第11話 レミーユの思い
「……アーサーには聖剣を抜けますかね?」
古い文献を閉じた私は向かいに座るアーサーに問うた。
場所は彼の部屋。
あれから数週間が経過し、今は妙な噂や話題も徐々に収まりかけていますが、やはり外にいると目立ってしまうのも事実でした。
なので、私は嫌がるアーサーを押し切って部屋に入り浸る日々を過ごしていました。
「さあ、どうだかな」
一瞥すらしてくれませんが、私は彼こそが勇者様であると信じています。
「聖剣には凄まじい力が込められていますからね。一振りで大地を両断したり、海を斬り裂いてしまうとか何とか……」
「聖剣を持ってしても、百年前の勇者は魔王を倒せなかったけどな」
アーサーは昼食どきでお腹が空いているのか、椅子に座りそっぽを向いたまま固そうなパンを齧っています。
やはり、聖剣にはあまり興味がなさそうです。
「魔王の元へ辿り着きはしたものの、後一歩のところで敗れたそうですね」
百年前の勇者パーティーに所属していたハイエルフの賢者モルド様は、満身創痍で帰還すると、敵戦力の情報を可能な限り世界に残してこの世を去ったというのは有名な話です。
それ以来、数多くの方が聖剣を抜く儀式に招聘されたものの、本物の勇者様は誰一人として現れていません。
「ちなみに、どうでもいい質問をしてもいいか?」
「ええ、どうぞ」
「確か、聖剣は持ち主を失うと、勝手に古の祠に戻ってくるんだったよな」
「そのはずです」
数千年前の勇者様が、現存しない古代の魔法を聖剣に封じ込めたそうです。
それは聖剣を抜いた勇者様が没すると同時に、持ち主を失った聖剣が自動的に古の祠に戻ってくる魔法なんだとか。
つまり、勇者様の死は古の祠を注視していれば目に見えてわかるということです。
「他に聖剣の力に関する情報はないのか? 俺は数々の文献を漁ったつもりだが、聖剣の詳しい力についての記載は見つけられなかったんだ。何か知ってるか?」
「いえ、聖剣の力については周知の事実となっていて、それらを詳細に語る文献はないですね」
世界中にいる誰もが聖剣の力を認識しています。どれも似通った内容ばかりですし、周知の事実なので、特に深く言及する事はありません。
「……そうか。賢者モルドも聖剣については何も口にしていなかったよな」
「誰もが知る情報を広めるよりも、未知の情報を喧伝するほうが優先順位は上ですからね。
ただ、モルド様は一点だけ気になる事を言っていたそうですが……」
実を言うと、私は賢者モルド様の遠縁にあたるので、世間が知らない情報を持っていたりもします。
中でも、聖剣に関する情報は一つしかありませんが。
「気になる事?」
「ええ。これは世間には周知されていない話ですが、百年前の勇者様は聖剣の力を上手く扱えなかったみたいですよ?
空を裂いて大地を両断する離れ業なんてもってのほかだったとか。モルド様は、聖剣の力が強大すぎたのが原因だったと持論を展開していたそうです」
聖剣の力を上手く扱えなかったのであれば、魔王討伐を後一歩のところで失敗してしまうのも納得のいく話です。
勇者様であろうとそうなるのですから、一般の方々が抜くことすらできないのは当然です。
「……そうか。聖剣を上手く扱えなかったのか……それは知らなかったな」
「大したことのない話ですけどね」
「いや、そんなことはない。教えてくれてありがとう」
アーサーはここにきて初めて満足げな笑みを浮かべていました。
「少しは聖剣に興味が湧きましたか?」
「まあ、そうだな」
その笑みが何を意味するのかはよくわかりません。
「……で、今日は何しに来たんだ?」
一つ息を吐いたアーサーはおもむろに視線を向けてきました。
もう聖剣について気になることはないのでしょうか。
「あぁ、そうでした。本日の午後、アルス王国の第二王女である、セシリア・ルシルフル様がアカデミーにいらっしゃるので、そのご報告をしようかなと。
私も詳しくは聞かされておりませんが、何でも、勇者候補や他のコースの優秀者の視察が目的だとか……最近は魔王の侵略も更に進んでいますし、おそらく実力のある方を自らの目で確かめに来るおつもりなのでしょう」
たまたまアーサーの部屋にあった古い文献を開き、勇者の話に夢中になってしまいましたが、今日アーサーの部屋に来たのはその話をする為でした。
「ヴェルシュ、お前はその王女様と知り合いだったりするのか?」
「幼い頃に両親の付き添いでパーティーに出席した際、何度かお会いしたことがありますが、特段親しい間柄というわけではありませんね。
当時のセシリア様はお転婆な性格だったと記憶しているので、堅物だった私の母はそんな彼女のことを私から意図的に遠ざけていました」
ベッドに腰掛ける私は懐かしい記憶を呼び起こす。
セシリア様とは何度か顔を合わせて少しだけ会話を交わした程度だったはずです。
綺麗なブロンドヘアに黒を基調としたゴスロリ服を合わせていたのはよく覚えています。
今でもその格好とは限りませんが、とにかく貴族らしからぬフランクな性格だったような気がします。
「んで……その話が俺とどう関係しているんだ?」
「これは風の噂ですが、セシリア様はイレギュラーモンスターを討伐した人物との接触を図ろうとしているみたいです」
「でも、俺が討伐したってことにはなってないんだよな?」
アーサーは瞳を細めて考え込んでいました。
あまり芳しい反応ではありませんでしたが、それは私も同じでした。
「世間的にはアーサーが討伐したという話にはなっていませんが、国王様の耳には事の一部始終が報告されているようです」
「じゃあ、真偽はわかっていないにせよ、そういう話があったって事実はその王女様も知っているってことか」
「ええ。加えて、セシリア様は回復魔法を大の得意としていて、勇者パーティーそのものに深く興味があるようです。
そういう意味での視察もあるのでしょう」
とまあ、長々とまとめましたが、実はあくまでも風の噂なので私にもよくわかりませんでした。
未だアーサーが皆の注目を集めているのは事実でしたが、わざわざセシリア様がアカデミーに来訪するだなんて、少々怪しさを感じても不思議ではありません。
「接触は控えたほうがよさそうか?」
「今のところは、その方が賢明かと」
「……そうか」
アーサーはパンを口の中に放り込むと、おもむろに立ち上がりました。
窓の外を見ながら億劫そうにあくびをしています。
普通は王女様の話題を出したら少しは反応するものですが、全くの無関心なのは彼の良いところなのでしょう。
私もハイエルフの国の第三王女ではありますが、媚び諂うこともなく対等に接してくれるので非常に嬉しい限りです。
「ヴェルシュはどうするんだ?」
「私はこれでも賢者コースの首席でエルフの国の第三王女なので、セシリア様をお出迎えして付き添いをするようにとお達しが出ております」
私は賢者にならなければいけないので、積極的に行動して評価を上げる必要があるのです。
細かな条件が求められる勇者選定とは違い、賢者や僧侶、戦士はコース毎の最優秀者が選ばれることが常です。
他にも勇者様が自ら仲間を決める習わしもあったりするみたいですが、具体的な選定方法については秘匿にされているので詳しくは誰も知りません。
更に、ここ百年は勇者様自体が現れていないこともあり、その辺りの基準さかなり曖昧なのです。
モルド様を信じるならば、勇者様と他三名が運命的に惹かれ合うものなのでしょうが、そういった話は聞いたことがありません。
だからこそ、何もかもがはっきりしない以上、常に優秀な成績を収め、品行方正を維持する必要があるのです。
「大変なんだな」
「それほどでも。とにかく、今日は外で剣の鍛錬をせずに部屋で大人しくしていて下さい。何があっても部屋の外へは出ないでくださいね?」
「いや、むしろ外へ出た方が人目につかないんじゃないか? 俺の部屋なんて調べられたらすぐバレるわけだし、敷地の外の森の中にでもいた方がマシだと思うが……」
「アーサーは単に剣を振りたいだけでは?」
私がじっと見つめると、アーサーは居心地が悪そうに目を逸らす。
彼の視線は壁にかけられた剣に向けられており、外へ出たい意図が丸わかりでした。
「……もちろん剣は持っていくが、それとは別として、部屋に閉じこもるよりは良い案だと思うけどな」
やっぱり、アーサーは外に出たいらしいです。
鬱憤が溜まっているのでしょうが、確かに部屋に留まるよりは良い気がします。
「では、そうしましょう。セシリア様は夕方にはお帰りになられると思いますので、その時までは人目につかない場所で過ごしていてください。約束ですよ?」
「わかった」
私が念を押すのも当然でした。
ここ数週間のアーサーは私と共に時間を過ごすことで、悪い噂が徐々に収まり始めていましたが、やはりまだ彼に憎悪を向ける方々が多いのも事実でした。
聴聞会でアーサーの罪は不問とされたのにも関わらずです。
セシリア様の耳にも届いているかもしれませんし、もしもそのことを聞かれたらしっかりと真実をお伝えしなければなりません。
むしろ、セシリア様は王族らしからぬ臨機応変さとお転婆さをもっているので、積極的に話をしてみるべきでしょう。
現状はどう転ぶかわからないので、アーサーにはセシリア様と距離を取ってもらうよう伝えましたが、きっとセシリア様ならわかってくれるはずです。
貴族らしくないからこそ、柔軟性を持っていると思います。
「……では、私はこれで失礼します。あまり無理はしないでくださいね?」
私はそれだけ言い残して部屋を後にしました。
最後に見たアーサーの表情は少しばかり明るくなっていて、外で剣を振れる喜びを肌で感じているようでした。
剣の鍛錬を日課にしていて、毎日死に物狂いで努力を積む彼からすれば、何もしない時間は苦でしかなかったのでしょう。
これからも彼の生活が脅かされるのは流石に可哀想なので、彼のためを思うなら、私が悪い噂を払拭しなければなりません。
あの時、十五層で何も言えなかった私が、今度は彼のことを助けてあげる番です。
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