02 / vs【白き腕のヴァレンタイン】

☆1ターン目 / 【深紅の血のクローディア】陣営☆


「――私のターン! ドロー!」


 山札からカードを1枚引いて手札に加える。


「クロちゃん。勝利条件の確認なんだけど、【眷属】や【真祖の断片】によって相手のライフ・カードをすべて破壊してトドメをさす…………この認識で合ってるよね?」


「バッチリです。付け加えるなら、ライフ・カードをすべて壊したあとのトドメは、【真祖の断片わたし】にしかできません」


「うん。つまりはライフ・カードを削っても、強い眷属を召喚できても、【真祖の断片】を登場させないと意味がないわけだ」


 私は【深紅の血のクローディア】のカードを見る。


 【真祖の断片】には個別に場に出すための「登場条件」が設定されている。クロちゃんの場合は2つ。


 1つ目、フィールドに眷属が3体以上。

 2つ目、自分のライフ・カード2枚以下。


 前者はともかく、後者はこのターン中に達成するのは不可能。

 いまやるべきは、次の自分のターンでクロちゃんを登場させられるように動くこと。


「プレイフェイズ! 手札から【権能】《有能な執事》を使用! カードを1枚引いて、行動権を1獲得!」


 行動権とは、このゲームにおいて非常に重要な概念だ。眷属や秘宝の召喚、一部の強力な権能の使用には行動権の消費を要する。


 《有能な執事》のお陰で現在の行動権は2。行動権は毎ターン開始時——クリンナップフェイズに1にリセットされる。持ち越しはできない。


 だから、このターンにどちらも使う。使い切る。


「行動権1消費! 《博識な見習い魔術師》を召喚! 召喚時効果で山札から権能を1枚、手札に加える!」


 召喚すると同時、私のフィールドに、つばの広いとんがり帽子を被り、ぶかぶかのローブを着た、幼い魔術師が現れる。手には図鑑のような大きい本。


 同時、デッキのロックが解除される。山札の中を見て、デッキに含まれるカードとそのテキストをざっと確認する。

 それから、手札に加える権能を決めた。


「【権能】《入念な計画》を手札に!」


「君の次のターン——3ターン目に勝負を決めようという算段か。妥当だな」


 このゲームでは1ターン目先攻、2ターン目後攻……というような数え方はしない。先攻の最初のターンが1ターン目、後攻の最初のターンが2ターン目、先攻の2度目のターンが3ターン目……というふうに数えていく。


「そういうこと! 《入念な計画》を発動! 次のターンのプレイフェイズ開始時に私の行動権+2!」


 《入念な計画》は使用に行動権の消費を伴わないカードだ。つまり、まだ私には行動権が1残っている。


「行動権1消費。《平凡な魔術師ノットメギストスダイヤ》を召喚! 手札の権能1枚をフィールドにセットする!」


 私が決闘卓に権能を裏向きで置くと、フィールドに現れたもう一人のローブ姿の幼女――《平凡な魔術師ノットメギストスダイヤ》は呪符をフィールドの右端に投げつけた。


 すると、そこに赤い八面体の結晶が現れる。

 これで、いまセットした権能はいつでも――相手のターン中でも発動ができる。

 正直、私としてはあまり使いたくないカードだけど……仕込んでおくに越したことはないだろう


「ふむ。本来ならば行動権が2必要なところを《平凡な魔術師ノットメギストスダイヤ》の効果で1に抑えたか。その上フィールドにセットされた権能は全くの未知。…………悪くない動きだ」


 くそっ。解説とは舐めた真似を……!


「そんな暇があるなら自分のターンに何するか考えてろ! ターンエンド!」


「……シズクさん、なんか口悪くないです?」


「いや、なんかムカついちゃって」


【現在の状況】


【深紅の血のクローディア】陣営

 手札:3枚

 墓地コフィン・エリア:2枚(《有能な執事》、《入念な計画》)

 ライフ・カード:4枚

 真祖の断片:未登場


 フィールド上:

 ・《博識な見習い魔術師》 / 戦闘力1000

 ・《平凡な魔術師ノットメギストスダイヤ》 / 戦闘力1000

 ・権能:???


 備考:次の自分のターンのドローフェイズに行動権+2獲得


【白き腕のヴァレンタイン】陣営


 手札:5枚

 墓地コフィン・エリア:0枚

 ライフ・カード:4枚

 真祖の断片:未登場


 フィールド上:

 なし


☆2ターン目 / 【白き腕のヴァレンタイン】陣営☆


「では私のターン。ドロー」


 ヴァレンタインがカードを2枚引く。

 先攻1ターン目を除き、【真祖の断片】未登場のプレイヤーはカードを2枚ドローできるのだ。


 くっくとヴァレンタインが肩を揺らして笑う。たぶんわざと——私から冷静な判断力を奪おうという盤外戦術だろう。


「素晴らしいな。君に先攻を譲ったおかげで私はより多くの選択肢てふだを手に、ゲームを開始できる」


「何も思いつかなかったからそうやって時間稼ぎしてんの?」


 ヴァレンタインは私の言葉を無視して、言う。


「暁シズク。君に私の登場条件を伝えよう。私は、墓地コフィンエリアに権能が5枚、ライフ・カードが3枚以下でないと登場できない」


「………………」


 ライフ・カード3枚以下はこちらより楽な条件だ。しかし権能5枚というのは中々厳しいだろう。

 そもそも、権能がどんなに多くともそれ単体では相手のライフ・カードは削れない。

 だから、どうしたって権能の枚数は控え目になる。あまり多くはできない——はず。少なくともチヨに付き合わされたTCGではそういう考え方でデッキを組むのが基本だった。


 ……けど、この深紅断片クリムゾン・フラグメンツは私にとって未知のゲーム。ルールはわかっても、テクニックやセオリーにまで精通してるわけじゃない。


 であれば。


 最悪を想定するなら。


「まさか、」


「ああ。そのまさかだ。私は、


「なるほど。あのカードが手札に」


「知ってるのクロちゃん?」


 問うとクロちゃんは緊迫した表情で頷いた。


「あれがすでにあるとすると、かなり、マズい状況です。一気に劣勢に追い込まれてしまうでしょう……」


「過小評価はいただけないな。私は、このターンで片を付けることもできると見ている。――行動権1消費。【権能】《廃棄処分》」


 ヴァレンタインの背後、巨大なシュレッダーのビジョンが浮かび上がる。


「手札を残り6枚すべて捨て、行動権4獲得だ——これで墓地の権能は、《廃棄処分》を含め4枚」


 ヴァレンタインが手札を捨てると、ヴァレンタインの背後に捨てた手札と同じ数の棺が現れる。あれが墓地コフィンエリアの具現化、ということだろう。


「…………?」


 確かに行動権を4も獲得されるのは脅威だ。権能だって一気に4枚も墓地に送られてしまった。

 けれど、手札が何もないんじゃ行動権がたくさんあったって意味がないし、1枚足りない。これじゃあ、ライフ・カードの条件を満たせても、ヴァレンタインは登場できない。


「ここからです」


 クロちゃんが告げた矢先、ヴァレンタインが指の腹を噛みちぎって血を卓上に垂らす。


「【生命転化】。命を対価に、手札の破棄と引き直しを宣言する!」


 【生命転化】――それはライフ・カードを失う代わりに強力な恩恵を得ることができるシステム。

 ヴァレンタインのライフ・カードが1枚塵になって消える。

 これで、ヴァレンタインの登場条件のうち片方は満たされた。


 しかし、あの自信に満ちた表情。単に自分のライフ・カードを減らすためだけに発動させたとは思えない。


 かと言って、先ほど宣言された効果は「自分の手札をすべて捨てて、捨てた枚数と同じだけドローする」というもの。


「手札がないのに何を言って……」


「いいえ。シズクさん。手札がなくとも恩恵を受けられるのが、【生命転化】です」


「…………マジで?」


「然り。私に捨てられる手札はない――だが、引けるカードならある。それも5枚!」


 ヴァレンタインが山札からカードをドローしていく。1枚、2枚、3枚、4枚……そして5枚。


 ドローが終わると、ヴァレンタインの側の決闘卓でカシャンという音がした。決闘卓によって山札がロックされたのだ。


 つまり。逆を言えば、先ほどの5枚のドローはルール上何の問題もないということ。


「……決闘卓に細工でもした?」


「何を言う。これが深紅断片このゲームの定番コンボだ。…………もっとも、君には間もなく関係がなくなる話だが。ふむ。この手札ならば、そうだな。もう一度【生命転化】だ」


 再度血を垂らし、ヴァレンタインはカードを5枚捨てて5枚引いた。


 1ターンに使える【生命転化】の回数は1ターン目なら1回、2ターン目なら2回……とターンを経るごとに増えていく。


 2度の【生命転化】をした以上、ヴァレンタインはこのターン、もう【生命転化】はできない。


 手札からヴァレンタインが一枚のカードを使用する。


「行動権1消費。【権能】《痛み分け》。私は手札を3枚捨てる。君も同じ枚数だけ選んで捨てるが良い」


「3枚って…………!」


「そうだな。君の残り手札の枚数と同じだ」


 手札をすべて捨てる。捨てざるを得ない。


 墓地に移動したカードはその時点で公開される。ヴァレンタインは私の背後に現れた棺の文字を読み、目を細めた。


「やはり。手札に『身軽』能力を持つ眷属がいたか。クローディアを次のターンに登場させると決めた以上、眷属は大事に抱えておきたいよな」


「私の考えてることはお見通しだって言いたいの?」


「そう言ったつもりだ」


 ヴァレンタインはこちらを指差した。


「そちらの、【深紅の血のクローディア】デッキは盤面に眷属を展開し、仲間の力で戦うことをコンセプトとするデッキだ。――そうだろう? クローディア」


「………………」


 クロちゃんは答えない。


 その態度を肯定と受け取ったのだろう、ヴァレンタインは続けた。


「暁シズク。私は先ほどそのデッキを手にしたばかりの君よりも、そちらのデッキに詳しい。ゆえにこう言おう。君達は、私に勝てない――と」


 ヴァレンタインが決闘卓の上、山札の横から一枚のカード取って、フィールドに置き直す。


「条件は満たされた。覚悟するがいい暁シズク——君の望みは、私が阻む」


 決闘卓を飛び越えて、ヴァレンタインがフィールドに降り立つ。

 カード名に準じて、彼は名乗った。


「私は私を——【白き腕のヴァレンタイン】を登場させる!」


 ヴァレンタインの動きに応じて、決闘卓がずずずと移動する。あれ移動するんだ。


「私の登場時効果! 手札を2枚ドローし、領地を行動権の消費なしにフィールドに展開する! 【領地】《多産多死》!」


 ヴァレンタインの背後の景色が塗り替わる。

 それは荘厳なステンドグラス。空では裸の赤子が喇叭を吹き鳴らし、地上では人骨の上を子連れの妊婦が歩く。

 生と死、相反する二つの要素が強調されていた。


「以後、私はドローフェイズにカードを1枚ドローする代わりに、手札をすべて捨ててカードを5枚ドローする!」


 普通に考えるなら、そんなのは自殺行為だ。このゲームにはデッキ・アウト——山札切れによる敗北が存在する。

 だが、逆を言えば。それはつまり、自分のデッキが切れる前に、私に勝つという勝利宣言に他ならない。

 ……だけど、その効果はドローフェイズが来ないと発動されない。つまり、


「なんだ。散々偉そうに言ってくれた割に、そっちもこのターンで私にトドメを刺せるとは、思ってないんだ」


 肩をすくめ、真似をする。ちょっと声は低く。けれど、猿真似の域は出ない程度に。


「『私は、このターンで片を付けることもできると見ている』——だっけ?」


「ふっ。微笑ましいな。揚げ足取りの勝負なら君が勝っていたことだろう」


 よくもまあそんなにすらすらと人を苛立たせる言葉が出てくるものだ。


「手札が2枚しかないのに、随分と余裕そうだね」


 私の言葉がそんなにおかしかったのか、ヴァレンタインがくくっと声を上げて笑う。


「暁シズク。私の後方に立つ棺が見えるな? あれをよく見ていると良い」


 ヴァレンタインは自分の後ろに立つ棺——実体化した墓地コフィン・エリアを指差す。


「――行動権1消費。《死霊術師》!」


 告げると同時、棺の1つがガタガタと震え、蓋が中から蹴破られる。

 おどろおどろしい魔導書を手に持ったローブ姿の男が、フィールドエリアに歩いてゆく。


 まさか——これは。


「《死霊術師》の召喚時効果だ。行動権の消費なしに墓地から眷属1体を召喚。 ――《森の狩人》!」


 《死霊術師》が魔導書を開いて本能的に嫌悪感を催す悍ましい声で呪文を唱える。

 と、棺がまたしても震え、蓋が開かれる。


 中から現れたマント姿の弓使いは、ひらりと舞い上がり、フィールドエリアに着地した。


「続けて行動権1消費——《葬儀屋》!」


 またしても棺の中から現われるは、棺桶を背負った喪服の麗人。フィールドエリアに到着するとタバコに火をつけ、ふぅっと煙を吐いた。


「そして最後! 行動権1消費! 最後の行動権だ! 墓地の眷属3体をゲームから除外し召喚——《ギガントグール》!!」


 3つの棺が消えると同時、1つの棺が爆発した。

 そうして天から降り立つは、3mはあろうかという巨体のバケモノ。全身ツギハギの、死体をくっつけて作ったかのような怪物だった。


 ——これで4体。1人のプレイヤーがフィールドエリアに召喚することのできる眷属の、上限に到達した。


「…………っ!」


「理解できたか? そうだ。私の効果により、すべての自分の眷属は『蘇生』を得る。私は、墓地から眷属を召喚することができる!」


「さっきから躊躇わず自分の手札を捨てまくっていたのは、それが理由か……!」


「さらに【権能】《オーバードーズ》!」


 ヴァレンタインが宣言すると蛍光色の薬液の入った、巨大な注射器が現れる。注射器は《ギガントグール》の首にぶっ刺さり、薬液を注入する。


「これにより《ギガントグール》はこのターン『連続攻撃+1』を獲得! 2!」


「————————————————!」


 《ギガントグール》の咆哮が、セカイを揺らす。


「……フィールドにセットした権能を使うなら、今だぞ」


「いいや。まだ使わない」


 クロちゃんは言った。このデッキはヴァレンタインに勝つために組んだものだと。

 ——だけど、《入念な計画》を手札に加えるため山札を見たとき、ヴァレンタイン相手に有効そうなカードは見つけられなかった。

 で、あるならば。ヴァレンタイン対策のカードがあるのはきっと、山札プレイイング・デッキじゃあない——この、ライフ・カードの方だ。


「私は、クロちゃんを信じる」


「そうか。……ならば、なにも言うまい。バトルフェイズだ! まずは《葬儀屋》で《平凡な魔術師ノットメギストスダイヤ》を攻撃!」


 《葬儀屋》が背負った棺桶をブンブン振り回し、《平凡な魔術師ノットメギストスダイヤ》を脳天から殴打した。栗色の髪なびかせ《平凡な魔術師ノットメギストスダイヤ》はその場に倒れ、フィールド上から姿を消す。


「なっ……!? 《葬儀屋》の戦闘力は《平凡な魔術師ノットメギストスダイヤ》と同じ1000のはず……!」


「カードの効果はよく確認することだ。《葬儀屋》は、自分の墓地に存在する眷属の数だけパワーアップする。あの棺桶には、死した眷属たちの魂でも詰まっているのだろうよ」


 確認、なんて言ったってさすがにこの距離でカードの文面を確認するのはいくらなんでも……だとすると、それも何か方法があるのだろうか?


 一瞬クロちゃんに聞こうと考えて、やめる。


 自力で勝つと宣言したのだ。訊くにしても、この戦いが終わったあとにするべきだろう。


「続けて、《死霊術師》で《博識な見習い魔術師》を攻撃! 安心すると良い——今度は相討ちだ」


 魔術合戦を開始した二人の魔術師は同時に倒れ、フィールドから姿を消す。


「これでフィールドは空になったな? では《ギガントグール》でライフ・カードを2! 破壊する!」


 ツギハギのバケモノが手に持った棍棒を構え、横薙ぎに払う。


 私を守る4枚のライフ・カードのうち、半数が砕け散った。


 《ギガントグール》はライフ・カードを1枚多く破壊する効果——凶刃+1を持っていた、ということだろう。

 そしてさっき、権能の効果で『連続攻撃+1』も付与されていた。

 そうしてライフ・カードをすべて破壊すれば、あとはヴァレンタインが自らトドメを刺すのみ——なるほど。


 ——このターンで片を付けることもできる。

 あの言葉は、ただのハッタリではなったわけか。


「——だけど! まさか忘れてないよね、ライフ・カード破壊時の処理! ——呪縛ステップ!!」


 破壊されたライフ・カードは砕けてもすぐには塵にならない。攻撃を受けたんだから、反撃を受けるのは当然のこと。


使!」


 破壊された2枚のライフ・カードがヴァレンタインのもとへ飛ぶと、その本来の姿を見せる——!


「一枚目——《ゴシャゴシャゴッドガン》! その効果は『凶刃-1』!」


「《森の狩人》に装備させる。『凶刃』の能力を持たぬ眷属には『直接攻撃不能』の枷となる秘宝——だが、《ギガントグール》に装備させればそちらのライフを削り切るための攻撃回数が無駄に1つ増えることとなるゆえな」


 冷静な判断だ。しかし、割られたライフ・カードはもう一枚ある!


「二枚目! 【領地】《聖堂の残骸》!」


 瞬間。ヴァレンタインの背後のステンドグラスが砕け散る。


 そうして現れる新たな景色。それは雨の降りしきる瓦礫の山だった。

 にわかに漂うのは焼け焦げた不快なにおい。

 瓦礫の中からは黒煙が昇り、そこで起きた惨劇の大きさを主張する。


「なんだとっ!?」


 ヴァレンタインの顔色が変わる。


「ありがとうございます、シズクさん。——私を、信じてくれて」


「じゃあ、これが……?」


 まだ、理解し切れていない。この領地の何がヴァレンタイン対策になるのかを。

 そんな私の様子に気付いたのだろう。クロちゃんがカード効果を説明してくれた。


「この《聖堂の残骸》は、敵味方関係なく——すべての眷属に『蘇生』の能力を与えるもの。死者は死者、生者は生者という絶対的ルールの崩壊を表現するカード。……つまり、死者蘇生はヴァレンタインさんの専売特許ではなくなった、ということです」


「なるほど……」


「クローディア、君は想定していたのか? ……私と戦うことになる、と」


「ええ。私にも、叶えたい願いがあります。そして、その時、最初の障害となるのはあなただろうと、予想してましたから」


 ヴァレンタインにそう告げてから、クロちゃんはこちらに向きなおって謝った。


「……ですから、ごめんなさい。シズクさん。本当は、私は私の願いを叶えるために、シズクさんに声をかけたんです」


「いや、別に謝らなくていいよ。要するに利害の一致ってことでしょ?」


「いいん、ですか?」


 そんなにびっくりすることかな。


「私はチヨを見つけたい。クロちゃんは叶えたい願いがある。そして、そのどちらも奉魂決闘に参加した方がてっとりばやい——そういうことでしょ?」


 まあ、はい。とクロちゃんはうなずく。


「なら、何も問題はないよ。……これからよろしく。チヨが見つかっても、お礼につき合うくらいはするから」


「……シズクさんは、どうしてそ、こま……で」


 クロちゃんの目が下を向く。まるで私の視線をトレースするみたいに。

 そして、無言でさっと胸を隠した。


「私のことをなんだと思って……いや、間違いじゃないけど」

「間違いじゃないんですね……」


 残念ながら。


「何を勝ったつもりになっている」


 と、そんな私達のやりとりにヴァレンタインが口を挟む。


「忘れていまいな? 《ギガントグール》の攻撃は、もう一度あるということを」


「もちろん。だから、フィールドにセットした【権能】を発動! ——《超☆爆発アルティメット・スーパー・スター・ヴァニッシュメント・エクスプロージョンC4》!」


 セットした時も思ったけど名前クソ長いな! これだからこのカードは使いたくなかったんだけど……!


 宣言した次の瞬間、フィールド上の一切を巻き込む、大爆発が起きる。

 大質量の熱と風は灼けるように熱く、私たちにまでそのエネルギーの凄まじさを伝えた。


 爆風により生じた黒煙が晴れると、そこには何もない。


 【真祖の断片】である、ヴァレンタインのほかには何も。


「このカードの効果により、敵味方を問わず、フィールド上のすべての眷属は、破壊される!」


「ならば、せめて私自ら殴り、ライフ・カードを1枚削り取らせてもらおう!」


 ヴァレンタインが無人になったフィールドを駆け、ライフ・カードを割る。


「ライフ・カードの中身は――【領地】《聖堂の残骸》」


 ゆえに、状況に変化はない。


「ターン、エンドだ」


 ヴァレンタインは自分のフィールド上に帰ると、決闘卓に手をついて、そう宣言した。


【現在の状況】


【深紅の血のクローディア】陣営

 手札:0枚

 墓地コフィン・エリア:6枚(うち3枚は《博識な見習い魔術師》、《平凡な魔術師ノットメギストスダイヤ》、《超☆爆発アルティメット・スーパー・スター・ヴァニッシュメント・エクスプロージョンC4》)

 ライフ・カード:1枚

 真祖の断片:未登場


 フィールド上:

 なし


 備考:次の自分のターンのドローフェイズに行動権+2獲得


【白き腕のヴァレンタイン】陣営


 手札:2枚

 墓地コフィン・エリア:15枚(うち8枚は《ギガントグール》、《死霊術師》、《森の狩人》、《葬儀屋》、《多産多死》、《廃棄処分》、《痛み分け》、《オーバードーズ》)

 ライフ・カード:2枚

 真祖の断片:登場済み


 フィールド上:

 ・【白き腕のヴァレンタイン】 / 7000


☆3ターン目 / 【深紅の血のクローディア】陣営☆


 さあ、あとは勝つだけだ。


「私のターン! 【生命転化】!」


 決闘卓のふちに設けられた刃の上に掌を当ててスライドさせる。


 滴る血を決闘卓の上に落とし、私は効果を宣言する。


「手札の破棄と引き直し——5枚! ドローする!」


 最後のライフ・カードが塵となって消えた。


 決闘卓による山札のロックが解除され、ドローが可能となる。手札を5枚得て、そして改めて。


「ドローフェイズ! ドロー!」


 【真祖の断片】未登場のためドロー枚数は2枚。これで私の手札は7枚だ。


「前のターンの《入念な計画》の効果で行動権+2——行動権3の状態でスタートします。……勝てますよ、これなら」


 クロちゃんの言葉に頷きで応じる。


「それじゃ、始めようかクライマックス! プレイフェイズ!」


 まずはクロちゃんの登場条件を満たすことが先決だ。


「墓地から《暗殺者》、《若き眷属》を召喚! この二体は『身軽』能力を持つので行動権の消費なしで召喚可能!」


 私の背後で棺の蓋が開く音がする。

 それからほどなくして、黒尽くめの手にナイフを持った男——《暗殺者》とこれといった特徴のない若い西洋人の男性——《若き眷属》がフィールド上に現れた。


「だが、同時にその眷属らは『直接攻撃不能』の枷を負っている! それではライフ・カードを砕くことすらできまい!」


「知ってる。だから一応用意させてもらうよ——行動権1消費! 《血みどろなりたて血の池VPヴァンプセーラ》」


 フィールド上に長い黒髪の、セーラー服を着た少女が現れる。クロちゃんに負けず劣らずの豊満な胸に目が奪われそうになるが——その凄惨な姿が私を冷静にさせる。

 その姿は血に塗れており、本来白かったのであろうセーラー服はそのほとんどが赤く染まっていた。


「召喚時効果発動! 《若き眷属》を破壊し、《血みどろなりたて血の池VPヴァンプセーラ》の戦闘力を《若き眷属》の戦闘力分——1000アップ!」


 セーラー服の少女が《若き眷属》の首に噛み付き、吸血する。

 吸血が終わると、若き眷属はその場で倒れ、フィールド上から姿を消した。


「……なるほど。クローディア、君は本気なのだな。本気で、この戦いに臨むと!」


 なぜ、今になってそんなことを言ったのだろう。

 疑問を挟めない空気のなか、クロちゃんはため息をついて答えた。


「私、他人の魂賭けてんのに遊びで儀式に参加するバカだと思われてたんですか?」


「ふっ。それもそうだ——良いだろう。君たちの覚悟は理解した。……だが、私に手を抜くつもりはない。分かるな?」


「もとよりそのつもりです! シズクさん! 遠慮なくやって、勝ちに行きましょう!」


「了解! ——行動権1消費! 墓地より蘇れ! 《堕落した祓魔師》!」


 幾発もの銃声の後、棺の蓋が倒れ——フィールド上に黒い祭服を着た男性が現れる。右手には銃。そしてもう片方の手には小さな聖典。


「これで条件は満たされた! 登場! ——【深紅の血のクローディア】!」


 決闘卓をふわりと乗り越えて宙で一回転。

 そうしてクロちゃんはフィールドの上に降り立った。


「では私の登場時効果を発動させましょう。まずは3枚ドロー。そして……」


 私は山札から3枚引き、クロちゃんに言う。


「今、吸うべきだと思ったものを吸って。きっと、私も同じ考えだから」


「では」


 クロちゃんがぺろ、と小さく唇を舐める。


 それからすぐに《堕落した祓魔師》の背後を取り、瞬きする間に首筋をさらけ出させて——牙を突き立てた。

 自分がされたときはわからなかったけれど、こうして見るとなんだか吸血するときの動きに手慣れたものを感じる。ちょっと、もやっとする。


 《堕落した祓魔師》は即座に脱力し、やがて塵となって消えた。残ったのは、聖典と拳銃のみ。


「私の、第二の登場時効果——それは味方眷属の能力、もしくは戦闘力を継承すること」


 クロちゃんが聖典と拳銃を拾う。

 同時、服装も黒い——シスター服のような格好になった。


「これで私は『祓魔』の能力を得ました。すなわち————私はそのライフ・カードを破壊すると同時に!」


「なるほど悪くない。最後の詰めをライフ・カードの妨害により仕損じるのはよくある話だ。——だが、忘れていまいな? 【真祖の断片】でなくてはトドメは刺せないということを! クローディアが『祓魔』の能力を得たところで、無意味だと!」


「そっちこそ忘れてない? 私の行動権はまだ、1残っている! 行動権1消費! 《暗殺者》を生贄に召喚! ——《RVロイヤル・ヴァンプステュアート・イヴニング・ヴェヌス・アクロイド》!」


 この眷属もまた名前がクソ長い。噛まずに宣言できたことを誰か褒めてほしい。


 フィールド上に、金髪長身の貴族風の立派な身なりをした男性吸血鬼が現れた。……どことなく、ヴァレンタインに似ている、ような。しかし目元や表情は柔和で、その一点でヴァレンタインとは印象が正反対だった。


「なっ……!? ステュアート……だと!?」


 ヴァレンタインが今日一番の動揺を見せる。

 親類縁者だったりするのだろうか——疑問に思うが、眷属は何も語らない。あくまでもあれはカードのヴィジョン。生き物ですらなく、ゆえに意思を持たないということだろう。


「この眷属の召喚時効果で山札から秘宝を1枚——《日本刀》を召喚! クロちゃんに装備!」


 貴族風の吸血鬼が虚空に手を突っ込むと、日本刀が出てくる。それをクロちゃんに手渡した。クロちゃんが受け取ると、シスター服の腰のあたりにベルトが現れる。

 そこに受けとった刀を差し込んで、クロちゃんは苦笑する。


「銃使いなんだか剣士なんだかわからなくなりましたね」


「ま、強そうだからオッケーってことで! そして、山札の上から3枚を見る! その中に秘宝があれば————」


「————秘宝を1枚選び、フィールドに召喚する、だな。そのカードのテキストは知っている」


「……そう、その通り」


 その雰囲気に、どこか気圧されるものを感じる。殺気や威圧とはまた違う、違うが……なんだろう、この微妙な雰囲気は。彼がステュアートと呼ぶこの人物は、そんなに特別なのだろうか。

 ともかく、私は山札の上から3枚を見る。

 その、結果は————


「召喚! 《日本刀》! これもクロちゃんに装備!」


 《日本刀》は例外的に3枚までの同時装備が可能な秘宝。

 そして、2枚以上装備した場合にのみ発動する効果がある——!


「これによって、クロちゃんは『凶刃+1』を獲得! ライフ・カードを2枚同時に破壊できるようになった!」


「——して攻撃回数の問題はどうする? 『祓魔』も『凶刃+1』もライフ・カードを破壊するための能力だ。だが【深紅の血のクローディア】の最も重要な仕事は相手にトドメを刺すこと。攻撃回数が、不足している」


「ですがそれは【深紅の血のクローディアわたし】が『連続攻撃+1』を獲得し、1ターンに2回攻撃できるようになれば解決する話です。そして」


 私は決闘卓の引き出しから取り出した真っ白な杭を胸の前に構える。冷たく鋭利な切っ先は、自分の側に向けて。


「——その程度の問題なら、すぐ解決できる。ライフ・カードが0枚の時にのみ利用可能な、このチカラで! ——【魂魄燃焼】!」


 杭を胸に向け——心臓めがけて突き刺す。


 躊躇いや恐怖はせりあがってくる血と一緒に呑み込んだ。どうせ不死だ。こんなものは膝をすり剥いたのと何も変わらない。


 私は効果を宣言する。


「——このターン中、真祖の断片の戦闘力+10,000!」


 そして、杭を引き抜き決闘卓の上に突き刺した。


 私の血を吸って真っ赤に染まった杭は決闘卓の上に深紅の根を張り、その先端に真っ赤な薔薇を咲かせていた。


「私のテキストにはこうあります——『戦闘力が5000上昇するごとに連続攻撃+1を得る』と。つまり、この【魂魄燃焼】によって私は『連続攻撃+1』を2個獲得! このターンの私の攻撃回数は3回!」


 クロちゃんが説明してくれている間に胸の傷は塞がった。心臓は何事もなかったかのように鼓動を再開している。


 ヴァレンタインのフィールドは空っぽ。クロちゃんの攻撃を阻むものは、何もない。


「バトルフェイズ! クロちゃん! よろしく!」


「はい!」


 クロちゃんが音の速さでフィールドを駆け抜ける。


「まずは、2枚!」


 二本の刀で同時に2枚のライフ・カードを破壊。ライフ・カードは即座に塵となって消えた。私を呪縛することさえなく、消えてなくなる。


 そして、二本の刀が投げ捨てられる。


 クローディアの手には銃。

 セーフティを外し、ヴァレンタインに銃口を向けた。


 ヴァレンタインの表情は穏やかだ。


「……一つ、尋ねたい。今まで、君が組んでいたデッキは多くの眷属を動員し、数の力で勝利を目指すたぐいのものだった。——今の君のような、自身にリソースのすべてを集約せんとする戦法ではなく、だ」


 一呼吸おいて、


「いつからだ? いつから君は私たちを欺いていた?」


「…………きっと、最初からですよ」


「…………そうか」


 銃声が響いて、ヴァレンタインの胸に風穴が開いた。


決闘終了デュエル・フィニッシュ——勝者:【深紅の血のクローディア】陣営★


(続く!)

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