第3話 凄惨な日々
今日もアーサーは剣を振っています。
轟々と雷が鳴り響く大嵐の中だというのに、彼は気にも留めずに剣を振っています。
観察を始めてから今日で一週間。驚くべき事実が判明しました。
それは、アーサーが剣に費やす時間の長さです。
なんと、彼は一日のうち十五時間以上も剣に向き合っているのです。
見たところ、毎日の睡眠は僅か三時間程度でした。
早朝の四時に起きたかと思ったら、始業する直前まで剣を振って、潰れた血豆を包帯で巻き付けてからアカデミーへ向かいます。
それから、真面目に座学を受け、僅かな空き時間があれば外へ出て剣を振り、演習の際も合間を縫って剣を振り、座学や演習を全てこなし終えると、また夜中まで剣を振り続けるのです。
たまの休みを取ったかと思ったら、その間も剣を磨いて研ぎ上げる時間に充てている始末です。
誰と話すでもなく、黙々と……まるでそれが当たり前かのように日々を過ごしていました。
アーサーは私の想像を遥かに超える生活をしていました。
賢者を目指す私の立場で例えるなら、分厚い魔導書を読むだけでなく、魔力切れを起こして倒れるその時まで魔法を放ち続けているようなものです。それを毎日続けるのですから、心身の疲弊は計り知れません。
更に驚いたことに、アーサーは多くの方々から嘲笑されていました。
皆が剣を振る彼のことを指差して馬鹿にしているのです。
「あいつは田舎者の出来損ないだ」
「あいつは魔法を使えない無能だ」
「あいつは才能がないのに努力をする変わり者だ」
「あいつは勇者候補の恥晒しだ」
胸に突き刺すような数々の酷い言葉は、彼の耳にも届いているはずでしたが、彼はなりふり構わず剣を振り続けていました。
剣に向き合う時間が長すぎるあまり、私的な時間が一切存在しない状態です。
私は彼と同じ生活をするだけでも精神がおかしくなりそうでしたが、彼は平然とその生活を続けていました。
凄まじい努力を積んでいるのは明らかです。
座学にも真面目に取り組んでいるみたいなので、さぞ優秀な成績を収めているのだろう……私はそう思っていました。
しかし、学力テストの成績は平均より低いのが常らしいです。
勇者コースを担当する講師の方に話を聞いてみたところ、どうやら彼は田舎の出自ということもあり学業面はかなり疎いらしく、数字の計算や識字なんかは全然ままにならない状態とのこと。
唯一、魔王や魔族、モンスターに関する知識や世界の地理や天候についての分野だけは、特化して明るいらしいです。
理由は不明ですが、それらの分野に限っては何よりも勤勉に学んでいるとか。
ただ、それを加味しても結局は魔法が使えないので、魔法演習は欠席扱いになってしまいます。
剣技演習だって常に成績は最低位です。くだらないルールによって、庶民が貴族に切先を向ける行為が許されていないので当然です。
不憫でなりません。
時には言葉だけでなく、執拗な暴力を振るう方々がいたりして、彼は全身に酷い殴打によるダメージを負いながら日常を過ごしていました。
普通であれば、苦悶の表情を浮かべて痛みに喘ぎ、涙を流して許しを懇願するはずですが、彼は違いました。
彼は何食わぬ顔で攻撃を受け、何も抵抗しようとせず、誰にも助けを求めようとはしませんでした。
まるでサンドバッグです。
無抵抗な彼が酷い扱いを受けているのに、講師の方々も見て見ぬ振りをします。
さすがに可哀想でした。
俯瞰した私でさえ目を背けたくなるというのに、どうして当事者の彼は文句の一つも言わずに剣を振り続けられるのでしょうか。
不思議で仕方がありませんでしたし、見ているだけで胸が痛みました。
私には想像もつかない苦しみでしょう。
強い精神力が必要なのは明白です。
寝る間も惜しんで、死に物狂いで、死力を尽くして、全身全霊で、とはこの事を指すのでしょう。
はっきり言って異常です。
勇者候補に生まれた方々は、魔王討伐への強い使命感を持つというのは有名な話ですが、きっと彼の持つ使命感は他の誰よりも強いのでしょう。
厳しい努力を続けて苛烈な扱いに耐えることができるのは、各人が持つ使命感の強さに差があるからだと思います。
どうしてアーサーは剣を振り続けているのか。
どうして絶え間ない努力を積んでいるのか。
どうして剣に向き合い続けることができるのか。
私は一層の興味が湧いてました。
だから、今日は彼と、アーサーと話をしにきたのです。
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