第20話 決意を固めて滅びること

「……それで?」


「あたしがアカデミーの見学をしている理由だよね。知りたい?」


「そりゃあな」


「わかったよ。でも、その前に一つ聞かせて」


「何だ」


「きみはどうしてアカデミーに入学したの? その実力があれば学ぶことなんてないはずでしょ?」


 アーサーくんの剣技を見たら気になるのは当たり前だった。レミーユちゃんはお家柄の関係で在籍しているみたいだけど、本音を言えば今すぐにでもアカデミーから抜け出したいと思う。でも、アーサーくんがここに留まる理由がわからない。

 使命感が強いなら、今すぐにでも魔王討伐に行くべきだと思う。


「実力面は別として、世間の一般常識や必要な知識は学ばないといけないし、ここは安全が担保されているからな。罵詈雑言を浴びせられ、なりふり構わない暴力を喰らうこともあるが死ぬことはない。

 それに……俺には帰る場所がない」


「故郷の村はどこにあるの? 戻れないの?」


「辺境の山脈地帯の麓にある小さな村だ。できることなら村に戻って父さんと母さんに会いたいが、村近辺は今や魔族の群生地帯だ。使命感の強い俺がそんな場所に行ったらどうなるかはわかるだろ?」


 アーサーくんは不敵に笑っていた。半ば何かを諦めかけたかのような笑みだった。


「……自然と魔王討伐を目指しちゃう?」


「そうだ」


「ダメなの?」


「時期尚早だ。俺はまだ弱い。勇者として魔王を討伐するには足りないことだらけだ。惨殺されるのは目に見えている」


 あたしから見てみれば、アーサーくんは十分に強いと思う。

 だからこそ、勇者として戦ってほしい。

 

「……昨日、パパと勇者についての話をしたんだ」


 あたしは本題を切り出す。


「パパ……国王と?」


「そう。約百年も勇者が現れてない状況なのに魔王の侵略は進み続けていて、人類の存続は危ぶまれているでしょ?」


 これは周知の事実。

 侵略を止めるには親玉である魔王を倒すしかない。でも、人類は勇者という救世主が現れないからそれができていない。


「ああ」

 

「だから、勇者の選定は何よりも急がないといけないよね。でも、あたしが見た限りだと、勇者になって魔王を討伐したいと思う人なんてアカデミーにはいなかった。

 しかも、アカデミーの育成は慎重すぎるし遅すぎるよね。まともにモンスターと対峙する機会が少ないから演習は見ての通りだったし……くだらない身分差別まで蔓延ってるでしょ? 正直、きみを除いて勇者コースと戦士コースの人たちはみんな失格だね」


 賢者コースはレミーユちゃんだけじゃなくて他に優れた人もいたけど、レミーユちゃんが飛び抜けすぎていて話にならなかった。

 僧侶コースも同じ。応急で働けそうなくらいの良い感じの人は見つけたけど、あたしと比べると劣るレベル。

 

「あたしは知りたかったんだ。たった一人でイレギュラーモンスターを討伐したのに、耳を塞ぎたくなるような酷い噂を流布されている人がどんな人なのか。そして、その人はどれほどまでに強い力を持っているのか……。それを確かめる為にさっきは少し頑張ってもらっちゃったけど、おかげではっきりしたよ。アーサーくん、きみは強いね」


 あたしはアーサーくんの前に立ち塞がった。

 頭ひとつ分背の高い彼を下から見上げる。

 期待しているんだよ。きみは勇者なんだからね。 


「過信しすぎだ」


 アーサーくんは顔を背けたく。

 あたしが寄せる期待なんて信じていないのか、それとも自己評価が低いのか……。


 でも、いくら否定しようともあたしの考えに変わりはない。


「ううん。きみは強いんだよ。誰よりもね。きっと、その剣は魔王にも届きうる」


「俺の剣では、魔王には到底届かない。俺には分かる。魔王はそんなに甘くない」


 アーサーくんは間を置かずに首を横に振った。


「どうしてそんなことわかるの?」


「勇者候補だからこそ、魔王の力がどれほどまでに強大なのか、それはわかっているつもりだ」


 あたしには全くわからない感覚だったけど、何も剣だけで戦う必要はないと思う。


「剣がダメなら勇者の特殊能力を使えばいいし、賢者の攻撃魔法と僧侶の回復魔法と補助魔法、戦士の防御力、精神力があれば、ピンチが起きても何とかなるかもしれないよ? 一人よりも四人いた方が強いからね!」


「俺の特殊能力は万能じゃない。使うには相応の覚悟がいるんだ。俺は最後の最後に……なす術がない時、覚悟を決めなければならないんだよ」


 恬淡とした言い方に聞こえたけど。揺らいだ瞳と憂いを帯びた儚気な顔は、アーサーくんの内心を物語っているように見えた。

 でも、覚悟という言葉の意味がわからない。


「……覚悟ってなんなの?」


「決意を固めて滅びることだ。俺の剣は魔王には届かないが、魔王を必ず殺す術は持っている」


「え? それってどういう——」

「——とにかく、俺は誰ともパーティーを組むつもりはない。無論、国王の頼みでもな」


 あたしの追求も虚しく、アーサーくんは言葉を畳み掛けていた。

 もう聞いてほしくなさそうにしているし、今日のところは諦める。


「ふふ……いつか誘い出してみせるから!」


「はぁ? 俺の話を聞いてたか?」


「うん。レミーユちゃんも言ってたけど、やっぱり勇者はきみしかいない。パパも一目見たら信じてくれるはずだよ。アーサーくんこそ、夢にまで見た本物の勇者なんだってね! 聖剣を抜いて魔王討伐に行くのはきみなんだよ!」


 あたしはアーサーくんの瞳を捉えて離さず、じっと見つめた。

 

 聖剣を抜ければ力を手にして魔王討伐に一歩近づくのは自明だよ。

 きみの剣技と隠している特殊能力、そして聖剣があれば魔王討伐は必ず成し遂げられるはずなんだ。


「どうして、そこまで俺を勇者だと信じられるんだ?」


「よくわからないけど、びびっときたんだよ。もちろん、剣技とか体つきとか……色々判断材料はあるんだけどね。でも、やっぱり一番は直感かなー?」


「……直感か。ヴェルシュと同じことを言うんだな」


「うん。レミーユちゃんは賢者モルドの遠縁だし、あたしだって百年前の勇者パーティーで僧侶だった人が祖先にいるよ。だから、直感は正しいと思うんだ!」


「……それは初耳だな」


 アーサーくんはここにきて初めて驚いた様子を見せてくれた。

 少しは信じてくれたかな。あたしの直感には意味があるんだよ。普段なら信じないことだって、裏付けできる理由があるからこそ、こうして信じることができている。


「あれ、レミーユちゃんから聞いてないの?」


「あまりそういう話はしてないからな」


「そっ……とにかく、あたしもレミーユちゃんも生半可な気持ちで言ってるわけじゃないってことはわかってね? 聖剣を持った勇者に怖いものなんてないよ!」


「……あまり聖剣には期待するな」


 立ち去ろうとするアーサーくんは、あたしの耳元で囁く。


「どういうこと?」


「聖剣は皆が思うような優れたもんじゃないと思うぞ」


「え?」


 聖剣が優れていない……? 何をおかしなことを言っているのかな。聖剣こそが勇者に最も必要なものだよ。


「それじゃあな」


「……どこ行くの?」


「部屋に戻る」


「わかったよ。また明日、きみのことを見に行くから! 絶対諦めないからねー! 必ず王宮に連れていくからねー! パパだってきみのことを認めてくれるはずなんだからっ!」


 少しずつ遠くなるアーサーくんに向かって声高らかに宣言する。

 絶対にアーサーくんが勇者だよ。

 王宮に連れていってパパに紹介して、古の祠に眠る聖剣を抜いてもらう。

 そうすれば答えがわかる。

 アーサーくんも自分が勇者であることを自覚してくれると思う。


 

「……少し危ない感じがするかも」


 ひと気のない建物裏で一人、あたしは思考を巡らせた。


 アーサーくんを見ていると危機感を覚える。

 彼は勇者候補としての心の葛藤を打ち明けてくれたけど、それを根本的に解決する方法は限られてしまう。

 魔王を討伐するか、いっそ命を絶ってしまうか……あまりにも現実的とは思えない二択だった。

 強いて言えば、魔王討伐は叶えられそうな方法だけど、彼は自分が魔王に及ばないと断言していた。きっと本当にそうなんだと思う。


「あたしはどうしてあげたらいいんだろう」


 アーサーくんのことを使命感から解放してあげたい気持ちはある。魔王だって討伐したい。世界を救いたい。

 そのためにはアーサーくんの力が必要だ。

 でも、知らないことが多すぎる。


 アーサーくんが特殊能力を隠す理由がわからない。

 アーサーくんが一人で魔王討伐へ向かいたがる理由がわからない。

 アーサーくんがどうして聖剣の力を信じていなさそうだったのかがわからない。


 あんなに勇者候補としての強い自覚と使命感を持っていて、それでいて高い実力を兼ね備えている。それは確かだけど、彼の深層心理が何一つとしてわからない。

 あたしだけじゃなくて、きっとレミーユちゃんも同じ。


 はっきりしているのは、アーサーくんが本物の勇者だってことくらい。


「やっぱり、パーティーを組んで、アーサーくんのことをもっと深く知るべきだと思う」


 質問を重ねたって心の距離が遠いと教えてくれないことの方が多いしね。


 一週間の猶予があるし、明日からはアーサーくんにべったりくっついて、レミーユちゃんとも協力しながら頑張っちゃおうかな。


 勇者はきみしかいないんだよ、アーサーくん。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る