24 / vs【疑似断片・黒沼セラ】(後)

# 24 / vs【疑似断片・黒沼セラ】(後)


【現在の状況】


【白き腕のヴァレンタイン】陣営

 手札:0枚

 墓地コフィン・エリア:12枚(うち7枚は《廃棄処分》、《有能な執事》、《抑え切れぬ食人衝動》、《若き眷属》、《不死の寂寥》、《博識な見習い魔術師》、《高貴な血族》)

 ライフ・カード:3枚

 領地:《雪の日の約束》

 真祖の断片:登場済み


 フィールド上:

 ・【白き腕のヴァレンタイン】 / 7000+4000=11000


備考:

・《雪の日の約束》の効果で、自分の真祖の断片が戦闘の結果、眷属を破壊したプレイヤーはゲームに敗北する。また【白き腕のヴァレンタイン】の効果テキストは【疑似断片・黒沼セラ】のテキストと同一になっている。

・《抑え切れぬ食人衝動》の効果で、【疑似断片・黒沼セラ】陣営はすべての眷属、真祖の断片に「吸血」が付与されている。また、【白き腕のヴァレンタイン】陣営のライフカードはこのターン除外されない(=「祓魔」の能力が無効化されている)。


【疑似断片・黒沼セラ】陣営


 手札:1枚

 墓地コフィン・エリア:15枚(うち9枚は《有能な執事》、《廃棄処分》、《転送魔術》、《蘇生屋》、《人造屍食鬼》、《彷徨う屍食鬼》、《シズク》、《第七の偽魔・清音》《強制駆動》)

 ライフ・カード:3枚

 真祖の断片:【疑似断片・黒沼セラ】


 フィールド上:

 ・【疑似断片・黒沼セラ】 / 8500+7000=15500


備考:

・《強制駆動》の効果で【疑似断片・黒沼セラ】に「連続攻撃+1」が付与されている。


☆2ターン目 / 【疑似断片・黒沼セラ陣営】陣営☆


 清音と呼ばれた女性の身体が燃える。燃えて、灰になって、あとには、黒い靄のようなものが残った。


 それはチヨの方へ吸い込まれるようにすうっと流れ込んでいく。


 と、同時。

 チヨが、膝を折って倒れる。決闘卓に隠れて、私からは見えなくなる。断続的に、苦悶の声が聞こえる。


 私はその光景を、見ていることしかできなかった。


 ……正直、さっきから理解の追い付かないことばかりだ。いきなり大正時代の人が出てきて。日本が滅ぶとか、世界が滅ぶとか、一体いつからそんなスケールの大きい話になったのか。


 ただ、なんとなく予想がつくことはある。


 チヨの心は、きっとぐちゃぐちゃになっている。チヨ自身はなんの覚悟も持てていなかったのに、大それた計画を始めてしまって、それで引っ込みがつかなくなっているのだ。


 そんな彼女に、私は一体どうすればいいのか——なにをしてあげれば、正解なのか。


 迷っているあいだに、決闘卓の陰からチヨが身を起こす。


 顔にびっしりと冷や汗をかいて。


「おまたせ。受け入れる準備はしてたんだけど……まだ、ちょっと馴染むのに時間はかかりそう」


 チヨの息が荒い。どうにも、尋常な様子ではない。


 ヴァレンタインが小声で言う。


「彼女の身体は今、急速に変化している。いくら準備していたとしても、全身を凄まじい激痛が襲っているはずだ」


「……ん? 度が合わなくなっ……ああ、視力が良くなったんだ」


 呻いて、チヨは眼鏡を外す。

 私達の視線に気付いたのか、にこやかな笑みを作って言った。


「ああ、安心して。清音さんは決闘が終わったらその辺に転がってるはずだから。……その時は保護してあげるといいよ。もう彼女は用済み。普通の人間と、ほとんど変わりないから」


「わかっているのか。月代チヨ」


 とヴァレンタインが問う。


「偽魔の力を奪い、自身のものとするということは——」


「そうだね。どんどん私は人間から遠退いていく。……それが?」


 汗はだらだらなのに、目が据わっている。その瞳は、一切の言葉を拒絶するかのように見えた。


「じゃあ、決着をつけようか——今のセラちゃんは清音さんの戦闘力を吸収して+7000。戦闘力が上昇している。さらにここで、」


 ガリ、と自分の手を爪でひっかいて血を出す。それを決闘卓に吸わせて、


「【生命転化】。【疑似断片・黒沼セラ】の戦闘力+5000。合わせて戦闘力の上昇分は12000。……戦闘力が5000上昇するたびに『凶刃+1』を得るから、これで『凶刃+2』。1回の攻撃で3枚のライフ・カードを破壊できる」


「………………」


「祓魔が無効化されちゃってるのは残念だけど、まあやれるだけやってみようか——《強制駆動》で付与した『連続攻撃』もある。ひょっとしたら、このターンで勝てるかもだし」


 来る。


「欲しいライフカードが、出るといいね——セラちゃん、全部やっちゃって」


「…………はい」


 不承不承といった様子で、クロちゃんが血を飛ばす。同時、ライフカードが3枚破裂する。本来ならば祓魔の能力が発動して塵となるのだろうが——そうはならない。

 私が1ターン目に発動した【権能】《抑え切れぬ食人衝動》の効果で私のライフ・カードが除外されることはないからだ。


 とはいえ、それで安心はできない。


 ライフ・カードにあのカードが含まれているとすれば、それはたったの1枚だけ。

 しかも、チヨはクロちゃんに連続攻撃の能力を与えてきた。

 だから単にあのカードが出るだけじゃまだ駄目なのだ。

 相手の真祖の断片の攻撃を、封じるようなカードが出てくれないと————。


「——呪縛ステップ! 1枚目のライフカードは————《壺中天》!」


 ハズレ。相手の眷属を手札に戻すカードがここで来ても、意味はない。


「2枚目は——よしっ! 《セイクリッド・チェイン》!」


 アタリ!


「——ライフ・クラッシュ効果を発動! 【疑似断片・黒沼セラ】に攻撃不能を付与!」


 虚空から伸びた鎖が、クロちゃんを拘束する。もしかして攻撃不能が解除されるまでずっとあのポーズなのだろうか。あのおっぱいが強調された——


 ——とか考えてる場合じゃないから次!


「3枚目! …………勝った」


「シズクさん、まさかそのカードは」


 クロちゃんは察したらしい。効果まできっちりと把握していたあたり、抜け目ない彼女らしいというかなんというか。


「? なに、わかるのセラちゃん」


 一方のチヨはわからない、という雰囲気。


「チヨも知ってるはずだよ。——だってこれは、私の、上級屍食鬼の本性がカード化されたものだから」


 私は、そのカードの名を告げる。


「《暴食血啜の渇望》。これを、チヨに強制発動させる! 効果は『自分のすべての眷属・真祖の断片に捕食を付与する』とそしてもう一つ! ——『』!」


「……だからなに? このターン中に破壊できる眷属なんて、……残って………………………………すべて? このターン中の、すべて?」


 顔色が変わった。


「ま、待って。そんなことが……いや、でもこのゲームではそう見做される可能性も…………だって、権能が発動する前だって『このターン中』であることに変わりはない、し…………」


 そう。これが私の必殺コンボ。


 《雪の日の約束》で「真祖の断片が戦闘して眷属を破壊したら負け」というルールを強制。そこに《暴食血啜の渇望》を相手に押し付けて発動させることで、そのターン中、相手の眷属が1体でも破壊されていれば、——約束を破ったことにさせられる。


 そんな、悪魔のようなコンボだ。


 《暴食血啜の渇望》の効果が遡及適用されるかどうかは正直、自信がなかったけれど、ユイさん曰く「前例がある」とのことだった。

 経験者にして実力者である彼女の言うことだ。信じることにした。


「……でも、どうしてシズクさんがそのカードを。それは、私が血を吸って生成されたカードで……カードの所有権はチヨさんと契約してからもずっと私のもののはず」


 クロちゃんの言うとおりだろう。実際、クロちゃんはチヨにこのカードを見せていたようだし、二人が去ったあとの部屋には、私の血から生成されたカードは一枚も残っていなかった。


「言ったでしょ。ヴァレンタインに血を吸ってもらったって」


「異なる真祖の断片が血を吸おうと、同じ名前、同じ効果のカードが生成されることもある。なにせ、元となる情報は同じなのだからな」


「私が《暴食血啜の渇望》を採用したのは、単に《雪の日の約束》とのコンボに気付いたからってだけじゃあない……それが、クロちゃんに生成してもらったのと同じカードだったからでもある。もしかしたら、私のところにはないと思いこんでくれるかもって思ってね」


 結果は成功。チヨもクロちゃんも、《暴食血啜の渇望》についてはノーマークだったらしい。


「————あはっ」


 チヨが苦しげに笑う。そうすることしかできない、そんな様子で。


「ひどい勝ち方だね。自分がかつてした約束を、他人に押し付けて、しかも冤罪で約束を破ったことにさせることで、勝利を得るなんて」


「そうだね。私でも最低だと思う……だけどチヨ。この決闘に関して言えば、私が《不死の寂寥》を発動させるまでもなかった」


「ああ————そうだねぇ。うん。《シズク》の召喚にも、セラちゃんの強化にも、私は眷属を破壊しちゃってる——普通の人間同様に、自我を持っていた清音さんさえも、ね」


 諦めたように、微笑む。


「そんなに、私を止めたかった?」


「止めたいよ。今だって…………自分の友達が何か取り返しのつかないことをしようとしているのに、何もせず見てるだけなんて、そんなのは友達のすることじゃない」


「でも、エクストラ・ペナルティでは私を縛れないし、もちろん私自身は諦めるつもりはない。何があろうと成し遂げるつもり」


「……だよね」


 言うなれば、決闘に勝って、勝負に負けたといったところか。


 けれど、それならそれで考えがある。


「……だから教えて、チヨのしようとしていることを」


「あはっ。なにそれ。自分の交渉材料を敵にあげるお馬鹿さんがどこにいるの」


「否定しないんだ。何を言っても無駄って」


 つまりチヨは、私に説得されることを恐れている。チヨのしようとしていることの全部を理解すれば、なんらかの突破口がある。


「……………………なるほどね。そう、解釈するんだ。……ぐ————ッ!」


 突然、チヨが決闘卓に手をついて俯く。もう片方の手で額を抑えて、苦しそうに呻き出した。


「——チヨ!?」


 チヨの身体を、禍々しさのある黒い靄——瘴気とでも呼ぶべきか——が蝕んでいく。


「や…………っと」


 チヨは苦しげに呻く。しかしその表情は笑っているように見えた。


「まさかっ——これが我々との決闘を受けた、真の理由か!? 月代チヨ!」


 ヴァレンタインが叫ぶ。チヨはニッと口の右端だけを持ち上げて笑ってみせた。

 ——ご明察、とでも言うように。


「どういうこと?」


「我々が、断片会議を開いたのと同じだ。————月代チヨは、時間稼ぎをしていたのだ」


 なんの時間稼ぎか。その答えは問うまでもなかった。


「そ、う…………第七の偽魔の、顕現と……疑似的な、死、による穢れの抽出…………そして、その穢れを、身体に、馴染ませる、準備のための…………時間稼ぎ」


 チヨの身体を纏う瘴気の気配、圧力がどんどん濃くなっていく。

 チヨは口から血を吐き、目からも血を流し、けれど顔には笑みを貼りつけて笑う。


「じゃ、終わらせ……よっか」


 そうだ。まだ決闘は終わっていない。《雪の日の約束》の効果ペナルティはエンドフェイズになって発動する。


 言いかえれば、この決闘はチヨがターンエンドを宣言するまで終わらない。


 つまりは、この決闘が終わる時。それは——チヨにとって、都合の良いタイミングだということ。


「ターン、エン、ド」


 途切れ途切れにチヨが呟く。と、


『――決闘終了デュエル・フィニッシュ。勝者、【白き腕のヴァレンタイン】陣営。勝者陣営は敗者陣営より霊札アニマ・カルタを1枚獲得します』


 決闘空間に私達の勝利を告げるアナウンスが流れる。


『また、敗者【疑似断片・黒沼セラ】陣営は今回の奉魂決闘期間中、勝者の定めしエクストラ・ペナルティに従う義務を負います』


 クロちゃんを拘束していた鎖が消えてなくなり、彼女の首筋から霊徴紋が消える。


 これでもうクロちゃんは自由だ。


 でも安心はできない。


 チヨの放つ気配が、どんどん変質していっている。背筋が凍るような、特異なモノに。


 それになにより、今になってようやく私は最大の異常に気付いた。

 肩で息をして、上体を揺らして、俯いて。とても分かりやすくなっている、彼女の大きな胸。それに私はいま、


 チヨの身体がいつの間にか、ちっともおいしそうに思えなくなっていること、今になって自覚した。


 前はもっと魅力的おいしそうだったのに、一体いつからだ?


 ……待てよ。放課後のアンシーン・ポーカー。あの時からもう既に、おかしくなかったか? あの時は第5セットまで続いたけれど……普段、チヨのゲームをテストプレイするときは、私は毎回していたのだ。


 私が胸を見てしまって、集中が乱れてしまうから。


 ——やっぱり、シズクちゃんとだと勝負にならないね。


 そう言われるのがいつものお決まりのパターンで……そうだ、だから久しく、私にテストプレイのお誘いが来ることはなかったのだ。


 なのに、今日は——最終的には負けたとはいえ——善戦できた。


 つまり、少なくともあの時にはもう私は、チヨの身体に興味が持てなくなっていた。


 それが精神の成長によるものなら喜ばしいことこの上ないけれど、そんな理由じゃないことはクロちゃんとの間にあったことを踏まえれば瞭然。

 つまり、変わったのだとすればそれは私ではなくクロちゃんの方だということで——


 と、考えているとヴァレンタインが一歩踏み出した。


「暁シズク。こうなってはもう、月代チヨを殺すしかない。契約者でなくなった、今が好機だ」


 ————なっ。


「な、何言ってるのそんなのダメ!」


 反射的に、体を掴んで静止しようとした手が空振る。


 ヴァレンタインが異能を使い、自分の身体を消したのだ。


 上半身の半分を消したまま、ヴァレンタインが走る。そしてチヨに手を伸ばす――その、瞬間だった。


 どうと圧倒的な衝撃波。大質量の空気が私たちを襲う。


 音が何も聞こえなくなって、身体がふっ飛ばされる。転がる先の地面は固い石で、顔を上げればもとの夜空がそこにはあった。


 いつの間にか、決闘空間は消えてなくなっていたのだ。周囲には、倒れたクロちゃんやヴァレンタインの姿もみられる。


 そして、参道の真ん中。俯いた姿勢で両手をだらりと下げて立っているのは――


「――穢鬼えき変生へんじょう


 額から鬼の角を生やしたチヨだった。


 彼女は黄金色に変じた瞳で、私を見ていた。


(続く!)

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