第2節 事件の整理

03 / この中に、ヴァレンタインの契約者がいる

『――決闘終了デュエル・フィニッシュ。勝者、【深紅の血のクローディア】陣営。勝者陣営は敗者陣営より霊札アニマ・カルタを1枚獲得します』


 決闘空間に私達の勝利を告げるアナウンスが流れる。


『また、敗者【白き腕のヴァレンタイン】陣営は今回の奉魂決闘期間中、勝者の定めしエクストラ・ペナルティに従う義務を負います』


「……見事だ。暁シズク、そしてクローディア」


 ヴァレンタインはクロちゃんに撃たれた胸から血を垂れ流しながら、こちらに拍手している。


「同時に不甲斐なく思う。君たちが、この戦いに参加することを止められなかった己自身を」


 ぎり、という歯噛みする音がこちらまで聞こえてくるかのようだった。


 同時。

 セカイが泡のように弾けて消える。

 決闘空間が解除されたのだ。

 私達は元いた部室に立っていた。


「……ともあれ、これで私たちは君の要求――月代チヨの捜索に協力することになったわけだが」


 ヴァレンタインが言う。見ると、いつの間にか胸の穴は消えていた。

 いや、彼の方だけではない、私の服もまた穴なんて空いてないきれいな状態に戻っている。心臓を杭でぶっ差したことによる出血も、なかったことになっていた。

 おそらくあの空間で発生したダメージはすべてなかったことになるのだろう。


「——君は本当に良かったのか?」


「なにが?」


「賭けの件だ。内容はあくまで、私たちが月代チヨの捜索に協力すること。——君たちを奉魂決闘の舞台から引きずり下ろすことを諦める、という内容ではない」


「…………あー。つまりこういうこと? また、私を下ろすために勝負を仕掛けるかもって?」


「決闘中は認める、みたいなこと言ってませんでした?」


「確かに、君たちの覚悟は認めた。だが、君たちが奉魂決闘に参加することを許したつもりはない」


 なんだその頓知。


「じゃあやる? もう一回」


 訊くと、ヴァレンタインは首を横に振った。


「いいや。……どうやら私の契約者がここに到着したようだ。一度ならず二度までも独断で決闘したら、何を言われるかわかったものではない」


 ——そうか。契約者。

 決闘は契約者の魂を賭け金に行われるという。ならば必然、ヴァレンタインにも契約者はいる。そういうことに、なる。


「てか独断だったんですか?」


 クロちゃんが呆れたふうに言う。


「独断で他人の魂を賭けた挙句、負けたんですか?」


 思ったよりかなり詰めるなこの子……。ヴァレンタインは口を真一文字に結んで黙ってしまう。


 と、その時。廊下を歩く足音が聞こえてきた。


「————っ!」


「おや、どうやら到着したらしい」


 カシャン、とヴァレンタインが部室の扉の施錠を解く。クロちゃんの追及を逃れられて幸い、といった雰囲気を感じなくもなかったが————契約者の姿を見て、それでころではなくなってしまった。


「…………」


 ヴァレンタインの契約者は今日、私と学校で会った時と変わらぬ姿で、そこに立っていた。


◆◆◆


【8時間前】


 クラス委員なんてやっていると、思いがけず手伝いを頼まれることがある。今日の昼休みのように。


「ありがとー暁さん。わたし、お箸より重いもの持ったことなくてー」


 ふわふわとした雰囲気の担任教師、小鳥先生の言う一瞬で嘘とわかる冗談を「ははは……」と愛想笑いで受け流し、私は美術準備室を出た。


 なんでも新しい画材とキャンバスを大量に注文したとかで、それなりの量のダンボールを運ばされたのだ。美術部の顧問も兼任してるんだから美術部の部員に任せればいいのに、とは思うが口に出さなかった。


 愛想良く人当たり良く。良い顔しておけばちょっとの欠点くらいは目をつむってもらえる。

 ——という友人の教えを愚直に守った結果である。


 校内の自販機で紙パックの牛乳を買って、一口飲む。

 さて、どうしようか。

 お弁当は持ってきてないから購買で何か買う予定だったんだけど……小鳥先生の手伝いに時間をとられた。購買にめぼしいものはほとんど残ってないだろう。あの駄菓子みたいなカップ麺——いや、カップ麺みたいな駄菓子なら残ってるだろうか。


 なんてことを考えながら購買を目指す。

 我らが私立玉兎東高校の購買部はカフェテリアに併設されるかたちで存在している。食堂の入口から入って左手側の広々としたエリアがカフェテリア、右手側の休憩スペースを有するこじんまりとしたエリアが購買、というふうに。

 購買は、こじんまりとしてる割に商品の取り揃えは中々悪くない。つまり在庫はないが質のいい食品・菓子類が揃っている、ということになる。


 その結果何が起きるかと言えば——


「売り切れてる……!」


 熾烈な昼飯争奪戦のあとにはぺんぺん草ひとつ残らない。いや、文房具とかお菓子とかは残ってるけど。

 そう。お菓子は残っていた。そして私は発見するお菓子コーナーに並ぶ紙コップ大のカップ麺『トリメン』を。

 残りは3個。「そこになければないよ」が購買のおばちゃんの決め台詞だ。トリメンもここにある分で全部だろう。


 2個……いや3個……空腹感を誤魔化すには1個ではどうにも心もとない。今からでもカフェテリアに行く? でも今日は部活がある日だから、チヨが部室で待ってるだろうし……。


 なんて悩んでいると、声をかけられた。


「よっ暁!」


「……西条先輩」


 学校指定の臙脂色のジャージを着たショートカットの女子生徒、西条先輩。最近、女子バスケ部の部長の座を引き継いだという二年生だ。


 彼女が私に声をかけるということは、用件は一つしかない。


「練習試合の助っ人なら嫌ですよ。土日はゆっくりしたいんで」


「そこをなんとか!」


 ぱんっ!と合掌して頭を下げてくる。

 ピークは過ぎたといえど、ここは購買。周囲にはそれなりの数の生徒がいた。

 にわかに、周囲がざわめきだす。


「あれ、暁さんじゃない?」

「ほんとだ。谷間愛好者クレバレッジ・アディクトさんだ」

「えっ。谷間愛好者クレバレッジ・アディクトって実在したの? 巨乳の女子がトラックを走ってたらいつの間にか隣を併走してくる妖怪だって聞いたけど」

「私はマラソンで倒れそうになった巨乳の子が暁さんに抱えられて先生のところに運ばれたって聞いたよ」

「俺の友達が言うには、文化祭で漫研が頒布してたHカップ合同誌を3冊買っていったとか……」

「二次元も守備範囲なんだ」

谷間愛好者クレバレッジ・アディクトの愛に次元の壁は関係ないんだよ……たぶんね」


 違う。違う。全然違う。


 その噂は誤解と尾鰭がくっつきにくっついてる。ただのスズメがクジャクに誤認されるくらいには壮大に話が盛られてる。

 てかマラソンで倒れそうになってたのを助けたのは別に巨乳だからじゃないし、漫研の部誌を三冊も買ったのは叔母さんに土下座で頼み込まれたからで私が読みたかったわけじゃないし……!


 ——と主張する気も失せるくらい谷間愛好者クレバレッジ・アディクトのあだ名はいつの間にか学校全体に広がりつつあった。こうなったらもう下手に止めるより噂が膨張に膨張を重ね、破裂するのを待つしかない。

 この分ならそのうち、多元宇宙すべての巨乳を侍らせるために活動する魔術師だ——みたいな噂にまで発展するでしょ。たぶん。


「……暁。いや谷間愛好者クレバレッジ・アディクトとしてのお前と取引したい」

「その不名誉なあだ名を出された時点で取引に応じたくなくなったんですが」

「まあ、まずはこれを見てくれ」


 先輩がスマホの画面を見せてくる。大方、巨乳の選手の試合映像で釣ろうって腹積もりだろう。

 先手を打つことにした。


「……烏森高校の大野ヒロミ」

「————っ! なんでわかった?」

「ウチと練習試合があるとすればそこかな、と。それで、改めて今、このタイミングで私に見せて興味を惹ける女子生徒——つまり、先々月の練習試合には出てなかった生徒がいるとすれば——それは転校生の大野さん。彼女以外にありえない」


 まあ、彼女とは個人的に付き合いがあるというか……同じ中学出身のよしみということでちょくちょく情報が入ってきてただけなんだけど。


「ふっ。どうやらあたしは谷間愛好者クレバレッジ・アディクトを舐めてたみたいだ…………」


 なんだか変な誤解をして、先輩は私にビニール袋を渡すと購買から去っていく。


「今週土曜日。市民体育館。気が向いたら来てくれ」


 袋の中は牛乳パックが2本とトリメンが2個に牛カルビのバクダンおにぎりが1個。

 ……行ってあげるべき、なのかもしれない。


「シズク。あなたまた練習試合の話引き受けるつもり?」


 背後から呆れ混じりの聞き馴染みのある声。

 振り返るとそこには、予想通りの人物がいた。

 金髪のロングヘアに赤茶系の凛々しい色をした瞳。海外の血の影響か、170cmの高身長。そして私に似たスレンダーな体躯。


「アカリ」


 私の親友、宵星アカリだった。


「……まあ、昼食を奢られてしまったからには、行かないと不義理になるし」

「ふうん。巨乳の子がいるから、とは言わないのね」


 冷ややかな目でアカリは言葉を返してくる。巨乳の女の子をエサにすればなんでもすると思われるのはさすがに心外だ。……いや、実際そう思われても仕方ない言動をしてきたことは認めるけど。


「ま、いいわ。部室に行きましょ。チヨが待ってる」


◇◇◇


 部室ではチヨがホワイトボードの前でそわそわと待機していた。

 私達が部室に入ると、チヨは私達に座るよう促す。どうやら、また何かやるつもりらしい。

 給湯器でトリメンにお湯を注ぎながら、私はチヨの話を聞く。


「……こほん。私たち神秘探求部は、その名のとおりこれまで、この世に存在する様々な神秘を追ってきました。

 たとえば、女子バスケ部の地区予選に観戦に行ったりとか、地元の心霊スポットということで、お山の中の洞窟に行ったりとか、地域の妖怪伝説の真相を検証したりとか……色々なことをしてきました。しかし、ここで一度、身近なところに立ち返ってみましょう」


「というと?」


 私が先を促すと、チヨちゃんはにっと笑みを浮かべた。


 ホワイトボードをバン!と叩いてひっくり返すと、チヨがあらかじめ準備しておいたのであろう手描きの企画ロゴが現れる。


「どんな家にもあるはず! 曰くつきの物品の1つや2つ! ——というわけで、おうちの神秘を持ち寄ってみようの会を! 開きます!」


 おー……、と私とアカリは拍手で応える。


 あんまりチヨのテンションについていけてないのが正直なところだった。


「……で、具体的には何持ってくれば良いの? ウチなんてそういう物は山程あって1つに絞るのが大変なくらいなのだけど。あ、なんならオークションで競り落としてきましょうか?」


 アカリがお嬢様全開の発言をさらりとする。

 実際、彼女の家は大企業V.C.ウェスペル・コーポレーションを経営する一族で、彼女が今住んでいるお屋敷すらあくまでも「別邸」という扱いのトンデモお金持ちなのだけど。


 アカリはコートのポケットを探る動きをしたあと、「あ、スマホ修理中だった」と呟く。


「……競り落とすの、やっぱり家に帰ってからやるわ」


 いまここでやるつもりだったらしい。


「んー……♤ 来歴や曰くについてはそこまで問わないから競り落とさなくていいよ♢ あと、部室に持ち寄ってもらう予定だからスクールバッグに入るくらいの大きさで、壊れにくいもの、でよろしくね♧」

「了解。開けてはいけない引き出しのある化粧台とかはやめておくわ」

「うん。そういうガチっぽいやつもやめてくれると助かるかな……♤」


 ……身近な神秘、か。私は叔父さんの家に住まわせてもらっている身分なので、家に元々あったものを持っていくっていうのはなんだか気が引けるな……。

 となると自分の持ち物で何か————と、考えてみて思い出した。


「————あ。そうだ、今日その話をするつもりだったんだった」


「? なにが?」


「身近な神秘だよ。……ええと、私さ、昔大きな事件に巻き込まれたって話は、もうしたよね」

「ええ。ホテルでの爆破テロでしょう。奇跡的に生き残ったって……」


 ホテル・ニューカラスモリ爆破テロ事件。

 この街で知らぬ者はいないであろう大惨事だ。事件当時、ホテル内にいた人間は一人を除いて全員が死亡という——多数の死者を出した凄惨なテロ。

 そして、そのたった一人の生存者こそが、私だった。


「まあ、ご覧の通り後遺症らしい後遺症もない五体満足だったわけだけど……事件が事件だったから。しばらく検査入院してたんだよね。……んでまあ、その時、見知らないおねえさんに出会ったの」


 五年前。雪の日。私に一つの指針をくれたのが、その人だった。


「そういえば、前にもそんな話してたわね。……たしか、本をもらったって」

「…………うん。これね」


 言って、私はコートのポケットから一冊の文庫本を取り出す。部室で見せようと思って入れておいたのだ。

 ちょっとクセのついた文庫本。その本のタイトルをアカリが読み上げる。


「『シラノ・ド・ベルジュラック』? ……へえ、良い趣味してるわね」

「貰いものだけどね。その、おねえさんからの」

「で? その本がどうかしたの?」

「いや、問題は本じゃなくて、本に栞がわりに挟まれていた、カードなんだよね」


 シラノをぱらぱらとめくっていくと、真ん中のあたりのページで止まった。そこに挟まれているのは、金属のような光沢の、真っ赤なカード。


「……これが、その?」


 チヨの言葉に頷きで応じる。本から取り出して、二人にそのカードを見せる。


「このカード、先週までは錆びてるみたいに黒ずんでたんだよね。それが、昨日、なんとなくシラノを開いてみたら——こんなふうに、ピカピカになってた」


「シズクちゃんが磨いた、とかじゃないんだよね♧」


「前に一回磨こうとしたことはあったんだけど、全然落ちなかった。だからそういう模様なのかと思ってたんだけど……」


「いつの間にか、ひとりでにピカピカになっていた、と」


 にわかに部室が沈黙で満ちる。

 ちょっと音を立てるのが憚られる空気だけど、そろそろ頃合いなのでトリメンの蓋を開けてプラスチックのフォークで食べることにする。


 ずりゅりゅりゅりゅと麺を啜っていると、椅子に座り直してチヨが言う。


「——なるほど。まさに神秘……だね♧ でもね。シズクちゃん♡」


「?」


「これはダメです♡」


 そして小さく指でバツを作る。チヨのこういう、かわいい、というよりもあざとい仕草が私は嫌いじゃない。


 が、それはそれ。これはこれ。まさに神秘なのに一体何が駄目だというのか。


ふぁんふぇなんで?」


「ガチすぎる♤」


 チヨの言葉に、アカリもうんうんと頷いて同意を示した。


「そうね。あなたのせいでハードルが2mくらい高くなったわ」


「バランスブレイクが過ぎるのでこれは禁止でーす禁止♡ 禁止カード🤡」


 チヨはどこからともなくトランプの束を取り出すと、ジョーカーのカードをぴらっと見せた。


 私はトリメンのスープをごくごくと飲み干してから二人に問う。


「じゃあ、私は何を持ってくれば……?」


「シズクちゃんは生きてることそれ自体が神秘ってことで——手ぶらでいいよ♧」


「そうね。シズク、あなたの身体こそ神秘ってことで」


「それなんか嬉しくないんだけど……」


 …………と、そんな話をしていたら昼休みはあっという間に過ぎていく。


 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り、今日の部活動は終了となる——はずだった。


「ねえシズクちゃん」


 チヨが、私にひそひそ声で話しかける。


「……アカリちゃんに内緒で、放課後、ここに来て。シュウくん同伴でよろしく」


 最近はご無沙汰だった、チヨからの「お誘い」だ。


◇◇◇


 かくして放課後。西陽の差し込む部室には三人の男女が集まっていた。

 一人は私、暁シズク。もう一人は月代チヨ。そして最後の一人、審判役——もといディーラーとして呼び出されたのが我が部の幽霊部員にして唯一の男子生徒、倉見シュウである。


 私は熟考のすえ、宣言する。


「レイズ」


 するとチヨは即座に応じてきた。


「コール♡」


「——カードオープン!」


 倉見の掛け声で、互いのカードをテーブル上に置く。結果は、チヨのカードが♤の2で、私のカードが♤のA。


 同じスートの時は、原則として数字の大小で勝敗が決まる。——つまりこの勝負は私の負け。

 だが、このゲームで真に重要なのはここからだ。


「じゃあ問題。この第5セットの勝者は、私、月代チヨである。True or False?」


「…………True」


 私は倉見の方を見る。倉見は片手をパーカーのポケットに突っ込んだ姿勢で、スマホの画面を見ながら答えた。


「正解は……False!」


「負けたぁぁ!!」


「シズクちゃんはもっと、相手の顔色うかがうこと覚えた方がいいかもねぇ♡」


 チヨのありがたいお言葉アドバイスを賜ったその時、部室の扉が開けられた。


「下校時刻とっくに過ぎてるんだけど……倉見くんまで動員して何やってんのよ」


 扉を開けたのはアカリだった。アカリこそ、と言いかけて思い出す。そういえば生徒会で放課後の見回りをやってるっていつだか言っていた。


「アンシーン・ポーカー♡」


「なにそれ?」


「月代考案のゲームだよ。まあ、変則的なインディアン・ポーカーだと思えばいい。3ゲーム1セットでインディアン・ポーカーを行い、その最後に出題側と解答側に分かれてそのセットに関するクイズを行うんだ。で、クイズの結果で勝敗が決まる」


 メガネをクイッとして、倉見が端的に解説する。ディーラー役をやらされていただけあってルールをよく理解している。


「それ、インディアン・ポーカーじゃなくて単なるクイズじゃない?」

「ちーがーいーまーすー♤ このゲームの特色はねぇ、見えないアンシーンであることなの。自分の手札はもちろん、最終ゲーム以外はゲームの勝敗も、自分が今保有してるチップの枚数も分からない。それが、アンシーン・ポーカー!」


 チヨの自慢げな説明に私が補足する。


「えっと、チヨって昔から好きなんだよね。ギャンブル漫画に出てきそうな、ルールがよく分からないゲーム考えるの」


「それはまた、意外な趣味ね……」


 チヨはふくれっ面で反駁する。


「失礼な♤ やってみればけっこう楽しいよ◇ というわけでアカリちゃんも1戦、どう? 明日のお昼ご飯でも賭けてさ」


「……あのねぇ。私は生徒会の見回りで来てるのよ? 今は吸血事件なんて物騒なことがあるんだし、生徒会として放課後の生徒の居残りを見逃すわけにはいかないの」


 アカリは腕を組んでこちらに歩いてくる。

 そして、私の隣の椅子に座った。


「――だから約束しなさい。私が勝ったらすぐに帰るって!」


「さっすがアカリちゃん♡ 話がわかるねぇ◇」


 という流れで、アカリvsチヨのアンシーン・ポーカーが始まった。


 せっかくなので私は観客として二人の戦いぶりを見守らせてもらうことにした。チヨ考案のゲームの実験台テストプレイヤーをしてばっかりだったので、こうして自分以外の誰かが遊んでるところを見る機会はあまりなかったのだ。


 果たして、二人の勝負は意外なほどにあっさりと終わった。

 第3セットの最後。出題者はアカリで、解答者はチヨ。第1、第2セットをアカリが制しており、ここでチヨが間違えれば即座にアカリの勝利が確定する状況。


「では、出題するわ。第3セット2ゲーム目で私が場に出したチップの合計枚数は、8枚である。――True or False?」


「……True」


「正解は――False! 宵星が場に出したチップは、最初に出した4枚とレイズで上乗せされた1枚、合計5枚だ。よって――宵星の勝利!」


「付き合ってあげたんだから、大人しく帰りなさいよね」


 アカリの圧勝だった。私たちが約束を破るとは少しも思っていないのだろう、アカリは立ち上がるとそのまま部室から出ていく。


 あそこまで信頼されては裏切れないのが人情というものだ。結局、私たちもすぐに帰ることにした。

 倉見には先に帰ってもらって、私とチヨは部室の戸締まりを確認してから部室を出た。

 鍵を掛けるチヨに、私はそういえば、と声を掛ける。


「最初の賭け、うやむやにしちゃってたけどどうする?」


 言って、私は『シラノ・ド・ベルジュラック』をカバンから取り出す。


 アカリが乱入してくる前、私とチヨでやっていたアンシーン・ポーカーでも賭けをしていたのだ。その内容は『シラノ』を貸してほしいというもの。


「チヨが勝ったんだし、1週間くらいなら貸すけど」


 なんなら賭けなんてしなくても貸していたと思うけれど。


「そう? それじゃあ貸してもらおっかな」


 そうして、私は『シラノ』をチヨに渡し、二人で並んで歩いて学校を出た。


◆◆◆


 この時の私は、思いもしなかった。私がその日の夜、奉魂決闘に参加することになるとも。


 と再び顔を合わせることになるとも。


 思いもしなかったのだ。


(続く!)

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