第19話 アカデミーの実情
そして、剣技演習が始まる。
内容は至ってシンプルだった。
適当に選ばれた数名が木剣を持ってステージに上がり、ひたすらに斬り合うだけ。
勝敗の基準は特に定められていないみたいだけど、殺傷攻撃は禁止って言い渡されていた。
「アーサーくんはいつ呼ばれるのかなぁ……」
「——最初は、勇者コースのアーサーとレイモンド兄弟。フィールドへ上がれ」
楽しみに待つあたしの思いが通じたのか、アーサーくんはまさかの一番手だった。
彼は木剣を手にステージに上がる。
フィールド上には既に彼以外の二人の姿があった。
二人とも銀髪で顔と服装がそっくりで……あーっ! 昨日の悪い二人組だ!
商人のレイモンド家の子息だったんだ。思い出した。
「アーサー。お前いつの間にか第二王女のセシリア様と関わりを持っていたのか。ハイエルフのヴェルシュさんもそうだが、おかしいだろ! しかも何で無傷なんだ!」
「そうだぞ! 僧侶コースの誰かに治させたのか! 昨日はあんなに可愛がってやったのに!」
あたしが心の中で驚嘆するのとほぼ同時に、二人は揃って威勢良く吠えた。
アーサーくんは素知らぬ顔で何も言葉を返さない。
良い機会だと思うし、演習の舞台でしっかりと昨日の因縁を晴らせばいい。
アーサーくんだって、こういう場なら遠慮なく攻撃できるだろうしね。
あたしは期待を胸にアーサーくんの戦いを見届けることにした。
「……始め!」
スタートの合図を切られた。
「うりゃ!」
「せいっ!」
レイモンド兄弟は二人同時にアーサーくんに斬りかかる。
足元もおぼつかない感じで、太刀筋も遅い。剣に精通していないあたしでといなせるくらいだと思う。
案の定、アーサーくんは軽く攻撃を受け止めていた。木剣を振るって上手に力を流している。
相手のスピードに合わせて何の気なしにやっているけど、動きが洗練されていて無駄がない。
さすがだね。
でも、反撃はしないのかな?
隙だらけだし、アーサーくんの速い太刀筋があれば、いくらでもチャンスはあったと思うけど……。
というか、この演習は二対一なの?
三人でフィールドに上がったんだから、一対一対一って認識だったけど違うのかな。
誰も口出ししないし、なぜかニヤニヤ笑いながら見ているし、一つも真剣さを感じさせない。
「……つまんない」
アーサーくんだって、わざと力を抑えておるのか拮抗を演じているように見える。
上手く鍔迫り合いを演じているみたいだけど、あたしにはわかる。
もしかして、アーサーくんの身分が貴族じゃないからって仕組まれていたりするのかな。
だとしたら何の意味もないね。アーサー君には本気を出してもらわないといけないんだから。
「——ストーーーーップ!!」
あたしは木剣をぶつけ合う三人の間に割り込んでいった。眼前で木剣が止まり、周囲が騒がしくなる。
今のあたしは駄々をこねる子供のように見えるかもしれないけど、色々と確かめないと気が済まない。
「もう、呆れた! ねぇーぇ、きみはアカデミーの講師なんだよね?」
「は、はい! そうでありますが!」
あたしは講師の男の人に詰め寄った。
静観しているみたいだったけど、何か隠している顔だね。
「なんでこんなつまらない打ち合いをさせてるの? アーサーくんが見るからに手を抜いているのがわからないの? それともわざと? 彼が貴族じゃないからってこんな真似をしているの? ねぇ、答えて?」
「っ……そ、そんなつもりでは……」
後退って目を泳がせるばかりで答えようとしない。図星なのかな。呆れた。まさか生徒たちだけじゃなくて、講師も身分の差に壁を作ってるの?
「なに? 誰も答えられない?」
周りを見回してみても、誰一人として反論しようとしない。
唯一、レイモンド兄弟だけが手のひらを擦り合わせながら近寄ってきてるけど。
「し、失礼ですが、セシリア様! 我々は今、この不届者に剣で制裁を加えようとしていた最中なのです! 先ほどは何やら付き纏われていたようでしたし、ここはレイモンド兄弟にお任せくださいませんか!」
「んー、きみたち二人は屋外で無断で特殊能力を使ってたから信用できないかなー」
「う、うぐっ……な、なんのことやら……」
レイモンド兄弟の片割れはあたしが微笑みかけるだけで、それ以上は何も言わなかった。
あたしにルールとかはよくわからないけど、外で許可なしに特殊能力を使うのはかなりマズイ行いらしいね。
まあ、どうでもいいけど。
誰も答えられないみたいだし、アーサーくんには悪いけど頑張ってもらっちゃおうかな。
「じゃあ、これからあたしの言う通りにして! 今から全員がアーサーくんと戦って! ルールは特にないから、とにかく本気でやってね! アーサーくんに勝った人は、あたしがパパに優秀な人材として推薦してあげるからね! 約束は守るよ!」
あたしは手を叩いて仕切り直した。
この際、ここにいる人たちの善悪はどうでもいい。
知りたいのはアーサーくんの実力だけだからね。
国王であるパパに優秀な人材として推薦するという特大級のサプライズも用意したから、本気でアーサーくんに立ち向かってみてほしいな。
「……セシリア、どういうことだ」
アーサーくんはこそこそと尋ねてきた。
不服そうだね。
「ごめんごめん。でも、まさかこんな演習だとは思わなかったからさ。イレギュラーモンスターを倒したっていう、きみの実力を見させてもらうためにこうするしかなかったんだよ。軽く全員やっつけちゃってよ。手は抜かないでね?」
「はぁぁぁぁ……勝手なことをしてくれたな」
周囲を巻き込んだ以上、既に取り返しのつかない状況になっている。
みんなが殺気立った目でアーサーくんのことを睨みつけていて、さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは大違いだ。
「じゃあ、合図は出さないから準備ができた人から勝手に始めちゃって?」
あたしはフィールドから降りてまた壁際に戻った。今度こそその力を見させてもらうよ。
「仕方ないか」
アーサーくんは木剣を握り直して感触を確かめると、眼前に立つレイモンド兄弟と向かい合っていた。
その表情は真剣そのものだって。
「お前たちは二人同時でいいぞ」
「っ!」
「なめんな!」
さっきとは違い、レイモンド兄弟も全力を出して駆け出してきた。
でも、アーサーくんにとっては遅すぎたみたい。
彼は二人の一撃を即座に回避し懐に潜り込むと、勢いのままに鳩尾目掛けて峰打ちを放った。
その間、僅か一秒足らず。
速すぎる。あたしは目で追うのが精一杯だった。
これまでに見たどの人物よりも速い。
「おー、やるねぇ! 次! 早く早く!」
興奮したあたしは手を叩いて喜んだ。
泡を吹いて倒れ伏すレイモンド兄弟はもう戦闘不能だし、早く次の相手と戦ってほしい。
それからは早かった。
フィールドに上がってきた相手を五秒以内でノックアウトしていく単純な作業が続いた。
アーサーくんの剣技は多種多様で、あらゆる方向からの攻撃を臨機応変に捌いていた。一度として体に触れさせることなく、まるで息をするかのように剣戟を浴びせていた。
もう、本当に桁違いの強さだった。
相手が弱いのもあるけど、それにしても相手にならなさすぎた。
「うんうん! アーサーくん、やっぱりきみは強いよね。その無駄のない動きとブレない体幹の軸、そして卓越した剣の技……どれをとっても、あたしが見てきた中でナンバーワンだよ」
今のあたしはそれはもう楽しげな表情だと思う。
こんなに満足な心になったのは久しぶりだよ。
「……そりゃどうも。それで、わざわざこんなことをさせた理由は何だ? まさかこんなことで俺の悪評を無に還そうって思ってるのか?」
アーサーくんは木剣を床に置くと、瞳を細めて睨みつけてくる。かなり疑われてるみたい。強引にやっちゃったし仕方ないか。きちんと訳を伝えないとね。
「それもあるけど本題は別だよ。外で話そっか。アーサーくんのこと借りるね」
「は、はい! ど、どうぞ……」
取り残されていた講師の男の人はあたふたしていた。自分が何をすればいいのかもわかっていないのかもね。
「じゃ、いこっか」
演習場の裏口を抜けたあたしは、アーサーくんを連れて建物の影に入る。
裏手側にはひと気がないからゆっくり話せそうだ。
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