20 / 再びの断片会議

「——さて。ではこの会議を開催した少年。そう君。疾く議題を述べ給え」


 出席者が全員揃ったと見るや否や、ヘルメスはそう切り出した。


「おう。オレからも頼む。悪いが街中が大変なことになっててよ……まァ、犯人の目星はついてンだが。決闘と違って、会議中は外でも普通に時間が流れっからな」


 と言って、自分の隣に座るヘルメスを睨んだのは銀髪ロングの女性、テレジア。


「ふむ。ではこうしよう。3分以内にこの会議を終了させてくれたなら、私はこの街に放った霊異たちのほとんど全てを撤退させる。どうかな諸君。大切な我らが玉兎市に安寧をもたらすため、一致団結するというのは!」


「テメェでバラ撒いといてムシの良い話してんじゃねェぞ!」


「厚顔無恥とはこのことじゃな」


「そーだそーだ! フザケルナー!」


「自分に都合の良いことばかり言うからこうなる」


れの契約者がこの場にいたなら貴様を斬っていたところだ」


 非難轟々とはまさにこのことを言うのだろう。ヘルメスのお陰で、かえってこの場にいる真祖の断片たちの団結が深まった気がした。


 もちろん、それは彼が望む方とは真逆に、だけど。


「倉見くん」


 私の隣の席に座ったチヨが言う。


「あなたが今回の会議を開催したんだよね◇ 悪いけれど、さっさと議題を話してくれないかなぁ♤」


「残念だが、今の僕の仕事はそれでね。察しがついてんだろ、月代」


 パーカー姿の男子、倉見は円卓に頬杖ついてチヨの言葉に応じた。


「……アカリちゃんに頼まれたんでしょ◇ だから倉見くんは可能な限り引き延ばしたい。でもさ、街中を化け物が暴れてるのは事実なんだ。まあその原因はみんなの言うとおりこの人なんだけど♡」


「君、かわいい弟子のためにと張り切った師の気持ちを少しはだね……」


「倉見くん。倉見くんの家——たしか烏守駅の南口の方だったよね」


 チヨの言わんとすることは、私にもすぐにわかった。


 倉見は舌打ちして、


「…………わかった。そんじゃあ時間稼ぎもほどほどに、会議を進めさせてもらうか。悪いな、暁」


「ううん。会議を開催してくれただけでも、十分助かってるから」


 それに、アカリならばきっと、会議が短時間のうちに終わっても自分の仕事をちゃんと終わらせておいてくれるはずだ。


「して、議題は?」


「僕の議題はかなり真っ当なものだ。この場の全員にとって関係のある話だと確信している」


「カード名が云々、という話ではないと?」


 クロちゃんの肩がびく、と震えた気がした。


「ああ違う。そんな下らない話じゃない」


 クロちゃんが俯いたまま、肩を震わせる。


「決闘の勝敗に関係することだ」


「……?」


 議題の内容は倉見の判断に一任している。私達の作戦としては、倉見に断片会議を開催してもらって時間を稼ぐ、というところまでしか決めていない。

 議題についてじっくり話し合う時間はなかった。


 最低限必要な情報の共有でかなり時間を食ってしまったためだ。


 だから私ですら、倉見の提示する議題がなんなのか知らない。


「決闘には、敗者が勝者の命令に従うというペナルティ——エクストラ・ペナルティが存在するだろ? その内容次第じゃあ、【集血の決闘】に挑むのがちと簡単になり過ぎるっていうか…………契約者を簡単に上級屍食鬼にできてしまうんじゃないか、と気付いてな」


「——ああ」


 ジンが口を開く。


「つまり貴様はこう言いたいのだな。例えば、エクストラ・ペナルティで『可能な限りれに勝負を挑み続け、降参し続けろ』と命じれば、命じられた者はその一敗を以てして上級屍食鬼になるまで敗北し続けることが約束されてしまうと」


「そういうことだ」


 倉見は頭を掻き、「つまり」と言葉を続けた。


「僕の議題は、決闘の勝敗は参加者の自由意志とゲームの結果によってのみ決まるものであるべきであり——エクストラ・ペナルティだとか契約だとか、そういう強制力の介在を許すべきではない。……という話だ」


「————妙だな」


 テレジアが訝る。


「その仕様の穴は、前回だかその前だかの奉魂決闘で解消されたハズ……なんだが……オイ。ヘルメス。テメェまさか…………」


 ヘルメスは肩をすくめた。


「どうやら、術式の調整をしている間に、その仕様を復活させてしまったらしいね。いやあすまない」


「わざとだろうがテメェ!!」


 テレジアがヘルメスに手のひらを向ける。その瞬間。ヘルメスの胴体に真ん丸の穴が空いた。


◇◇◇


 結論から言えば、議題についてはそもそも全会一致で、議論の余地がなかった。

 とはいえ、ある程度の引き延ばしには成功……したと言えるだろう。理由はほとんどヘルメスの自業自得で、私達が何かするまでもなかったのだけど。


 ともあれ、倉見は良い仕事をしてくれた。これでもう、エクストラ・ペナルティやその他の魔術や異能による降参はありえない。

 ……もっとも、シンプルに人質とって脅すとか、そういうことであれば起こり得てしまうようだが。


 ちなみに、時間稼ぎのために私の【複製ミメシス統血権ドミニオン】でこの場の全員の身体を拘束し、議論が進まないようにしようかとも思ったけれど——それについては、できるイメージが湧かなかった。

 他人の血を支配下におくイメージも、クロちゃんがやったように身体の中の血を破裂させて体内から爆破させるイメージも、どうにもつかめない。

 端的に言えば、できる気がしない。


 それでも、5分は稼げたと思う。アカリならきっと何か為し遂げてくれているはずだ。


 投票が終わると、ヘルメスは席に着いた全員を見て頷いた。


「……投票の結果は全会一致。此度の議題は奉魂決闘の新たなルールとして承認され、これにより強制的に対戦相手を敗北させることは何如なる手段によっても不可能となった」


「一つ確認するが、」


「なんだねテレジア。端的に頼むよ」


 キシシ、と笑ってテレジアは言う。


「まァそう急くなよ。脅しとか交渉とかそういう手段で相手に負けさせる——これは、依然アリという認識で構わねェな?」


「無論だ。あくまで今回の話は『エクストラ・ペナルティを含む魔術的方法による降参宣言の強制を禁止する』ということだったからね。実装としてはという形式になる。脅迫や交渉は魔術等によって自由意志を歪めているとは見做されない」


「ついでにれからも質問がある」


 と挙手したのはジンだ。


「君もか」


 ……もしかして、テレジアとジンは時間稼ぎに手を貸してくれているのだろうか?


「なに、ただの確認だ。すぐに済む。……決闘には、いくつかの反則行為が規定されていたな。相手の手札の覗き見や、決闘卓の破壊などがそれに該当すると記憶している」


「ああ。そうだね。それが、どうかしたのかな?」


 ヘルメスが先を促すと、ジンは言った。


「たとえば、エクストラ・ペナルティで『自分との決闘では反則行為を行え』と命令した場合でも、その自由意志の復活は適用されるのか? 程度にもよるだろうが、反則には何らかのペナルティがあるはずだ。即座に敗北になるものもあるだろう」


 つまり、自分で自分を不利に追い込ませるような命令や、直接降参を命じてこそいないが降参を命令するのと同じ結果になるような命令についてはどうか、という話だ。

 単に強制的な降参宣言を封じただけでは、それらの命令は禁止できていないように思う。


「……ふ。そこに気付くとは流石だねジン」


 ヘルメスは曖昧な笑みで応じた。


「だが、君の懸念もまた今回の議題によって封じられているよ。反則行為、利敵行為に関してもまた強制はできない——それらもまた、『決闘の勝敗に関連する事案』として扱われる。もちろん、その基準はかなり曖昧ファジーだがね」


「……であれば、己れからはもう言うことはないが」


 と、ジンはこちらへ顔を向けた。目を閉じたまま。どうやら能力を使うつもりはないらしい。私にも。私の隣に座るチヨにも。


「暁シズク。お前は、何か言うことはあるか?」


「……私、からは」


「ないならさっさとないって言おうよ♧ 街中にバケモノが出てるんだよ。いくら不死身だからって、契約者にだけ対処をさせるのはちょっとどうかと思うんだよね◇」


 ヘルメスと組んでるのは自分のくせに——とは思うものの、街中にバケモノが出てるって話は事実のようだ。

 バケモノ退治に動員できるはずの真祖の断片をいつまでもここに留めておくわけにはいかない。


 断片会議中は、決闘空間の外と同じ速度で時間が流れると聞いた。決闘空間の外ではほとんど時間が流れない決闘中とは違う、と。


「……ない。終わりにしてもいいよ」


「では、ここに、断片会議の閉会を宣言する」


 こうして、断片会議カンファレンスは再び幕を下ろす。


 椅子が消え、円卓が消え、足下に扉が現れる。来た時と同じように、扉の中に落ちて私達は現実へと帰還する。


 その、間際。


 背筋がぞくりと震えた。


 なにかとてもおぞましいモノが、この世に這い出してきたかのような————そんな気配がして、消えた。



(続く)

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