六話 運命線上の番 1

 中間テストに向けて、勉強は進んでいる。


 桜はとうに散って、四月も半ばを過ぎ、初夏らしい爽やかな陽気も増えてきた。

 窓を開ければ、清々しい風が清涼感を運んでくる。


 そんな、ココロオドル季節だというのに。


「天馬君、天馬君! あれがアニメ化するんだよ! 大人気十八禁BLゲームの紅に染まるシーツが!」


 目を輝かせる椿を前に、さて、どこから突っ込もうかと頭を悩ませなきゃいけない。


 まぁ、とりあえず大事なところを攻めよう。


「お前そういうのは十八歳になってから買えや!」

「お姉ちゃんから送ってもらってる」

「…………セーフか」


 いやアウトでしょう、とミラーナがボソッと突っ込むのが聞こえた。


 ミラーナさん、エロいコンテンツってのは回りもんなんですよ。友達とシェアする、何かしらをやって自力で獲得する。まぁネットがある以上、後者がそこまで難しくはないんだが。電子書籍は年齢確認が入るのが面倒だ。未だにエロ本とかDVDとか現物は強くはある。正しい知識を流布するためにももう少し対象年齢という奴を下げてもらえないだろうか。


 青少年の心の叫びはさておき、次だ。


「で、その紅に染まるシーツって何? どういうの?」

「お、男の人同士でお互いのヤオイ穴の処女を奪い合う――」

「それ以上はコメントを差し控えて頂けると……」

「丁重にお断りされてる!? そんなぁ!? 天馬君もオタクなんだから、好きな作品がアニメ化したら嬉しいでしょ!?」


 いや、でしょってお前……。


「モノによるとしか言いようがない。というかどういうリアクションを求めてるんだ」

「い、一緒に喜んでもらえたらって……」


 無理があるだろ。十八禁BLゲーのアニメ化に歓喜する自分というものは想像しがたいというか、想像したくもないというか。


「友達の喜びは自分の喜びだと思っていた時期が、わたしにもありました。そうだよね、友達なんて他人だもんね、所詮……そのまま特に袖すり合わない人生を送り、ふとしたタイミングで再会、そこから恋が芽生え、二人は結ばれるも、なんとモラハラ夫と化した天馬君が……苦しい生活、悲しいわたし、しかしそこで執筆した体験談をまとめた書籍が異様にばずって一躍ミリオンセラー作家に……! でもそこから嫉妬の嵐にされSNSでは袋叩き、更に誰よりも成功を妬んだモラハラ夫の天馬君がわたしを新婚当初一緒にデートして買いそろえた包丁でめった刺しを……!」


「…………」


 相変わらずこいつの脳構造どうなってんだよ。


「う、ううっ……!? 刺殺は痛そうだよぅ……!」

「人聞きが悪すぎるわ! てか何で俺とお前が結婚してんだよ! つーか何で俺がモラハラ夫に成り下がってんだよ! というより何でミリオンセラーになってんだ!? つか刺殺なんてするか馬鹿馬鹿しい!」

「じゃ、じゃあ、何……? わたしが所有してるリムジン二台で足と上半身に縄を括りつけ、引き裂くんだね……? 世界で一番痛そうだよぉ……!? わたし、可哀想……!?」


 さめざめと泣きそうではあるのだが。何でお前が泣く。というかミリオンセラーになってやることがリムジン購入とか成り金の発想じゃん、もっと金持ちに相応しい車はいっぱいあるだろ、王道だけどもリムジン。てかその前に言わせろ。


「全員が思うわ。俺が一番可哀想だわ!」

「ええっ!?」

「なんだその今世紀最大の驚きみたいな愕然とした表情は! アホか! 妄想をやめろ!」

「それはできない。妄想の翼は誰にも折ることはできないんだよ、天馬君」


 え、何そのイケボ。きゅん。


 椿のメッチャカッコいい中性的美少年ボイスはともかくとして、とりあえず笑いかける。


「まぁ、あれだ。よかったな、アニメ化。俺は多分見ないけど」

「えへへ、ブルーレイ買ったら送るからね!」

「要らねえから即売り飛ばしていいか?」

「そんなぁ……!?」


 いや、見ないから。俺の好みじゃ無さ過ぎるから、ジャンル。


「ミラーナが気になってそうだから五百本くらい届けてやれ」

「え!? ミラーナちゃん興味あるの!? 嬉しい!」

「巻き込まないでください! それとそんな途方もない数をどうしろと!?」

「飾れるぞ」

「むしろあふれかえるでしょうに!」

「見てみたいなあ。十八禁BLアニメの豪華絢爛なオタ部屋を見て卒倒するスミス一家」

「やめてください」

「キースさんでもいいよ」

「もっとやめて! もう、変な話題ばかり振るんだから……」


 プンスコと怒るミラーナだったが、拳がミシミシいってる。さすがゴリラガール。言わないけど。


 アニメと言えば、思い出す。ミラーナの推しの少女漫画もそういやアニメ化するらしいじゃん。


「そういえば清廉潔白系男子キヨシ君もアニメになるな、ミラーナ」

「なりますねぇ!」


 うわあ、目がキラキラしてるぅ。


 俺の引きつった笑みは映っていないのか、はたまたどうでもいいのかは知らないが、高速詠唱でまくし立ててくる。


「作画は安定のあの会社ですし、後はストーリーがどうなるかですが原作者自身が監修して本の通りに作ったと聞いてもう百万回は安堵しましたね! アニメオリジナル展開とかクソオブクソにしかなりえないんですよ! どうしても原作へのリスペクトと愛への少なさがですね!」


 普段抑えているけど、ミラーナも少女漫画オタクだったね。俺が迂闊だったね。


「でもあのシーンどうすんだろ、キヨシ君全裸なんだけど」

「そこは謎の光さんの出番ですね!」

「意外にアニメに詳しいなミラーナ」

「謎の光は、野暮ってもんさ。エロスという最高の華を挫く悪しき存在」

「椿、その謎のイケボやめろ。何なんだよそのキャラは」


 俺達がそう話す横で、笹見が瑠衣に近づいているのに気付く。ここからでも声は拾えるのだ。


「うわー、まーたやってるよ。瑠衣っち、あれいいの? 婚約者的に」

「私、浮気には寛容な方。冬悟の甲斐性と人柄なら五人までなら許す」

「ダメ男に理解あり過ぎじゃね?」

「誰がダメ男じゃテメェ。瑠衣は何かアニメになってほしい奴はあるか?」


 割り込んでそう瑠衣に訊ねると、彼女は細い顎に手を当て、しばし黙考。いつものくせだ。そして神妙な顔で頷いている。


「自作の小説」

「まずは書籍化目指そうね」

「この間のネット投稿は、まだ十一回しか閲覧されてない……いいねも誰も押してくれない……冬悟からも押されてない。婚約者が最近冷たいの。倦怠期? レス?」

「まだ結婚してないんだけど、俺達……」


 ていうかレスのこと何か分かってんのかお前。男女の営みだぞ。俺らお互いまだというか初めてだろ。


「いや身内からのいいねって何か微妙じゃね?」

「果てなく微妙だけど、それでも……欲しい……!」

「無表情で迫ってくるな怖いから。帰ったらいいね押しとくから」

「それでいい。良くないけど、私が一瞬喜ぶ」


 せつねえなあ。線香花火よりせつねえ。でもこの美少女の笑顔がいいねで一瞬でも貰えるなら仕方がない。アイドルのCD買うのってこんな心境なんだろうか。


「ていうか、この学校珍しーよな。昼休み校庭やグラウンドまで出て遊んでるやついねえし」

「え、普通だよ」

「俺達は昼休みサッカーやらバスケやらしてたぞ。ジュース奢り賭けて」

「うわー、わんぱくだなあ。そりゃ中学の頃はそれなりにいたけど、なんかやらなくなってたよね」

「お前らみんなエスカレーター?」


 高校からの編入組と中学からのエスカレーター式があると聞く。


 全員が頷いていた。みんなエスカレーターなんだな。小学校はともかく、四年は女子校育ちってことか。


「男子高校生は割と運動好きなやつ多かったぞ。全員が全員じゃないけど」


 そうじゃない人間もいたがそいつらは固まってたし。俺は両方に参加してた口だから何とも言えない。


「今からサッカーでもするか?」

「いや遠慮しとく。めんどいし、制服だと、その、下着がね?」

「だから俺が得するんじゃん」

「ばか」「アホ」「変態」「男らしい!」

「いや椿違う、それは違う。今のは変態って罵るところだってば」

「ミラーナの変態、って蔑むジト目が何とも来るから、カマァンヒア! ワンモアプリーズ!」

「……やっぱり、男子って何考えているのかさっぱりわかりません……」


 ミラーナが落ち込んでしまったが、俺もそんなもんだ。女の子が何考えてんのかさっぱり見当もつかない。そんなんでいいんだよ。お互いの気持ちが超能力とかシンパシーとかで伝わらない限りは、そういうもんだ。


「さーて、明日は休日だが……何しよっかな」

「明日の天気は……午前は晴れ、午後から雨……うん。じゃあ、私に付き合ってほしい」

「お。何すんの?」

「危険だけど楽しいこと」

「え!? 危険なの!? なんで!?」

「お楽しみに」

「いやいやいやいや!? 楽しみにしろって言われても!」

「キャス先生にも声を掛けてるから大丈夫」

「教師同伴じゃないといけないのか!?」


 何なんだろう。何をするんだろう。そんな危険な趣味なんて、どうしろって言うんだ。


 俺に付き合えって? Why? 命が危険だ、命危険!


 でも本人はいたって落ち着いており、机に突っ伏して寝始めてしまった。その場が解散になる中、俺は緊張でダラダラと汗を掻いてしまった。


 ……マジで何するんだろう。

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