23 / vs【疑似断片・黒沼セラ】(中)

# 23 / vs【疑似断片・黒沼セラ】(中)


【現在の状況】


【白き腕のヴァレンタイン】陣営

 手札:2枚

 墓地コフィン・エリア:10枚(うち4枚は《廃棄処分》、《有能な執事》、《抑え切れぬ食人衝動》、《若き眷属》)

 ライフ・カード:3枚

 領地:《雪の日の約束》

 真祖の断片:登場済み


 フィールド上:

 ・《博識な見習い魔術師》 / 1000

 ・《高貴な血族》 / 7000

 ・【白き腕のヴァレンタイン】 / 7000+4000=11000

 ・権能:???


備考:

・《雪の日の約束》の効果で、自分の真祖の断片が戦闘の結果、眷属を破壊したプレイヤーはゲームに敗北する。また【白き腕のヴァレンタイン】の効果テキストは【疑似断片・黒沼セラ】のテキストと同一になっている。

・《抑え切れぬ食人衝動》の効果で、【疑似断片・黒沼セラ】陣営はすべての眷属、真祖の断片に「吸血」が付与されている。また、【白き腕のヴァレンタイン】陣営のライフカードはこのターン除外されない(=「祓魔」の能力が無効化されている)。


【疑似断片・黒沼セラ】陣営


 手札:5枚

 墓地コフィン・エリア:0枚

 ライフ・カード:4枚

 真祖の断片:未登場


 フィールド上:

 なし


☆2ターン目 / 【疑似断片・黒沼セラ陣営】陣営☆


 さて、と月代チヨは思案する。


 ——シズクちゃん、絶対ライフカードに何か仕込んでるよねぇ。


 わざわざこちらの「祓魔」の能力を封じてきたこと、その上で挑発してきたこと。そしてなにより気になるのが——5


 ——「デッキアウト対策」なんて言ってはみたけれど、ただそれだけが目的でライフデッキのカードを山札に混ぜるというのはちょっと考えづらい。


 シズクがさっきのターンで手札に加えたカードの枚数は合計で12枚。初期手札の5枚を含めれば17枚。よって山札の残り枚数は18枚。

 その程度なら、ライフ・デッキの残りカード5枚を加える必要なんてない。

 そもそも、セオリー通りにライフ・デッキを組んでいるならライフ・デッキは妨害用のゴミカードばかりのはず。自分のデッキにゴミカードが5枚も入っていたら、欲しいカードや強いカードが引ける可能性は低くなってしまう。単純な数学の話だ。


 ゆえに、考えられる解としてはまず、ライフ・デッキにゴミカードが含まれていないということ。


 自分が使う分には強いけれど、意図せず押し付けられるのは困る——そういうカードでライフデッキを構成すれば、先の確率の問題はさしたる問題ではなくなる。


 そしてもう一つ。別解として考えられることは——


 ——シズクちゃんは、確認したかったのかもしれない。ライフ・カードにお目当てのカードがちゃんと仕込めているかどうかを。


 シズクは先ほどのターン、2回、山札を見てからカードを選ぶ効果を使用している。それはつまり、ライフ・デッキの残りカード5枚の内訳を知ることができたということでもある。


 真血札戦このゲームではライフ・デッキは10枚で構成される。ゲーム開始時に無作為に選ばれた4枚がライフ・カード、1枚がコア・カードとなる。そして残る5枚がゲーム中のライフ・デッキとなるのだ。

 ライフ・デッキもまた山札同様に、勝手に中身を確認することは許されていない。

 つまり、ライフ・デッキをそのままにしておいてはライフ・カードになったカードが何か、わからない。


 ——だから混ぜた。うん、前回の奉魂決闘でもかなり良いところまで行ったらしいシズクちゃんだ。そのくらいは考えていてもおかしくない。


 チヨは現在の暁シズクの人格を認めてはいない。しかし事実として、かつての暁シズクの肉体と現在の暁シズクの肉体は同じなのだ。


 そのためチヨは、脳の演算性能に大きな差はないと考えていた。時々、その持論を疑うこともあったけれど。


 ——ま、何が仕込まれていようと、私にライフ・カードを攻撃しない選択肢はないし、やることは変わらないね。


 ライフ・カードを残すということは【生命転化】の発動機会を与えるということだ。それに、向こうは盤面を整えてきている。このまま次のターンを渡してしまえば、やられるのはこちらかもしれない。


 ——にしてもみんな、真面目だね。私がこの決闘を通して何かをしようとしているとは、思ってすらいないみたい。


 内心ほくそ笑んで、チヨは告げる。


「私のターン。ドロー」


 チヨは山札からカードを2枚手札に加える。


「【権能】《有能な執事》。行動権+1してカードを1枚ドロー。そして行動権1消費、【権能】《廃棄処分》——手札6枚ぜんぶ捨てて、行動権4獲得!」


「————っ!」


 シズクが表情を険しくする。


 これでチヨの持つ行動権は5となった。その代償として手札は0枚になったが、なにも問題はない。


 チヨは決闘卓の縁に取り付けられた刃の上に手のひらを滑らせる。決闘卓に自分の血を塗りたくって、宣言した。


「【生命転化】! 手札の破棄と引き直し! 5枚、ドロー! ……ふふっ」


 チヨは笑みをこぼす。


 必要なカードが来た。これで、


 逡巡。後悔。躊躇。そんなものはとっくに終わらせている。あのシズクは今もバカ真面目に言葉でどうにかできると思っているのかもしれないが、それは甘いと言うほかない。


 ——やっちゃいけないことをした私はもう戻れない。戻ろうとしちゃいけない。だから、この道を突き進む。


 だけど、シズクに感付かれるのは困る。そうなればシズクは決闘後なんて悠長なことは考えず、今すぐにでも説得をしようとしてくるに違いないから。


 ゆえに——嗤う。


「残念だったねニセモノちゃん。あなたのターンは来ない」


「勝利宣言のつもり?」


「わざわざ説明されなきゃわかんないかな? まあいいよ。その愚鈍さも許してあげる——そのかわり、忘れず考えておいてね。負けた時の言い訳♡」


「言い訳なんてしないよ。私は負けないから」


 気に入らない目だ。まっすぐに、こちらを見つめてくる目。いつだってそう。普段は胸ばかり見てるくせに、何かあったと察するや否や、心を見透かさんばかりにこちらを見てくる。


 本物の——かつての暁シズクが、ついぞ自分には向けてくれなかった視線。


 あの目で見られると、心がざわつく。


 不愉快だ。


「——行動権2消費」


 チヨは告げる。目当てのカード。本命のその名を。


「【眷属】《第七の偽魔》を召喚!」


 フィールド上に召喚されたのは、よくわからない黒い靄のようなものだった。よく見れば人間のようにも見えないことはないが、輪郭は朧げではっきりと認識できない。


 それが何か、セラもシズクも理解していない様子。ただなんとなく、妙な眷属だ、とは感じていることだろう。


 そんな中一人、目を見開き額に冷や汗をかく男がいた。


「偽魔、だと……!?」


 ヴァレンタインだ。


「知ってるの?」


 シズクの問いにヴァレンタインは頭を振る。


「いや、詳しくは知らない……知らないが、月代チヨがその存在を知っており、しかもカード化までしているということ……それが問題なのだ」


 この様子だと、ヴァレンタインが気付くのは時間の問題だろう。チヨはさっさと進めることにする。


「それってどういう……」


「余所見は厳禁だよニセモノちゃん。《第七の偽魔》の召喚時効果、手札を1枚捨てたあと、2枚ドロー!」


 チヨは手札を2枚引くと、頷きをひとつ。


「行動権2消費。【権能】《転送魔術》! これで私はこれ以上このターン、行動権を獲得できなくなった!」


 思考を逸らすために、説明を畳みかける。


「その代わり! 自分のすべての眷属は身軽を得る! 召喚条件なしだと直接攻撃不能がついちゃうけど——まあ些事かな」


 続けて、チヨは立て続けに眷属を召喚していく。


「《蘇生屋》を召喚! 召喚時効果で墓地から《人造屍食鬼》を召喚! さらに、《人造屍食鬼》の召喚時効果で山札の上から5枚を見て召喚条件を持たないグールを1体召喚する——《彷徨う屍食鬼》!」


 フィールドの眷属配置枠4枠が埋められる。ゆえ、チヨは宣言する。


「登場条件を大幅に超過して登場! 【疑似断片・黒沼セラ】!」


 セラがフィールドへと進み出る。


「ニセモノちゃん。登場時効果はわかってるよね?」


「……相手プレイヤーの手札を見て2枚選び、ゲームから除外する」


「ニセモノちゃんの今の手札は?」


「……2枚、だけ」


「じゃ、見るまでもないね。セラちゃん。見せてあげてよ、本物ってやつを」


「私、それについては別に怒ってないですからね」


 と言いつつセラは人差し指をシズクの方へ向けると——


「ばん」


 同時、シズクの手に持っていた2枚の手札が炎を上げて燃えはじめた。シズクが咄嗟に手を放し、服への引火を警戒してだろう、その場から飛び退く。しかしシズクが着地するころには、カードは塵となっていた。


「お見事! 本物は長ったらしい詠唱も派手な爆発も必要ない。ただ必要なことを必要なだけ、最小限に済ませるってわけだね!」


「褒めてるフリしてヴァレンタインさんをけなすのはやめてあげてください」


「ぬぅ…………っ!」


 ヴァレンタインはどちらかと言うとセラの言葉に深く傷ついたようだったが、セラにその自覚はなさそうだった。


「さて、それじゃあ場があったまってきたところで、本命いこうかなっと……」


 チヨは手札から1枚のカードを出す。


「召喚条件、生贄すべて。自分のフィールドのすべての眷属を生贄として破壊し、召喚する——《シズク》!」


 チヨの眷属たちが一斉に倒れ、フィールドから消える。


 それと同時にフィールドに現れたのは、黒い髪の少女だった。


 黒髪のウルフカット。ややツリ目がちの目。制服に身を包んだその少女は、


「……私!?」


 暁シズクだった。


「思い出や記憶がベースとなってカードは生成される。だから、ニセモノちゃんという存在自体がカード化されてても、なにも不思議じゃあないでしょう? ま、カード名が『ニセモノ』じゃないのは不服だけどね」


 チヨの本音としては、このカードを出すのは気恥ずかしいものがあった。なにせこのカードは5年前の奉魂決闘で記憶を失ったあと——つまり、上級屍食鬼となったあとのシズクをモデルとするカードなのだ。


 ある意味では、一種の告白にも等しい。


 ゆえ、虚言を弄さずにはいられない。


 誰かさんみたいにカード名変更の会議でも開こうかな、なんて言ってちらとシズクの様子をうかがわずには、いられない。


 が、当のシズクはチヨのことはまるで見ていなかった。《シズク》の方を見つめている。

 自分をモデルとする眷属とあっては、やはりその強さが気になるのだろう。それでも、少しはその興味を、カードが生成されたことそれ自体に向けてほしかったところだが。


 シズクが呟く。


「……召喚時に破壊した眷属の数だけ凶刃を得る。かつ、召喚時に破壊した眷属の数の半分、連続攻撃を得る」


「そ、だから今は凶刃+4。一回の攻撃でのライフ・カードの破壊枚数は5枚。さらに連続攻撃+2があるから1回のバトルフェイズに3回も攻撃できる」


 これだけでも十分に強力だが、チヨがこの《シズク》を召喚した理由はそこじゃない。


「……それに加えて、キーワード能力『変幻自在』も持ってる、か」


 シズクが呟く。


 表情を険しくし、彼女は言う。


「つまり配置枠に関係なく眷属を攻撃可能。かつ、……!」


「そう! しかも戦闘力はたったの10000! ヴァレンタインが《日本刀》を2本装備してくれてよかったよ。これで、《シズク》は【白き腕のヴァレンタイン】に負けられる」


 それはつまり、【領地】《雪の日の約束》により定められたエクストラ・ウィンならぬエクストラ・ルーズ条件——「この領地が展開される間、すべてのプレイヤーは、自分の真祖の断片が戦闘を行い、眷属を破壊した場合、そのターンのエンドフェイズにゲームに敗北する」を満たさせることができるということ。


「これでもまだ、負けないなんて言える? ニセモノちゃん」


 チヨが勝利に一歩近付いたことの、紛うことなき証左であった。


 そして同時、チヨの側のフィールド上に穴が開く。


 びだん! とホラー映画の怪異のような勢いで手を地面に突き、這い上がってくるは、黒髪の女性。

 和服を着た、長髪の女性だ。涼しげな印象の瞳は茫としており、どこを見ているのかわからない。


 決闘空間にいた全員が、その女性を見ていた。ただひとり、チヨだけが余裕たっぷりに言葉を紡ぐ。


「そうそう。さっきの《第七の偽魔》なんだけどね。彼女は特別な能力を持っていたの。その名も『黄泉がえり』。破壊されたとき、フィールドの登場枠に復帰する能力」


「よ、み……?」


「知らないよね。そう。この能力は深紅断片リゾラメの裏ルールのようなもの。特別な人達のために用意された能力スキル


 周囲をキョロキョロと見回していた女性が、口を開く。


「……お嬢ちゃんが、私を呼んだのかい?」


 りんと、風鈴が鳴ったかと錯覚するような声だった。


「眷属が……」


「しゃべった!?」


 シズクとセラが驚愕の声を上げる。


 それもそうだろう。《高貴な血族》や《シズク》がそうであるように。通常、眷属はそれが実在の人物をモデルとしたものであろうとも自我を持ったり喋ったりはしない。


「うん。人間を眷属としてフィールドに登場させるルール。その応用によって、この人を呼んだの」


 チヨは説明すると、女性に一礼した。


「ふむ……? よくわからないけれど、まあいいわ。……ところで、今は大生たいしょう何年かしら。まるでこの世のものとは思えない景色だけれど……」


「ここは『この世』ではありませんから。それと、今は平成34年です。貴女が生きた時代の、およそ100年後ですね」


「100年…………そう。弟に、会えるかと、期待したのだけどねぇ……」


 女性はひとりごちて、チヨに尋ねる。


「それで、私をどうしてここに呼んだんだい?」


「あなたの穢れを貰い受けるために」


「ほう——————。それはつまり、」


「ええ。あなたは自由になれる、ということです」


 チヨはリリネットの方をちらと見て、言った。


「――いちおう、皆にも紹介してあげるね。この人は清音さん。清い音と書いて清音きよねと読むの」


 清音がシズクたちに頭を下げる。


「漢字の、名前……? それじゃあ本当に、大生時代の……?」


 困惑ゆえだろうか。ほんの一瞬、沈黙が場を支配する。


 そんな中、口を開いたのはヴァレンタインだった。


「——暁シズク。どうやら、我々は既に勝負に負けているらしい」


 チヨのやろうとしていることを理解したのだろう、ヴァレンタインは眉間に深く皺を作って言った。


「どういうこと? だってまだ決闘は」


「決闘の勝敗は、確かにまだついていない。だが、月代チヨとの勝負には負けているのだ。我らの勝利条件は、手段はなんであれ、彼女の計画を破綻させること。説得してやめさせられるのなら、それもまた勝利と言えるだろう————だが」


「そう。もはや私は止まれない。止まるわけには、いかない。偽魔の封印を解くっていうのは、そういうことなの」


 チヨは理解している。今、自分は世界の敵となった。たとえ屈して、計画を止めたところで明るい未来が訪れることは永劫ない。


 ゆえにこそ。


「ニセモノちゃんに何を言われようと、私は最後までやり遂げるよ。たとえ、日本このくにが、世界が滅ぼうともね」


 月代チヨは止まれない。


「なにを、いって……るんですか」


 セラが震える声で問う。戸惑いが顔に出ているようだった。


「ごめんね。セラちゃんに世界を滅ぼす片棒を担がせちゃって。まあでも、セラちゃんだって自殺の片棒を私に担がせようとしてたわけだし——」


「い、いや! 世界を滅ぼすってなんですか。わ、わかるように言ってください」


「いつもは賢いのにどうしたのセラちゃん。そのまんまの意味だよ。私は————」


 遮るように、シズクが宣言した。


「【権能】《不死の寂寥》」


 フィールド上の眷属たちが立て続けに爆発していく。倉見清音ただ一人を残して。


 チヨは即座に気付く。シズクがフィールドにセットした権能——赤い結晶体が、消えている。


「——指定した相手眷属1体を除くすべての眷属を破壊する。これで、変幻自在を持つ《シズク》はもういない」


「大切なお話の途中なのに、いいの?」


 問うと、シズクは静かに頭を振った。


「チヨ。……なんとなくだけど、私わかるようになってきたよ。チヨが本気で話してくれてる時と、そうじゃない時」


「今のはそうじゃない時だって?」


「クロちゃんの困惑を助長させたいだけに、見えた」


「……ふうん。だから急いで権能を発動させて、中断させたと。強引だね。それに、分かってるかな? シズクちゃん、いまミスしたって」


 言って、チヨはけほっけほっと咳き込む清音を手で示した。


「自分の眷属を残しておけばいいのに、こうして清音さんを残してしまうなんて。……まあ仕方ないか。無理もないよね。自我のある眷属を破壊するなんて——人殺しも同然だもん」


 清音が困惑したようにチヨに問う。


「ええと、チヨ?さん? 今の爆発は一体……さっきまでここにいた人達は……?」


「大丈夫です。あれらは人じゃないので。……それと穢れを引き受けるにあたって、一つやらなきゃいけないことが。清音さん、手を」


「?」


 清音は素直に応じて手を出す。真っ白な、綺麗な手だ。


「失礼しますね」


 チヨはその手に、コートから取り出したサバイバルナイフを突き立てた。


「————っ!」


 清音の手から溢れ出る血を、チヨはごくごくと飲む。


 くらっと清音が倒れかけたのを、チヨが支える。出血のショックか、あるいは別の理由か。清音は意識を失ったらしい。


「チヨ、なにを……」


「準備だよ。シズクちゃんには何もできないんだから、指でも食べて見てな」


 その場に清音の身体を横たわらせ、チヨは決闘卓の前へ戻る。


「最後の行動権を消費して《強制駆動》を発動。セラちゃんに連続攻撃+1を付与——バトルフェイズ」


 チヨは清音に視線を向け、


 ——意識を失ってくれて、良かった。


 内心ひとりごちて、宣言する。


「《第七の偽魔・清音》を攻撃させる代わりに破壊。戦闘力をその【疑似断片・黒沼セラ】に与える」


 瞬間、倉見清音の身体が中心から爆ぜて、燃え上がった。


(続く!)

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