「ええ」
レミーユちゃんはなんて事のない様子だったけど、あたしには嫌な予感がしていた。
すると、案の定、アーサーくんの部屋はもぬけの殻だった。
ベッドや椅子の座面は冷たいから、近々で部屋にいた可能性は低い。
「……おかしいね」
閑散とした小さな部屋の中。
あたしは呟いてレミーユちゃんと視線を交わす。
「お部屋にもいないとなると……アーサーが行く場所……すみません。ちょっとわかりませんね。彼は毎日欠かさず 剣を振っていたので、それ以外の時間は部屋でしか過ごしていないはずですから」
レミーユちゃんにもわからないらしい。
それならあたしはもっとわからない。
二人で並んで考え込む。
すると、レミーユちゃんは部屋を見回して何かに気がついた。
「あ……アーサーの剣がありません」
「剣?」
「いつもは壁にかけられているのですが、それが無いのです。しかも、演習の時にしか装備しない革鎧とローブもありません」
「……ちょっと、おかしいかもね」
あたしとレミーユちゃんは、揃って怪訝な面持ちになった。
剣だけじゃなくて演習の時にしか装備しない革鎧がないということは、どこかへ外出しているのは間違いなさそうだった。
でも……アーサーくんは周囲から注目される存在だったはずだし、そんなことをすればすぐに誰かに気付かれるはず。
もしかしたら、周りの人に聞けば何かわかるかもしれないね。
「ねぇ、ちょっといいかな」
迷わず部屋を出たあたしは、目の前を通りがかった女の子に声をかけた。
「っ! セシリア様!? わ、わたしに何か用ですか!?」
「あ、ごめんね。びっくりさせちゃって。一つ聞きたかったんだけどいい?」
あたしは適当にお詫びをしてからすぐに本題に入る。
「は、はい……何か?」
「黒髪でズボラな格好をした男の子って見なかった? アーサーくんっていう人なんだけど、この部屋を使ってる勇者候補の人」
「あっ、噂の彼ですか?」
女の子はその特徴でピンときたようだった。
「そうそう。知らない?」
「えーっと……今日は見ていませんね。おそらくまだ帰ってきてないのでは?」
「帰ってきてない? それってどういう意味かな?」
あたしは即座に聞き返す。
この女の子は何か知っていそうだった。
「え、あ……昨日の夜、夕食終わりの時間だったと思いますが、血相を変えて部屋から走って出て行ったんです。他の人がそんな真似をしてたらおかしいなぁって思うんですが、彼は一人で過ごすことが多い風変わりな人だったので話しかけたりはしませんでした……もしかして、彼に何かあったのですか?」
あたしが高圧的に詰めてしまったもんだから、女の子はびくびくしながら答えてくれた。
ごめんね。今は朗らかな雰囲気ばかりではいられないんだ。
「ううん。なんでもないよ。じゃあ、アーサーくんは部屋を飛び出して行ったっきり帰ってきてないんだね?」
「お、おそらく」
「わかったよ。ありがとっ! レミーユちゃん、行くよ!」
それだけわかればいい。
あたしは女の子に感謝を伝えると、すぐさま後ろにいたレミーユちゃんに声をかけ返事を聞く前に走り出した。
「ちょっと! セシリア!?」
レミーユちゃんは焦りながらも追走してくるけど、今は止まっている暇はなかった。
アーサーくんがどこに行ったのかはわからなかったけど、とにかくアカデミーを抜け出して街へと飛び出したのは本当みたい。
街といってもかなり広いし、アーサーくんを探すのは困難を極める。
彼の行きそうな場所に当たりをつけて探すしかない。
でも、あたしは彼との付き合いが短いし、レミーユちゃんも彼のプライベートは全く知らなさそうだった。
「……まさか」
あたしはふと閃いた。
「何かわかったのですか?」
追いついたレミーユちゃんが聞いてくる。
「王宮に行ったのかも! アーサーくんは心変わりしたんだよ!」
「まさか」
レミーユちゃんは信じられないといった様子だったけど、可能性としてはそれが一番高かった。
「それ以外にアカデミーを抜け出す理由がある? アーサーくんって剣も錆まみれで鎧も普段着もボロボロなのにずっと使い続けるような人だよ? そんな人が急に街に行って買い物なんてしないでしょ? しかも、日課の鍛錬を休んでまで行くと思う?」
アーサーくんの様相を思い出す。頻繁に買い物をする性格ではないと思うし、むしろ剣にしか興味がないタイプだと思う。
だからこそ、街へ飛び出す理由は限られる。
「確かに……でも、急に王宮に行くなんておかしくありませんか?」
「あたしが色々と話したから、それで王宮に向かったのかも。理由はわからないけど……だから行って確かめようよ。まだいるかもしれないしね! 急ぐよー!」
あたしはレミーユちゃんの手を引いて再び走り出す。
王宮は王国の中心部にあってアカデミーからは少し離れている。
走って数十分くらいだ。
それから、あたしたちは王宮に到着していた。
「さ、行こ」
あたしは少し息を整える間も無く王宮を見据える。
「堂々と入れるのはさすが王女様ですね」
「まあねぇー。門番さん、黒髪の男の子ってここに来た? 青白い顔ですっごく普通の容姿の」
顔馴染みの門番さんにあたしは尋ねる。
「はっ! 黒髪のお客人でしたら、昨夜、お一人で参られました!」
「何か言ってなかった?」
「国王様に会いたいとおっしゃられていたので最初は追い返したのですが、かなりしつこいものですから武力行使に出ようした矢先、タイミング良く国王様が夜会からお戻りになられたので訳を話したところ、国王様がそのままお客人を連れていかれました! 何やらお知り合いではなさそうでしたが……」
パパが連れていった? ということは、アーサーくんは直接パパと接触して何かをしようとしているってことだね。
あたしの予想は当たっているかも。
「彼はもうここにはいない?」
「すみませんが、そこまでは……ただ、国王様なら謁見の間にいらっしゃいますよ」
「そ、ありがと」
あたしは門番さんに軽く会釈をしてから王宮に入った。
アーサーくんがここにいないのはわかったから、とりあえずパパに訳を聞くために謁見の間へ向かうことにする。
「セシリア、アーサーはどちらへ?」
「わからないけど、パパなら知ってると思う」
階段を上りながら会話を交わす。
アーサーくんの心境の変化はよくわからないけど、王宮に足を運んだということはそういうことだと思う。
それはあたしにとっても、国にとっても、誰にとっても凄く良いことなのは間違いなかった。
でも、あたしたちが勇者パーティーに誘っているってのに、一人で何でもしようとするその精神は少し気に入らない。
「アーサーってやっぱり不思議ですね。色々と想像がつかないというか、ミステリアスな一面もあるので彼がどんな人物なのか全然掴みきれません」
「だね。あたしもまだ全然わからないかなー。パーティーを組めば色々と聞いてみたいね!」
あたしはもちろんのこと、意外なことにレミーユちゃんもアーサーくんのことを何も知らなかった。
彼が一人で剣を振る理由も、特殊能力をひた隠しにして誰にも明かさない理由も、今こうして心変わりをした理由も……何一つとして知らなかった。
でも、心変わりした彼が、もしも勇者として戦うことを決意して勇者パーティーを組むことがあるのならば、あたしたちは全力でサポートしてあげたい。
付き合いは短いけど……なぜか強い心の繋がりのようなものを感じていたから。
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