第15話 見つけた

「大丈夫!?」


 あたしはすぐに茂みから飛び出した。


 彼の元へ駆け寄り容態を確認する。


「……も、問題……な、い」


 彼は息を荒げながらも片膝をついて立ちあがろうとしていたけど、ぶれた重心とよろけた体を見るに、全くコントロールが効かなくなっているのは明白だった。

 脇腹が抉れていて原型を留めていない。放っておけば死を迎えるのは確実だね。

 

 早く治療してあげようか。


「エクストラ・ヒール!」


 あたしは間髪を入れずに回復魔法を発動させた。

 淡い緑色の光が彼の体を包み込む。

 これはアルス王国ではあたしを入れても五人くらいしか使えない回復魔法だ。

 失った体力を元に戻すことはできないのが難点だけど、たった一分であらゆる傷を治してあげることができる。


「はい。治ったよ」


 緑色の光が弾けると同時にあたしは微笑みかけた。


「……助かった」


 彼は立ち上がる。


「いいよいいよ。あたしは優秀だから、これくらいはお手のものだよ! きみの方こそ、脇腹が深く陥没して原型を留めないくらいの怪我を負っていたのに、普通に意識を保ってたからびっくりだよ!」


「……どうりで痛かったわけだ」


「それで……きみ、何で抵抗しなかったの?」


 あたしは彼を見上げて尋ねる。

 彼の体が丈夫なのは十分にわかった。でも、ああになるまで嬲られ続ける理由は全くわからない。


「痛みに慣れるためだ」


「痛みに慣れる……?」


 その説明だけでは何も理解ができない。


「いざという時にダメージを負ったら一瞬の隙が生まれてしまい、それが命取りになることもある。だから、常に痛みに慣れておく必要があるんだ」


 あたかも当然のことをしているようか風体だったけど、普通はそんなことを考えつかないと思う。

 はっきり言っておかしい。自ら進んで嬲られて、挙句抵抗しないなんて……。

 

「……凄いやり方だね。なんていうか、きみは注意深い性格なのかな? あたしは楽観的な性格だから少し分けてほしいな」


 オブラートに包んだ言い方をしたけど、実際は狂気じみてて真似したいとは思えない。

 今だって、死にかけたばかりだっていうのに、平気な顔でいられるのが不思議で仕方がない。


「俺は臆病なだけだ」


「臆病? 怖がりなの?」


「ああ」


 だから注意深い性格になるってことなのかな?


「臆病で怖がりなのによく耐えられたね」


「そうしないと強くなれないからな」


 あっけらかんとしているけど、彼は自分が何をしていたかよくわかっていないのかな? 


「強くなるって、どのくらい?」


「魔王討伐を成し遂げられるくらいだ」


「ふーん……じゃあ、きみはセイクリッド・アカデミーの人?」


 その口振りからして多分勇者コースの人だと思う。あたしが探しているアーサーくんも勇者コースだから期待が高まる。


「そうだ」


「コースは?」


「勇者コースだ」


「へー! 勇者コースなんだぁ!」


 彼がアーサーくんがどうかはわからないから、レミーユちゃんから仕入れた情報を頼りに探っていく。


「……そんなに珍しいか?」


「ううん。あたしはさっきアカデミーに遊びに行ってきたばかりだし、勇者候補の人たちはたくさん見てきたよ。でも、みーんなパッとしないんだよね。

 見るからにやる気がなさそうだったし、本当に魔王討伐に行く気があるのかなぁって……想像と違うからびっくりしちゃったよ。それに結局は目的の人にも会えなかったし、あんな場所に行く意味なんてなかったね」


 少なくともアカデミー内には、彼のような強い思いを持って行動をしているような人はいなかった。


「……今更だが、名前は?」


 彼は奇異そうな面持ちで尋ねてきた。


「あたしはセシリア・ルシルフル。一応、アルス王国の第二王女なんだけど、知ってるかな?」


「知らないと言えば嘘になる」


 彼は呆れたように笑っていた。


「なに、その反応」


「いや、何でもない」


 咄嗟に誤魔化しているけど目が泳いでいるし、あたしのことを一瞥して頬をひくつかせているのは怪しいよね。

 もしかして、あたしの黒いゴスロリ服が変だった? それとも明るい金髪が不思議だったとか?


「じーーーーーー」


 あたしは負けじと彼の全身を眺めてみた。

 黒色の髪に黒色の瞳、近寄りがたい雰囲気に感情の乏しそうな顔つき。


 レミーユちゃんからもらった情報が正しいなら、彼はやっぱり……


「ねぇ、きみってさ……伸びかけの黒髪に黒い瞳、磨き抜かれた綺麗な剣に似合わない質素な服……もしかして、噂のアーサーくんだったりする?」


「……」


 彼は口をつむいでいたけど、唾を飲み込んで口元に力が入っていた。

 何かを隠そうとしている証拠だ。


「え、ほんと? アーサーくんなの? モルドのダンジョンでイレギュラーモンスターを倒したって噂の、あの!?」


「……ああ。俺は、アーサーだ」


 しばしの沈黙の末に、彼は諦めたかのように首を縦に振った。

 溜め息混じりに紡がれたその名前は、あたしが何よりも探し求めていた人の名前だった。


「うわぁぁぁっ! まさかこんなところにいるなんて思わなかったよー!」


 あたしは彼の両手を取ると、上下に勢いよく振って喜びを露わにした。

 直感っていうのも当たるものだねぇ。

 まさか、こんな森でアーサーくんに会えるなんて思わなかった!


「……嫌じゃないのか。俺のことが」


 喜ばしい気持ちになるあたしとは対照的に、アーサーくんは顔に影を落としていた。


「どうして?」


「俺は田舎の出身で貴族じゃないし、本当にイレギュラーモンスターを倒したのかすら定かじゃないだろ? それに、悪い噂もたくさん流れてる。そんなやつと話していて嫌じゃないのか?」


 アーサーくんの言いたいことはよくわかった。

 レミーユちゃんから聞いた話だと、アカデミーには階級的な差別が横行しているみたい。

 そこで酷い扱いを受けている彼と、第二王女であるあたしが対等に接するなんて不思議に思うよね。

 でも、安心して。あたしはそんな人たちとは違うからね?


「地位とか権力とかそんなのあたしには関係ないよ。アカデミーの人たちがどう思ってるかは知らないけど、あたしはきみのことを探してたんだよ。だって凄いじゃん。推定Aランクのイレギュラーモンスターを倒すなんてさ!」


「俺が倒したと本気で信じてるのか?」


「うん! だって、レミーユちゃんが言ってたもん!」


「ヴェルシュが?」


「そう。きみに感謝してたよ。命の恩人だって。あの子は嘘をつけない性格だし、きっときみが助けてくれたんだよね?」


 レミーユちゃんの性格はよくわかっている。

 素直で正直で実直で、少し強情っ張りだけど優しい子だから、変な嘘はつかないって知っている。


「……そうか」


「うんうん。それで……本当に剣だけで倒したの?」


「まあ、そうだな」


「勇者の特殊能力は使わずに?」


「ああ」


「どうして? レミーユちゃんは何も知らないって言ってたけど、きみの能力は何? 教えてよ」


「内緒だ」


 あたしはぐいぐい詰め寄るけど、アーサーくんは半歩ずつ距離を取って端的に答えるばかりだった。


「ふーん……そこまで隠すってことは、何か訳ありってこと? まさか能力を使わずに魔王を討伐するつもりなの?」


「まだわからない」


「どういう意味?」


「さあな」


「ちぇー、レミーユちゃんの言う通り本当に何も教えてくれないんだね。でも、いいや。また今度教えてよね」


「また今度?」


「うん。あたし、勇者パーティーの僧侶になるつもりなんだ。勇者はアーサーくんで、賢者はレミーユちゃん。戦士は……よくわからないけどそのうち見つけるよ!」


「悪いが、俺は誰かとパーティーを組むつもりはない」


 間を置かずに断られちゃったけど、不思議と嫌な気分にはならなかった。

 あたしが王族だからってみんな恭しく接してくるからこそ、ぶっきらぼうな彼と話すのは心地よく思えるのかも知れない。

 きっと、レミーユちゃんも同じだろうな。

 あの子、アーサーくんの話をしている時は、すっごい嬉しそうだったし。


「えー、なんで? 絶対にパーティーを組んだ方がいいよ。魔王だけじゃなくて色んな強い魔族を相手にするんだから、一人で挑んだって勝てないよ?」


 あたしは続け様に尋ねる。

 でも、アーサーくんはそっぽを向いた。


「何でもだ。俺は一人で魔王を討伐する」


「もしかして、それも特殊能力が関係しているとか?」


「……さあ、どうだろうな」


 アーサーくんはわかりやすく誤魔化した。

 見るからに怪しいけど、これ以上何を聞いても教えてくれなさそうだった。


「あ、そうそう。そういえば、さっきの二人組いたでしょ? 捕まえようと思ったんだけど、いかんせん逃げ足が早くてね。取り逃しちゃった!」


 走って逃げた二人組のことをふと思い出した。

 アーサーくんがその気なら、あたしがパパに言って処罰を与えることもできる。

   

「どうでもいい」


 アーサーくんは本当に興味がないみたいだった。

 あたしなら悔しいし、是が非でもやり返したいって思うのに。


「やり返そうって思わないの? いくら実戦のためって言ったって、自分より弱い人にあそこまでやられるのは嫌じゃない?」


「魔王討伐を成し遂げるためには必要な過程だ。あの程度の事で文句を言うつもりはない」


「……そう。でも、もっと自分を大事にしたほうがいいよ? 勇者候補だから使命感が強いんだと思うけど、きみも血の通った一人の人間なんだから。だって、死ぬのは怖いんでしょ?」


「俺の犠牲だけで世界が救われるならそれで構わない。本音を言えば死ぬのは怖い。ただ、それでも……日を追うごとに強くなる使命感はもう止められない。使命感から解放されるには魔王を討伐するしかないんだ」


 アーサーくんは片手で前髪を鷲掴みにするようにして頭を抱えていた。

 彼は勇者候補が持つ使命感が誰よりも強いんだと思う。だから、死ぬ恐怖と強い使命感の狭間で葛藤に陥っているんだ。


 でも、一人で抱え込む必要はないよ。


「死ななくても済むように、仲間を探してパーティーを組むんだよ」


「……それより、帰らなくていいのか? もう夜になるぞ」


 答えに迷ったのか、アーサーくんは話を転じた。

 彼の言う通り、空は先刻よりも少し暗くなっていた。


「あー、うん。今日はもう帰ろうかな」


 あたしは空を眺めて溜め息をこぼした。

 メリヌスを待たせているから、そろそろ戻らないといけない。それに、王宮に戻るのが遅くなったらパパもうるさいしね。


「それじゃ、またねー」


 あたしはアーサーくんに別れを告げて森を抜ける。

 彼はまだ戻るつもりがないみたいで、あたしが踵を返した瞬間に剣を拾い上げて素振りを再開させていた。


 あんな目に遭ったのに、まだ努力を続けるんだね。

 それもたった一人で。


 考えられないよ。


 生まれつき回復魔法と補助魔法が得意で、際立った努力をしたことがないあたしとは比べ物にならない。

 貴族じゃないって言っていたし、かなり特異な勇者候補だよね。


 アーサーくんなら聖剣を抜けるのかな?

 試してみないとわからないけど、とりあえずパパに話をしてみようかな。

 

 あたしはアーサーくんが勇者だと思うしね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る