第16話 喜悦と覚悟

「つかれたー」

 

 夜もすっかり更けた頃。

 あたしはセイクリッド・アカデミーから王宮に帰ってきた。


 アカデミーの実態は目を瞑りたくなるくらい悲惨だったけど、昔馴染みのレミーユちゃんと話すこともできたし、何よりも噂の彼に会うこともできた。


 でも、なぜかお付きの執事メリヌスは呆れ顔だった。


「セシリアお嬢様」


「なーにー」


 帰ってきたばかりのあたしは楽しい気分で階段を上る。


「お楽しみのところ恐縮ですが、一度国王様の下へ足をお運びください。本日は無断で外出しておられますので、ご一報入れておくべきかと」


 無断で外出したのは悪いと思うけど、どうせメリヌスがこっそり耳打ちしてるだろうし、パパに会っても話す内容は決まりきっているから行きたくない。


「パパはあたしに何か話でもあるの?」


「さあ?」


 メリヌスはしらばっくれているけど、パパと仲良しだから訳を知ってると思う。

 どうせ、勇者パーティーを目指すのはやめろとか何とか言うのは目に見えていた。

 将来はお兄ちゃんがパパの後を継いで王様になるし、お姉ちゃんはどこかの国の王子様と結婚するだろうから、あたしは別に自由にしていて良いと思うの。

 なんでそんなに縛り付けるのかな。


「パパってば、そんなにあたしが勇者パーティーに入るのが嫌なの?」


「そういうわけではないかと思います。愛娘が健気に頑張る姿を望まない父親なんておりませんから」


「じゃあなんで?」


 立ち止まったあたしは後ろを向いてメリヌスに聞いた。

 メリヌスは、もう孫まで生まれた年齢のお祖父さんだから、聞いたことには何でも答えてくれる。


「簡単です。本物の勇者が現れる保証がないからかと。

 過去、勇者の聖剣を抜けぬ本物の勇者ではない者たちを勇者パーティーと称し、魔王討伐を任せてみた事例は幾つもございますが、そのどれもがあっけなく失敗に終わっています。

 やはり、特殊能力を持っていようとも、聖剣がなければ魔王の元へ到達することすら難しいのでしょう。それを踏まえると、現状は本物の勇者が現れていない以上、そのような危険な賭けにお嬢様を巻き込むなんて国王様が許すはずがありませんからね」


 アルス王国だけじゃなくて他の国もそうだけど、何年に一度か勇者候補の中から優秀者を抜擢して魔王討伐に赴かせることがある。


 もちろん魔王討伐に行ってみたい人を有志で募るんだけど、結果は全て失敗。

 魔王の元へ到達するどころか、その道中であっけなく皆殺しにされちゃうみたい。

 あたしの知り合いの騎士の人とか、他国の王子様もそれで死んじゃったことがある。


 当たり前だよね。だって、誰一人として聖剣を抜けなかったんだもん。それなのに無理やり魔王討伐に行かせるもんだから、全員が無駄に命を落としている。


 でも、本物の勇者ならそうはならない。


「本物の勇者なら見つけたよ」


「はい? どちらで?」


「帰り際、少し森に寄っていたでしょ? 実はそこで見つけたんだよ。あたしはアーサーくんこそが勇者だと思う」


 ぼさっとした黒髪に中肉中背に見える普通の背格好の男の子。

 でも、二人組の男に嬲られている時から、ずっとアーサーくんの体幹は揺らいでいなかったし、むしろ確かな余裕を感じさせる出立ちだった。

 しかも、破けた服の隙間から見える肉体は生々しい傷だらけだったけど、異様なまでに発達していた。それはまさしく努力の賜物だった。

 ぬくぬくとアカデミーで普通に過ごしていたら、ああはならないと思う。

 

 だって、アカデミーにいる人たちはみんな魔王討伐に行きたくないみたいだし。

 そもそもやる気がなさそうだった。アカデミー側も慎重になりすぎてるせいで育成が上手くいってないしね。

 そんな場所にいてあんな風になるなんて、アーサーくんはかなり異質だよ。


「はてはて、それはまたどうしてそう思われたのですかな?」


「アーサーくんは真っ直ぐだったんだ」


「はぁ……よくわかりませんが、あまり国王様の心労になるような事は控えて下さいね。魔王の侵略は今も続いているのですから。」


「わかってるよ。でも、誰かが魔王を討伐しないとその侵略は止まらないんでしょ? あたしにはその覚悟があるよ」


 パパが疲れているのは知ってる。

 各国の偉い人と協力して、魔王の侵略を少しでも遅らせるために頭を悩ませているから。

 アルス王国から選抜した強い人材を戦いに向かわせているし、お金だってたくさん使っている。

 でも、それは一時凌ぎにしかならない。


 今こそ、勇者パーティーは必要とされている。


「セシリアお嬢様の回復魔法と補助魔法は一級品ですから、僧侶と呼ぶには相応しいでしょうね」


「そうでしょー? そこにアーサーくんの剣とレミーユちゃんの攻撃魔法、後は戦士の人を見つけ出して、みんなで力を合わされば怖いものなしだよ」


 アーサーくんの剣の太刀筋は、あたしが知る他の誰よりも優れていた。

 レミーユちゃんの攻撃魔法はこの目で確認した。簡単な魔法を巨大な岩石に試し撃ちしてもらったけど、王国に仕えるどの魔法使いよりも洗練されていたから驚いた。

 それくらい二人は凄い。だから、魔王討伐はできる気がする。


 あたしは意気揚々と階段を上る。


 そして、王宮の最上階にある謁見の間に到着した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る