04 / 現場検証

「放課後ぶりね。シズク」


「アカリ?」


 長い金髪に170cmはある身長。私同様に運動に向いたスレンダーな体付き……宵星アカリがそこに立っていた。


「……今、失礼なこと考えてなかった?」

「そんなことないよ」

「考えてたのね」


 この勘の良さ――間違いなくアカリだ。


「ま。それはさておき。つまりは彼、【白き腕のヴァレンタイン】の契約者はこの宵星アカリってワケ。……ま、今となっては同時に、強情な真祖の断片のせいであなたに魂の五分の一を持ってかれた、哀れな契約者でもあるけどね」

「あっ、そういえばそうだよね……返した方がよかったり?」


 尋ねると、アカリは首を横に振った。


「ヴァレンタインから聞いてるでしょ。1枚失った程度じゃ大きな問題にはならないからいいわよ。それに、決闘以外の手段で霊札の所有権を移動させることはできないから、やるならまた決闘することになるけど……面倒でしょ?」


「まあ、アカリがいいなら貰っておくけど……」


「そ、れ、に」


 とアカリはびしっとヴァレンタインを指差した。


「私に意見を求めず、勝手に決闘して勝手に負けた、そこの真祖の断片が全部わるいんだから。シズクが責任を感じる必要は微塵もないわ」


「………………っ」


 ぐうの音も出ないとはまさにこのことか。反論できないヴァレンタインのもとにアカリはずかずかと歩み寄り、威圧する。


「……私、言ったわよね? 直接交渉するから、時間稼ぎをしておいてちょうだいって。あなたにとっての時間稼ぎが決闘のことだったとは、想定外も想定外なのだけれど。ねえ?」


「面目ない」


「はあ。……ま、あなたの心情を思えば強硬策に出るのも仕方ないことではあったのかもしれないけれど……過ぎたことにぐちぐち言ってもしょうがないし、ここまでにしてあげるわ」


 それで、と口にしてアカリは下を見る。その視線の先にはスキンヘッドの男の死体があった。


「……それで、これはどういう状況?」


 ◇◇◇


 ヴァレンタインや私、クローディアでことのあらましをアカリに説明した。アカリからも情報を共有してもらったことで、今日、ここに至るまでのおおよその流れを把握することができた。


 まず、最初の出来事はアカリの家にかかってきた非通知の電話だった。


「ユイ——うちのメイドね——が応対したから、私は直接聞いていないのだけど……ボイスチェンジャーのかかった声で、こう言ったそうよ。『私立玉兎東高校に屍食鬼が出ている。一体は正門付近、もう一体は神秘探求部の部室だ。【無名の霊札】が欲しくば、そこに行け』——って」


「【無名の霊札】っていうのは……?」


「これだ」


 月明かりだけが照らす部室の中、ヴァレンタインはポケットから真っ赤なカードを私に見せる。紋様こそないが、物質化した魂——霊札アニマ・カルタにそっくりだ。

 ——というか、それと同じものを私は見たことがあった。


「……『シラノ』に挟まってたカード!」


 アカリが頷く。


「ええ。だからあの時、あなたが部室で【無名の霊札】を見せてきた時には、内心びっくりしたわ。……それはね、身体から抜き取られた屍食鬼の心臓が変化したものなの」


 なんか……とんでもないことを言ってない?


「もちろん、本来の屍食鬼にそんな面白い性質があるわけじゃあないわ。あくまでも、奉魂決闘の影響ね。……で、このカードの使い道は二つ。一つは、魔力源として運用すること。残滓とはいえ、一応は物質化した魂だから、魔力リソースとして使える。——そして、もう一つが」


 アカリがヴァレンタインにアイコンタクトを取る。と、ヴァレンタインはそのカードを手で握り潰した。軽快な音を立てて、破片が周囲に散り——光の塵となって消える。

 やがてそれは空中で収束し、カードの形をつくる。ただしそれは、元のカードではなく——深紅断片クリムゾン・フラグメンツのカードとして、だ。フォーマットを見るに種別は権能。カードテキストとイラスト、そしてカードの効果が記述されている。


「見てのとおり、深紅断片クリムゾン・フラグメンツのカードに変換できる。たとえばこの場合は、カード名が《飛び出し注意》。効果が『このターン、ターンプレイヤーはバトルフェイズをスキップする』……というかねえ、シズク。もしかして、この人シズクの知り合いだったりする?」


 死んだ人にこんなこと言うのも良くないけど、このちょっとガラの悪そうな雰囲気の人と私が?


「……いや、知らないと思う、けど」


「このカードのイラストで飛び出してきてるの、服の特徴とか髪型がシズクそっくりなんだけど……」


 言われてみれば、確かに似ているかもしれない。色合いからして時間は夕方。服装や髪型はいま着ているものと同じ。コートに黒タイツ。セミロングの黒髪。そして、……


「——————あ」


「何か、心当たりがあるの?」


 私は今日の夕方に起きた一幕を説明した。アカリは何か言いたげな顔をしていたけれど、黙って最後まで話を聞いてくれた。

 話を聞き終えたアカリが、口を開く。お説教なら短いと助かるなあと願っていたのだけど、そうではなかった。


「怪しいわね」


 ——そう、言った。


「怪しいって、何が?」


「偶然にしては出来すぎてるって話。夜勤だった警備員はまだしも、この人は明らかにどこか他所にいたところを屍食鬼にされて、ここに連れて来られてる。しかもそれが、シズクと関わりのある人物となれば、何者かの作為を疑いたくなってしまうわ」


「……考え過ぎでは? シズクさんとの関わりにしたって、車で轢きかけた、轢かれかけたという程度のものですし」


「そうね。……きっと、私の考え過ぎだと思うわ」


 アカリは引き下がる姿勢を見せたが、納得してる顔ではなかった。

 ともあれ、話を戻すと——


「ええと、それでアカリの家に電話がかかってきたのは何時ごろ?」


「夕食を終えた直後だから、18時35分くらいだったはずよ」


「私のところに電話がかかってきたのは、45分だった。『一人で神秘探求部の部室に来い』ってボイスチェンジャーを通した声で。続けてチヨが縛られてる写真が送られてきて……」


 スマホを渡して、メッセージアプリ『フギムニ』のチャット画面をアカリに見せる。


「電話も写真も、チヨのアカウントから来たのね。それで、送られてきたのがこれ、と」


 アカリは画像を見ると、顔を上げた。部室の中を歩いて、スマホの画面と見比べる。しゃがみこんだところで、確信を得たのだろうか。頷きをひとつ。


「なるほど。ここから撮影したみたいね」


 スマホのフラッシュが光る。アカリが確認用に撮影したようだ。スマホを返してもらって、アカリの撮った写真を見ると、背景の壁や棚の角度が送られてきたものと一致していた。


「……ところでシズク。ひとつ訊きたいのだけど、チヨのスマホってあなたのと同じサイズ……だったわよね?」


「うん。機種はおそろいで選んだから。それが、どうかした?」


「……いえ。だとしたら当然、送られてきた画像もチヨのスマホで撮影されたものなんだろうなって、思っただけ」


「でも、ここで撮影されたんだとしたら、やっぱり変ですよね」


 私の横からクロちゃんがスマホの画面を覗き込んで言う。



 ————ああ。そうだ。私がここに来て最初に覚えた疑問。違和感はまさしくそれだった。


「そうだ。写真ではチヨは頭から血を流してるのに……この現場は、血のにおいがあまりにもなさすぎる」


 椅子や床にも、血痕らしきものは見られない。


「血を拭きとる時間は……」


「難しいと思うわ。ヴァレンタインとあなたの決闘が始まったのが、18時57分だった。ということはヴァレンタインが部室に来たのはもっと前で——拭きとる十分な時間があったとは思えない。……シズク、あなたに電話をかけたその時点でもう既にのなら、話は別だけど」


 アカリがずいぶんとはっきり断言する。どうしてアカリが把握してるのか——とそんな感情が顔に出てしまっていたのだろう。アカリは説明してくれた。


「シズク、あなたは知らないでしょうけれどね、決闘が始まると時間が止まるのよ」


「どういうこと?」


「そのまんまの意味だ。決闘の開始が宣言され、決闘空間が展開されたその時、この世界の時計は動きを止める。例外的に、決闘空間に真祖の断片を持つ契約者たちだけが、決闘空間の外にいても活動を許されるのだ」


「だから私、車で向かっていたんだけど途中からは走ってここまで来るハメになったのよ」


 アカリが恨めしげに言う。言われてみれば、アカリからは汗のにおいがした。


「ユイに途中まで送ってもらってね。だけど時間が止まってるんじゃ車も走らせらんないから……」


 ユイさん、というのは電話をとったというメイドさんか。


「なるほどね……それで、今が19時5分。時系列を整理するとこう、かな。時間はだいたいで書いてるけど」


 メモアプリを起動して、時間と出来事を書き込んでいく。



18:35 …… 宵星邸に電話。無名の霊札が欲しければ学校に来いという内容。ヴァレンタインとクローディアが学校へ。アカリは車で学校へ。

18:45 …… シズクに電話。誰にも言わず一人で来いという内容。チヨが頭から血を流している画像が送信される。

18:50 …… シズク、正門前に到着。若干遅れて、ヴァレンタイン・クローディアも学校に到着。

18:57 …… シズク&クローディアとヴァレンタインで決闘

(決闘中は時間が流れないためこの間の経過時間は不明)

18:58 …… アカリ、部室到着。



「そうね。概ね間違いないと思うわ。……ていうか、シズク。あなた電話を受けてから5分でこの学校まで来たの?」


「か、火事場の馬鹿力ってやつかなぁ……ほら、パルホール?とかやってたし、こう、屋根とか伝っていけばけっこうショートカットできるから」


「それを言うならパルクールね。ウソが下手すぎ。……ま、触れてほしくないなら追及しないでおいてあげるけど」


「まあ触れてほしくないも何も、自分でもなんでそんな早く動けるのかさっぱりわからないだけなんだけど……」


 だから聞かれても答えようがない。ただそれだけの話だ。


 ふうん、とアカリが呟いて何か言おうとした、その時だった。バイブレーション音がした。私のスマホではない。


 アカリはポケットに手を入れると、スマホを出して画面を見る。


「ユイが到着したみたい。とりあえず私たちは帰ろうと思うのだけど、シズク、あなたはどうする?」


「どうって……?」


「選択肢は三つ。ここに残って現場検証するか、ユイの車で家まで送り届けてもらうか、一緒に、私の家に来るか……私としては3番目をオススメしとくわ。あなたが呼び出されたってことは、あなたは誰か——私達をここに呼び出した存在にマークされてるってことだもの」


「つまり、家に帰ったら家族に被害が及ぶかもしれない……ってこと?」


「そういうこと」


 アカリは断言した。アカリのこういうきっぱり言うところが、私は好きだ。


「それに、一緒に来てくれるなら、色々と教えてあげられることもあるでしょうから」


「……でも、それじゃあアカリの方に迷惑がかかるんじゃ」


「心配は無用だ。——宵星アカリの家には、奉魂決闘の関係者しかいない」


 ヴァレンタインが言う。


「お、親とかは……」


「両親は他界してる。……ああ、気にしないで。もう何年も前の話だし……それで、いま家にいるのは私とヴァレンタイン、クローディア、そしてさっき話に出したメイド、ユイの4人だけなの。で、ユイも私と同じくヴァレンタインの契約者。つまり不死身ってわけ」


 住民全員が不死身の家、というわけか。


 たしかにそれなら、少なくとも命の安全だけは保証されるだろう。


「……わかった。じゃあ、とりあえず今晩はアカリの家に泊めてもらうことにする」


 その後、私達は部室の写真をいくつか撮って、屍食鬼にされたスキンヘッド男の死体とともに学校を出た。警備員さんの死体は、【無名の霊札】を回収した上で、学校の守衛室横に移動させておくことに。


 スキンヘッド男の死体については、ヴァレンタインが頃合いを見て人目につきやすいところに遺棄する、とのことだった。


 アカリは何も説明してくれなかったけれど、これこそがちまたに言う「吸血事件」の真相なのだろう。こうやって、アカリやヴァレンタインみたいな人達が屍食鬼を殺し、その亡骸をちゃんと誰かに見つけてもらえる場所に置いている。


 万一にでも遺棄してるところを目撃されてしまえば、面倒なことになるのに違いないのに。わざわざそうしているのだ。


 ……人目につかない場所に遺棄してしまっては、その遺族は帰ってくるはずのない人を待ち続けることになってしまうかもしれないからとか、たぶんそんな理由で。


 だからと言って、褒められた行為じゃないと思う。結局のところそれは、真相を闇に葬ろうとする行いなのだから。特に、今回の件はどちらかというと真相を隠すことの方が主目的のはずだ。

 場所は学校で、明日は平日。ほっといても誰かしらが見つけるに違いないのだから。


 けれど、結局私はその行為を看過した。「バトルロイヤルしてる吸血鬼たちのうちの一人が血を吸って殺して、自分の傀儡にした上で学校に侵入させた」なんて真相が常識的に考えて認められるはずもないし、それならいっそ、闇に葬ってしまった方が良い。


 それに、生徒達への影響を考えるなら、学校にある死体の数は少ない方が良いに決まってる。


 ——なんて。そんなことを、思ってしまったのだ。

 一体何様のつもりなんだか。


 ちなみに、正門前の防犯カメラは破壊されていた。おそらくは屍食鬼の仕業だろう。何度も何度も執拗に殴りつけて、ガラクタ同然になるまで徹底的に壊されていた。


「……録画データはクラウド保存されているけれど、きっと手がかりらしい手がかりはないでしょうね。わざわざ学校に屍食鬼を配置するくらいだもの。下調べはしっかりしてるはずよ」


 と、アカリは言った。


 ちなみに校内設置の防犯カメラは駐車場や職員室の近辺にしかないらしく、どちらも神秘探求部の部室へ向かうルートからは遠く離れている。何も写ってないだろう、とのことだった。


 ……なぜアカリがそこまで玉兎東高校のセキュリティに詳しいのか。気にはなったが聞いてはいけない気がして聞けなかった。


 チヨの行方、私達が呼ばれた理由……たくさんの謎を抱えたまま、私は黒のSUV車に乗り込む。


 死体遺棄の役目を負ったヴァレンタインを残して車は出発し、一度私の家に寄ることになった。流石に、家族に何の説明もしないままというのは良くない。


 心配をかけてしまったカオル兄さんと叔母さんに謝ってから、アカリに上手いこと誤魔化してもらい、外泊の許可を取り付ける。

 そうして、着替えと、明日の授業で使う教科書・ノートをカバンに入れて、……ついでに、カオル兄さんからタッパーに入れた食べかけのナンとカレーを貰って、家を出た。


 時間にしてみれば、まだ私があの電話を受け取ってから1時間と経っていない。

 それなのに随分と――随分と色んなことがあった。


 きっと、この先も色々なことが起こり続けるのだろう。


 ……けれど今は、少し疲れた、気がする。


 車窓から見上げる空には星一つなく、月はあまりに細い三日月。これから先を憂いながら、私は微睡まどろみに身を任せた。


(続く!)

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