第14話 執拗な暴力

「……誰だ」 


 彼は音の出元に視線を向けていた。

 鋭い眼光で茂みを睨みつけている。

 あたしには気付いていないみたい。

 

「——そんなに怖がらなくてもいいじゃんかよ。俺たちは同じ勇者コースの仲間だろ?」

「そうそう。警戒すんなって、な?」


 茂みから現れたのは、二人の男だった。

 どこかで見たことがある。


「……あっ、大商人の息子だったっけ?」


 二人は瓜二つの顔立ちで、一目で分かるほどそっくりな双子だった。燻んだ銀髪はよく覚えている。

 パパと商談するために何度か王宮に来ていたはず。

 あたしも少し話したことがあるけど、人を見下していてあまり良い印象はない。


「……何の用だ。今は第二王女が来ているからこんな場所に顔を出す暇はないんじゃないか?」


 彼は強気な口調で答えていたけど、その顔には確かに疲弊の色があった。あたしが来るずっと前から剣を振っていたのかもしれない。


「それがよ。オレ達の得意先だった貴族の子息が、ついこの前のあれで死んじまったからよ、そのせいでむしゃくしゃしてんだわ」

「父さんからは八つ当たりされるし、勇者候補に生まれたせいで毎日演習ばっかだし、とにかくイライラが止まらねえんだよ」


 二人は顔を見合わせて悪どい笑みを浮かべていた。

 武器は持っていないみたいだけど、拳は固く握られていて物々しい雰囲気を醸し出していた。


 本当は止めに入るべきなんだと思う。

 疲弊した彼を相手に二対一なんて卑怯だからね。

 でも、あたしは少しワクワクしていた。


 もしも、目の前の彼が本物のアーサーくんなのだとしたら、弱そうな出立ちの二人なんてすぐに倒してしまうだろうし、どんな倒し方をするのか気になる。

 

 不利な状況すらも覆すのが勇者だもんね?


「……好きにしろ」


 あたしの期待とは裏腹に、彼は背後に剣を投げ置いた。


「え?」


 思わぬ行動を手にしたあたしは素っ頓狂な声をあげてしまうけど、それは対峙する二人も一緒だった。

 顔を見合わせて目を丸くしている。


「おいおい、ムカつく野郎だな。ヴェルシュさんに少し気に入られたからって良い気になるなよ」

「父さんはヴェルシュ家との商談にも失敗して大変なんだぞ。お前が取り持ってくれるなら許してやってもいいぜ」


「お前らとヴェルシュ家の商談なんて、俺には何も関係がないことだ。手を貸すことはできない」


 とんちんかんな言い草は理解に及ばなかったちたいで、彼は適当に断りを入れた。

 眉を顰めていて、誰かに媚びることを嫌っているように見える。

 

「やっちまうぞ!」

「おう!」


 二人は拳を構えて彼に接近する。

 かなり鈍足で、もしも二人がモンスターだったら一閃されて戦いは終わると思う。


 剣を投げ置いた彼にそれはできないと思うけど……まさか拳だけで戦う気? わざわざ相手に合わせてあげるなんて優しいじゃん。


 あたしは彼こそがアーサーくんであるという確信を抱きながらも、戦闘の行方を見守ることにした。

 

 でも、対峙する二人が放つ乱暴な拳は、呆気なく彼の鳩尾と顔面に突き刺さった。

 彼は勢いのままに後方に吹き飛ばされると、受け身を取って即座に立ち上がった。

 

 反撃をする姿勢を見せるでもなく、飄々とした顔つきで無防備に立ち尽くしている。


「……彼はどうしてやり返さないの?」


 あたしには理解ができなかった。

 抗えばいいのに、反撃すればいいのに、ただ嬲られるだけなんておかしいよ。


「くそが!」


 思考を巡らせるあたしを他所に、今度は飛び膝蹴りが彼の左右の脇腹に突き刺さっていた。

 彼は二人の膝に挟み込まれるような形になると、苦悶の表情を浮かべて吐血する。


「ぐっ……」


 またもノーガードだった。

 でも、彼は一瞬のうちに呼吸を整えて、二人と向かい続けていた。

 まるで先ほどのダメージが嘘みたいにあっけらかんとしている。


 二人はそんな彼の様子を見て気持ち悪さでも覚えたのか、露骨に頬をひくつかせていた。

 それはあたしもそうだった。反撃のチャンスはいくらでもあったはず。剣の太刀筋からすると、あの程度の拳は避けられて当然だと思う。

 なのに、彼は何もしようとしない。


「そんなものか?」


 彼が挑発的に笑みを浮かべると、二人は苛立ちを露わにして手を振り下ろした。


 それから、彼は脳天から足の指先まで、至る所を殴打されていた。

 骨の芯まで響くような拳の応酬は彼の全身を完膚なきまでに痛めつける。


 目を背けたくなるような酷い光景だったのに、あたしは一歩も動けなかった。

 いや、本当は助けに入りたかったけど、力強い彼の瞳には光が宿っていて、部外者の邪魔を許してくれなかった。


 何を考えているのかよくわからない。時折り口角を上げている意味もわからない。


 やがて五分くらい経つと、彼は痛みに顔を歪めながらも二本の足を地につけて佇む一方、目の前に立つ二人は息を荒げて拳から血を流していた。


「……なんだよ、こいつ。剣技演習ん時もそうだけどよ、なんかおかしいぜ」

「気色悪ぃな!」


 何とでも言え……そう言わんばかりに、彼は口の中から血を吐き捨てた。


「もう、終わりか?」


 強がっているみたいだけど、彼の顔面は大きく腫れていて呼吸が苦しくなっているのがわかる。

 ただ、それでも、何か意図があるのか、彼は挑発的な振る舞いを続けていた。


 意味がわからない。あたしには理解ができない。


 彼は何をしようとしているの? 何を企んでいるの? どうして反撃をしないで攻撃を受け続けているの?


「……死んじゃうよ」


 あたしはいよいよ助けに入るために茂みを抜けようとした。

 でも、それと同時に彼がこちらを睨みつけてきたことで、あたしの全身は容易く硬直する。


 バレていたんだ。最初から、ここに隠れていたことが。


「俺に任せろ。一瞬で殺してやる。まさか対人で使うことになるとは思わなかったがな!」


 あたしが動けないでいると、双子のうちの一人が一歩前に出て、全身に力を込め始めていた。

 男の全身からは眩いばかりの金色の光が溢れ出ていた。

 神秘的に揺らめく光は美しさもありながら、力強さも感じさせた。


 これは、勇者候補が持つ特殊能力?


 確か、演習での使用は許諾されていたはずだけど、こんな森林の中で扱うのは禁止だったよね?


 まさか……その力を彼にぶつけるつもり?


「——聖なる光よ、我が身に宿りて——」


 男は両手を合わせて瞳を閉じると、ぶつくさと詠唱を始める。

 隙だらけのように見えたけど、徐々に増大していく聖なる力は留まることを知らない。

 

 十数秒ほど経ちようやく詠唱が完成したのか、男はカッと目を見開き手のひらを彼に向けると、得意げな顔で不敵に笑う。


「てめぇはオレたちを怒らせた。憂さ晴らしに死んでもらうぜ!」


 言葉を吐き捨てると共に、男の眼前には聖なる光の色合いをした金色の鉄槌が顕現していた。


「これが……特殊能力?」


 あたしは息を呑んだ。


 初めて見た。凄い力なのは一目で分かる。

 こんな攻撃を浴びたらただじゃ済まないと思う。


 生身で受けるつもりなの?

 本当に死んじゃうよ?


「弱き者に鉄槌を! セイクリッド・パニッシュメント!」


 あたしの思考を妨げるかのようにして、男は金色の鉄槌を横薙ぎに振るった。

 動きは遅いけど、鉄槌に込められた底知れない力はまさしく特殊能力だった。


「逃げて!」


 あたしは叫んだ。

 でも、彼はニヤリと笑うばかりで、防御や回避行動を取ることをしない。


 刹那。彼の左の脇腹に鉄槌が直撃した。

 彼はそのまま地面に叩きつけられる。さっきみたいくすぐに立ち上がることはできないようで、脇腹を抑えて倒れている。


「……」


 彼は痛みに顔を歪ませていた。

 

 その最中、二人の男は喜びと焦りが混じったような表情で、ガッツポーズを見せている。


「よ、よっしゃぁ!」

「早くずらかるぞ! バレたらアカデミーにいられなくなる!」

「そうだな!」


 二人はそそくさと立ち去ってしまった。


 本当は逃したくなかったけど、今は彼の容態を確認することが先決だった。

 無抵抗のまま嬲られた挙句、勇者候補の特殊能力を喰らうなんてただ事じゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る