第18話 悲しそうな顔

 次の日。

 パパに宣言した通り、あたしはメリヌスを連れてアカデミーに来訪していた。

 今日から一週間、ここでアカデミーの見学をするわけだけど、目的はアーサーくんただ一人だった。


 あたしは喧騒に包まれる人混みを抜けて、すぐに剣技演習をやっている演習場へ向かう。

 メリヌスよると、今日は勇者コースと戦士コースの合同演出が行われているらしい。

 

 そこでアーサーくんの実力をしっかり見ないとだね。


「メリヌスは向こうで待ってていいよ。あたし一人で行くから」


「御意」


 あたしはメリヌスを残して演習場へ立ち入った。

 昨日も見学した場所だけど、アーサーくんがいるから特別だ。


「えーっと、アーサーくんはっと……あっ、いたいた! アーサーくん!」


 あたしは入って早々に、演習場の隅に佇むアーサーくんの名前を呼ぶ。

 彼はぴくりと肩を跳ねさせると、こちらを一瞥して目を剥いていた。


「アーサーくん、昨日ぶり!」


「……どうしてこんなところにいるんだ」


 背中を叩いて微笑むあたしに対して、アーサーくんは小声で返してきた。

 肌身で感じるほど周囲からの視線は冷たいし、きっとアーサーくんは普段からあまり好ましい目で見られていないんだ。


 そんなの、あたしが許さないけどね。


「今日から一週間、アカデミーの演習を見学させてもらうことになったんだ。昨日ばいばいした時に言ったでしょ? また今度ねって」


「はぁぁぁ……そういうことなら、大人しくヴェルシュの元に行ったらどうだ?」


 肺の底から吐いたような溜め息だった。

 呆れ返っているのがわかる。


「あたしはアーサーくんを見に来たの!」


 あたしは我ながら華麗なウインクを魅せたけど、アーサーくんはしらけた目つきで睨んでくるだけだった。

 王族に靡かないなんて本当に変わってると思う。

 普通なら、みんな目の色を変えて擦り寄ってくるのにね。


「……俺なんか見ても何もないと思うけどな」


「アーサーくんのことはあたしがこの目で見て判断するから大丈夫だよ。それより、顔色が悪いのが気になるけど……それは元々かな?」


 昨日は暗かったからわからなかったけど、明らかに血色が悪い。

 色白とは違う。

 血の気がない不健康な感じかな。


「寝不足だ」


「えー、ちゃんと夜は眠らないとダメだよ?」


「眠れないから仕方ない」


「どうして? 夜更かししてるの?」


「違う。俺だって好きで起きているわけじゃない」


 アーサーくんは瞳を伏せていた。


「んー、どういう意味?」


 考えるまでもなくわからなかった。


「……毎晩、魔王と対峙する夢を見る。そのせいで数刻おきに目が覚める。使命感が強すぎるせいで、いつ何時でも、魔王討伐のことが頭から離れないんだ」


「眠りたくても眠れないってこと?」


「ああ。俺の剣は魔王に及ばない。だから、体は力を欲する。自然と力を求め、呪いのように心身を貪っていく。剣を振り続けることでしか己の真価を見出せないのは、俺が一番よくわかっているから……魔王に挑むのも、戦うのも、死ぬのも……全てが怖いはずなのに、増大する強い使命感に抗うことができないんだ」


 アーサーくんは怒るでも呆れるでもなく、どこか達観した様子だったけど、強く握りしめられた拳は小刻みに震えていた。


 少し……悲しそうな顔をしている。

 

「……レミーユちゃんも心配していたけど、あんまり無理したらダメだよ? 冒険中に体を壊したら大変だからね?」


 あたしは彼の両手を自分の両手で包み込んだ。

 岩みたいにゴツゴツしていて、氷のように冷たい。


「気をつけるよ」


「うんうん。何かあったらあたしに言ってね?」


「……あ、あの、セシリア様……」


 アーサーくんとの話が一区切りついたところで、講師の男の人が声をかけてきた。

 周りの人たちもチラチラ様子を確認してきているし、多分そろそろ演習を始めたいんだと思う。


「ごめんね。邪魔しちゃった。あたしは壁際で見てるからいつも通り進めて?」


「か、かしこまりました!」


 へりくだる講師の男の人を横目に、あたしは壁に背を預けてしゃがみ込んだ。

 みんな気合が入っている。昨日来た時もテンションは高そうだったけど、今日はそれ以上だね。

 あたしが見てるからかな? 自意識過剰かもしれないけど、これでも王族の一人だし……お近づいになりたいと思ってる貴族家の人もいるんだろうなぁ。


 まあ、アーサーくん以外に興味ないけど。

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