第21話 見えない答え

 その日の夜。あたしは彼のことをよく知るハイエルフの元を訪ねていた。


「ねぇ、レミーユちゃん」


「夕方のゆったりした時間だというのに、わざわざ私の部屋まで来て何の用ですか? セシリア様」


「様はいらないって、ね?」


「はいはい。セシリア」


 レミーユちゃんは呆れた面持ちで答える。

 真面目な性格だから、あたしと話すのは少し疲れるみたい。


「うんうん。それで……アーサーくんの事なんだけど」


「アーサーですか? 随分と執着していますね。聞きましたよ。本日の剣技演習でおかしなことをしたのでしょう?」


 睨みつけられちゃった。

 賢者コースのレミーユちゃんの耳にも届いてるってことは、かなり話題になっちゃったみたい。


「まあねー。でも、そのおかげでアーサーくんの強さがわかったし、彼が勇者なんだって確信を持てたよ」


「……貴女もそう思いましたか?」


「うん。アーサーくんは勇者だと思うよ」


 レミーユちゃんも同じ考えらしい。

 やっぱり、アーサーくんは勇者だよね。


「彼には勇者になり得る資質があると思います。ただ貴族ではないので選定される可能性は限りなくゼロに近いですがね」


「あっ、それなら安心して。パパには話を通してあるし、そんな悠長な勇者の選び方なんてしてられないでしょ? あたしはずっと思ってたけど、みんな変な慣習に従いすぎなんだよ。パパがアーサーくんを見たら、すぐにわかってくれるはずだしね」


 勇者の選び方は無駄が多すぎる。

 アカデミーで文武を学ぶ事が大切なのはわかるけど、何年もかけてのんびり勇者とその仲間を育てる猶予は残されていない。

 差別まみれのアカデミーが独自に選定するっていうのも納得がいかないしね。


「はい? 国王様に話を通されたのですか? つまり、もしもアーサーが首を縦に振れば、新たな勇者様が誕生する可能性があるということですか?」


「そうだよー。アーサーくんが聖剣を抜けたら、本物の勇者が百年ぶりに現れたってことになるんだ!」


 レミーユちゃんは驚愕しているようだけど、本物の勇者であろうアーサーくんをミスミス逃すわけにはいかなかった。


 くだらない慣習に従うなら勇者の誕生は中々面倒な道を進まないといけないけれど、国王であるパパが暗躍すればどうにでもなると思う。

 そもそも、百年も勇者が現れてないんだし、そんな悠長にしていられるほど人類には余裕がないからね。 


 アーサーくんが聖剣を持てばそれこそ百人力だと思う。


「……勇者パーティーについては何かおっしゃられてましたか?」


「一人で魔王を討伐することに固執しているみたいだったよ。勇者パーティーの話をしたらやんわり断られちゃったし、聖剣の力に頼るつもりもなさそうだったね。

 なんでだろう? あたしたちの祖先に賢者と僧侶がいることを話したら驚いてはいたけど……それくらいかな」


「そうですか」


 レミーユちゃんは特に驚くわけでもなかった。

 きっと自分も断られたからに違いない。

 あたしだけじゃなくてレミーユちゃんのお誘いも断るだなんて、やっぱり深い理由があるのは確かだね。


「勇者がアーサーくん、賢者がレミーユちゃん、僧侶があたし……って話をしたんだけど、国王であるパパの頼みでもパーティーは組まないって言われて断られちゃった。何であんなに意固地になるんだろうね。何か理由があるのかなー?」


「貴女も察しているかと思いますが、おそらく彼が持つ特殊能力が関係しているのだと思いますよ」


「だよねー。でも、詳しくは何も教えてくれなかったよ。レミーユちゃんも何も知らないんだもんね?」


「ええ」


 レミーユちゃんも知らないし、あたしが聞いても教えてくれないとなれば、もう打つ手はない。


 仲を深めて教えてくれるような感じでもなかったし……。


 でも、アーサーくんは、特殊能力が無くても魔王討伐を成し遂げられるように剣の腕を磨いているって話をしていた。

 そんな彼が聖剣を手にすれば、魔王なんて簡単に倒せそうな気がする。


 聖剣の力は本物だよ。あたしはこの目で見た事がある。光を放つ輝かしい一振りを。


「アーサーくんは聖剣を抜けるのかなー?」


 おもむろに聞いてみた。


「さあ、どうでしょうか。そもそも本人は興味がなさそうでしたが……」


「不思議だよね。持つだけで強くなれるんだよ? アーサーくんの剣技が合わされば怖いもの無しじゃないの?」


 大地を割り、空を裂き、あらゆるモンスターを両断する。それが聖剣だ。勇者しか扱えないそれは恐ろしいほど強いという言い伝えがある。


 聖剣の力を使えば魔王討伐は現実味を帯びてくる。


「モルド様によれば、百年前の勇者様は聖剣を万全に扱えなかったそうですよ。もしかすると、アーサーはそれを恐れているのかもしれません」


「どういうこと?」


「魔王を前に慢心すると容易に死に至るということです。勝手がわからない武器よりも、慣れ親しんだ武器の方が何倍も扱いやすいですから」


「あー、確かにそれはありそうだね。アーサーくんの剣ってピカピカだったし、斬れ味も相当なものだろうしね」


 レミーユちゃんの推測は当たっていそうだった。

 あたしだって本気を出す時は使い慣れた短杖を使って魔法を発動させるから、きっといつもと違う杖を手にしたら違和感を抱くと思う。


「ええ。アーサーは、毎日、三時間程度しか眠らず、死に物狂いで剣を振り、誰に何を言われようと強い使命感の基に努力を積んでいます。今の剣を大切にするのは当たり前ですね。

 それほどの努力を積んでいる彼ならざ、今の自分が魔王に敵う実力なのかどうかくらいわかっているかと思いますよ」


「……そんな暮らしを毎日続けているんだね。はぁ……じゃあ、結局はアーサーくんの判断次第なのかな。パパが命令してもあっさり断っちゃいそうだしね」


「彼を突き動かすような強いきっかけでもない限り難しいでしょうね」


 ゴールが見つからないまま会話は途切れた。


 レミーユちゃんの知恵を借りてみても、アーサーくんのことを説得するのは難しそうだった。


 いっそのこと外堀を埋めてみる?

 戦士になれそうな人をどっかから引っ張ってきて、勇者パーティーはもう完成間近な状態にしちゃって……まあ、それはダメだね。

 アーサーくんの意思を無視してやるのはさすがに違うよね。


 どうしよ。


 困ったな。


「そういえば……」


「なになに?」


 おもむろに口を開いたレミーユちゃんに聞き返す。

 顎に手を当て考え込むような顔つきだった。

 アーサーくんに関連した話かな?


「数日前に最前線が魔族に突破されたようですよ。これまで長期にわたって侵略を食い止めていた防衛線がついに破られたそうです。何かご存知ですか?」


「うーん……」


 全然アーサーくんとは関係のない話だったけど、かなり深刻を極める話だった。

 パパやメリヌスからはそんな話は聞いていない。


「現在、魔族たちはクロノワール山脈に停滞しているようです」


「クロノワール山脈って、アルス王国から馬車で一ヶ月くらいかかる場所だよね? どうしてそんな場所に留まってるのさ? あの辺りには人里なんてなかったような気がするけど……」


「地図には載っていませんが、実は山の麓に小さな村があるとか。なぜそこに魔族たちが留まっているのかというと、村の救援に来た騎士団などを上から襲うためだと言われてます。中々に卑怯な戦法ですが、村の壊滅を易々見過ごすこともできず戦況は均衡しているわけですね」


「んー……残酷なことを言うようで悪いけど、小さな村なら戦略的に見捨てるってことはできなかったのかな?」


「どうやらクロノワール山脈には無数の資源が手付かずのまま眠っているらしく、それを取られるわけにはいかないのだとか」


「じゃあ、そこを守れるかどうかで今後が左右されるんだねー」


 単なる小さな村だけなら見捨ててしまった方が戦略的なメリットがありそうだったけど、山に資源が眠っているなら取られるわけにはいかない。

 鉱石なら武器や防具の素材になるだろうし、山なら鉱石以外にも自然の食材がたくさんありそうだしね。

 何よりも標高が高い山脈を取られちゃえば、確実にそこを拠点にされて周辺地域が占領されてしまう。


「まだ離れているとはいえ、そう遠くない未来に王都にも攻撃がくるかと思われるので、私たちも気を抜いてはいられません」


「やっぱりうかうかしていられないね……あっ、そういえばさ」


「何か?」


「アーサーくんの故郷って無事なのかな? 彼って田舎の村から追放されてアルス王国に来たんでしょ?」


 ふと思った。

 辺境の田舎の村であれば、あっという間に侵略されてしまいそうだ。


「ええ。生まれながらに厳しい環境だったみたいです。五歳の時に村から見放され、奇跡的に王都へ辿り着いたと彼は話してくれました。そんな中、家族だけは守ってくれたみたいで、彼はそんな大切な家族と会いたそうにしていましたね」


 レミーユちゃんは悲しげな面持ちだった。

 端的にしかわからないけど、きっとアーサーくんはあたしの想像もつかないような相当辛い過去を持っている。


 勇者パーティーを編成したら旅は長くなるだろうし、いつか本人の口から聞いてみたい。


「とにかく、私たちは早急に彼と接触を図らないといけないわけですが、生憎今晩はもう遅いですし、明日は授業が詰め込まれていて放課後まで時間を作れそうにありません」


 レミーユちゃんは一つ手を叩いて空気を改める。


「じゃあ、明日の午後になったらアーサーくんのところに突撃しよっか。パパからは一週間の猶予をもらっているから、そんなに急がなくても大丈夫だしね」


「はい。午後になると、彼は決まって寮の建物裏で剣を振っているので、その時にでも突撃しましょう」


「うん!」


 明日の予定が決まった。


 魔王の軍勢の侵略が進んでいる以上、悠長にはしていられない。アーサーくんには事情を伝えて、何とか説得を試みてみる。


 彼は優しいところがあると思うから、人情を揺さぶれたら首を縦に振ってくれるかもしれない。


 本当は今晩が良かったけど、あたしも慣れない環境のせいで疲れているから少し休みたかったし、明日はアカデミーの偉い人とお茶会があるからどのみち放課後までは時間を取れそうになかった。


 とにかく、明日はアーサーくんのところに突撃しにいこうかな。


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