二話 瑠衣ちゃんがぎゅ~! 2
「キースさん、ウィンナーは肉の一種ですよね?」
「どうした、冬悟君。頭でもやられたか?」
「いや、いいんっす。俺が悪いんですよ、多分……」
外出許可が下りて、非番だったキースさんと一緒に定食屋へ。キースさんたっての希望だった。彼の前には特盛のカツ二枚が卵とじにされた丼がドカンと置いてある。申し訳程度のうどんとセットだった。俺は大人様ランチという、唐揚げ、エビフライ、ヒレカツ、ウィンナーの乗った欲張りなプレートを注文。もそもそと食べながら、俺はキースさんと今朝のことを喋った。
「いえね、朝から肉は食えないと言った女の子がウィンナー食ってたんすよ。どう思います?」
「うーん、微妙なところだね」
外国……いや、ハーフの人でもやはり首を傾げるところらしい。肉との境界線というものが限りなく曖昧なのだが、まぁそれはそれでいいと思う。
カツ丼を豪快にかっ喰らう彼は、頬に付着した米粒を拭ってそれを口に運びながら、こちらに笑いかけた。
「冬悟君はどっちかな? ウィンナーは肉の部類?」
「疑問に思ったというか、突っ込んでしまったから多分肉だと思ってる派閥だと……」
「はは、まぁ肉だわな。その一緒に住んでる彼女はエキセントリックだね」
「ええ、まあ。それに同居人が増えましたしね。賑やかになりそうです」
「ああ、知ってるよ。今朝方、東條ちゃんが帰って来てたからね」
「お知り合いで?」
「ああ、ミラーナが一年の頃も、そして今年も担任でね。三者面談、親が出張るのがめんどくさいっていう方針でオレ達兄妹は放任されてるから、ミラーナの相談にはオレが。そこで知り合ってる」
「なるほど。彼女と付き合う中で注意すべき点は?」
「なるたけ一人前のレディ扱いすることかな。子どもと言われても怒らないけど、やっぱり傷つくだろうしね」
さすがキースさん、頼りになるぜ。
まぁそうだよな。おちょくる時以外は極力レディとして接してみよう。
「にしたって、本当に奢ってくれるとはね。いいんだよ、あれも仕事の一環だから」
「例え冗談でも、約束ですから。それに、俺の婚約者のためだったし。協力してくださって、ありがとうございます、キースさん」
「普通しないけどなあ、会ってしばらくの他人のためにそこまで。良い奴なんだね、冬悟君は」
「いえ、そこまででも。俺は俺のしたいことしただけですし。あー、ヒレカツうめえ」
「ここの特盛カツ丼セットがおススメだから、今度また食べにこよう。次はオレの奢りで」
「楽しみにしてます!」
「君は打てば響く反応が良いところだよね。なんというか、構いたくなる」
クスっと微笑みを浮かべるキースさん。イケメン過ぎるだろ。
脂っこい食べ物は、まだまだ食べ盛りな俺達の食欲を気持ちよく満たしていった。
夕方頃に戻ると、夕飯の支度をしてくれている瑠衣が。白いワンピースにオレンジのエプロンが何だかとても新妻感ある。それも同じ高校生で。なんか無駄に興奮するな。
さておき。
「瑠衣! ただいまー!」
声を掛けると、嬉しそうにしてくるのがとても可愛い。
「お帰りなさい。ご飯、もうすぐできる」
「今日は鯖か! いいね、鯖。はい、これお土産」
「…………? これは?」
「開けてみ?」
少しお高そうな箱を開けると、そこには特に飾り気こそないが、落ち着いた色合いの金属製のリングがあった。バーベキューの時に使い過ぎてちょっとシンプルになってしまったが、良いものだとは思う。どんなファッションの時も邪魔しないし。
目を見開き、俺を見る瑠衣に、笑ってみせた。
「婚約者ってどういうポジションなのか、ぶっちゃけ俺分かんねえんだよね。だから、形から入ろうかなって。嫌じゃなければ、受け取ってくれ」
「…………。サプライズ、好きなの?」
「いや別に。でもこういうのは、渡したい時に渡すもんだろ」
戸惑うように、俺と指輪へ視線が行き来する瑠衣だったものの、それを、震える指でつまみ上げた。
「でも、私なんかが……いいのかな」
「それ禁止。マイナスな発言するたびに俺から悪戯されます」
俺は彼女の指輪を奪い取る。しゅんとする彼女の左手を取り、左の薬指にそれを嵌めた。サイズはさりげなく笹見に測ってもらっていた。今度チョコでも渡そう。あいつにはホント世話になりっぱなしだ。
「というわけで、悪戯です。代償として、君にはずっとその指輪を付けててもらいます」
まじまじと自分の手に嵌められたリングを見て、彼女は呆然としている。
――つう、と一筋。白い頬に水滴。
彼女に視線を向けると、何故か泣き出してしまった。
「え!? 嫌だったのか!? ちょ、超ごめん!?」
「ち、ちが……嬉しくて。……誰かとこうやって、関係を持つのって……こんなに、嬉しいんだね……。なんか、不思議。そういうのとは、全然縁がなかったから……」
「おいおい、そんだけで泣いてたらこれから来る幸せな未来に遭遇したら枯れ果てちまうぞ、涙。ちゃんと自己主張しろよ、瑠衣。怒ってるなら怒ってる、悲しいなら悲しい、嬉しいなら嬉しいって、ちゃんと言ってくれ。俺馬鹿だから、察したりとかは苦手なんだ。だから、いつでも、瑠衣の口から、自分の意見を聞きたいんだ。俺は君を嫌いにならない。君を放り出したりしない。俺も放り出されないように頑張るよ。婚約者として。何より、最高の友達として。婚約者って関係がなくなっても、俺達は永遠に、友達だ」
そうやって自分の胸を叩くと……え、なんか更に涙ぐんでるんだが!?
「うっ、ぐすっ……!」
「ええええ!? な、なんでいっぱい泣くんだ!? え、あ、ちょ、調子に乗り過ぎてたか? 俺なんかやっちゃったのか!?」
「違うの……! なんで、そんなに欲しい言葉を、いっぱいくれるの……? 私、幸せなの……! ひとってね、嬉しくても、泣いちゃうみたい」
そう泣きながら微笑む彼女はくしゃくしゃな顔だったが、その姿すら綺麗で、本当に美少女という人種は魔性だなとか思ったりしつつ、ポケットからハンカチを手渡す。
小声で「ありがとう」と言いながら受け取り、涙を拭う。本当に嬉しそうだった。
「そっか。まぁ、瑠衣が嬉しいんならそれでいいや! 俺はちょい荷物おいてくる!」
「うん! ……ねえ、冬悟」
「ん?」
「……私、今幸せだよ。改めて、よろしくね?」
「ああ、よろしくな」
二階で荷物を置いて一階に戻ると、ちょいちょいとキャス先生に手招きされる。なんだろうか。
廊下で鼻歌を歌いながら準備する瑠衣を遠目で確認しつつ、キャス先生の小さな顔に自分の顔を寄せた。
「キミ、どうやってあの子口説いたの?」
「え? ……フッ、俺の魔性の魅力が女性を狂わせるのさ」
「あっははははっ! そのギャグ面白い! 自虐の塊なの面白すぎる!」
「半分冗談だったんだが半分ビンタされた気分だ」
「え、半分マジだったの? 冬悟、キミ思ったより馬鹿なんだね」
「ほっとけ。どうせ馬鹿だよ、特大級の」
「まぁ面白いからそのままでいてね! 笑いには困らなさそう!」
「へい、ゴーゴル。マセガキを黙らせる方法」
「なんでも検索すればいいと思ってるなー、この現代っ子め」
『貴方も口を閉じましょう。人をガキと断定してはいけません』
「ぷぷぷーっ! 自分のスマホにも裏切られてる! ねえどんな気持ち? 信じてた自分のスマホに正論パンチ喰らうのどんな気持ち?」
こ、この野郎……! 女の子じゃなかったらプロレス技でも掛けてたところだ。でもこんなお子様にプロレス技仕掛けると、俺の手首に金属のワッカを掛けられかねないので断念しなければならない。
溜息を吐き、キャス先生に向き直る。
「……冗談は置いといて。俺は俺らしく接しただけ」
「なるほど。冬悟は根が明るいんだね、多分」
「かもな。先生も仲良くなりたいなら今がチャンスっす」
「うん、そーしてみよっかな。おーい、有坂ー! 今日一緒お風呂入ろーぜー!」
「気分がいいのでオーケーですよ、キャスリン先生」
「やったぜ! 冬悟も入る?」
「誘うなや! 悶々とするだろ!」
そう言い返しながら、真っ赤になっている瑠衣が食事を並べてくれる。
鯖の塩焼き、わかめとじゃがいもと玉ねぎの味噌汁、筑前煮、キャベツの浅漬けというラインナップの夕飯。ご飯は……白いご飯。そうでなくては。塩鯖があるなら白いご飯だよなあ、と思いつつ、いつものご飯ではないことに気づく。
「麦ごはん?」
「もち麦が入っています。水溶性食物繊維でとても体にいい。それに、納豆も」
小粒の納豆も出ている。これ好きなんだよな。大粒は何かご飯に絡めにくいというか。
「美味しそー! それじゃ、手を合わせて。頂きます!」
「頂きます」「頂きまーす」
がっつくキャス先生に続き、俺も納豆を乗せて、鯖の解し身と一緒にご飯を頬張るのだった。
夕飯も食べ終えて風呂に入り、歯を磨いて、もう寝るだけになった。
今日は何だか寝付けない。昨日はあんなにもスッと眠気が来たというのに。何が原因なんだろうか。よく分からないものの、とりあえずベッドの上でゴロゴロ。
ノックだ。キャス先生が夜遊びにでも誘ってるのかな。
「どーぞー」
入ってきたのは、瑠衣だった。水色の清楚なワンピースタイプの部屋着に、もこもことしたスリッパ姿。いつもバッチリ私服も決まっている瑠衣には珍しい姿だ。
「あの……なんだか、寂しくて。一緒に寝てもいいですか……?」
「あはは、一緒に寝たいね。オーケーオーケー……って何ぃ!?」
「だ、ダメ?」
「いや、ダメなわけないんだけど……いや、俺の理性が死んじゃうかもしれないけど、いいの?」
「冬悟なら、いい」
「……うーん……」
俺は両の頬を叩いた。乾いた音がする。
「よし、カモン! 絶対襲わん。誓うぞ」
「なら安心」
「いや、こんな口約束を信じるなよ瑠衣」
「私の知ってる冬悟は、嘘を吐けない。それに、私を襲う度胸も多分ない」
まぁ冷静な判断ですこと! 正解だよ、ああヘタレだよ悪かったな。
もぞもぞとベッドに入り込んでくる。なんか、甘い匂いがして、心臓がバクバク言ってるのが伝わる。昨日、こいつと一緒に寝た事実があったが、意識が覚醒してる時にやられるとなんつー破壊力なんだ。
「顔赤いね」
「お前こそ」
「ん。仕方ないこと」
「そうだな、仕方ないな」
上っ面だけの会話がただ滑っていく。お互い上の空であることは何となく伝わる。
お互いに向き合ってると脳が沸騰しそうで、俺は壁の方に体を向けた。
その背中に、彼女の柔らかい身体が押し付けられる。
「る、瑠衣!」
「……顔が見れないの、寂しい」
「わ、分かったから! 戻るからくっ付かないで! 理性死んじゃう!」
離してくれるので、再び彼女の方を向いた。こちらは照れくさくて、ドキドキして、ざわざわして仕方がないというのに、それが嬉しいのだろうか。彼女は本当に幸せそうにしている。
「なんだか、こういうの、いいね」
「……」
何でこんな可愛いことを言うかね、この子は。
こんな事されても文句言えないぞ。
「!」
真正面から抱きしめる。ああ、華奢だし、なんか肩ですらやわっこいし……いい匂いが濃密になっていく。
しばらくしてから離してみる。彼女は驚きに目を見開き、顔を真っ赤にしていた。思わず、そっぽを向く。
「やられるとどんだけ恥ずかしいか分かったかよ」
「……うん。でも、ギュッとされるの、割と好き」
「はぁ……。で? なんで俺と寝ようって思ったんだ?」
「……昨日、ぐっすり眠れたから。きっと、心から安らげるんだって思う。貴方の傍が。貴方の体温が。匂いが。雰囲気が。……心から通じ合った人と一緒に過ごすって、とても落ち着くの」
「さいで。俺は落ち着かんわ」
「なんで?」
「可愛い女の子と一緒だからだ。年頃の男子高校生はそれだけでもうすっげー大変なんだよ! 今もお前をどうやって襲わないかって理性が戦い繰り広げてんだよ、まさに最終ダンジョンのラスボスみたいに!」
「隠しダンジョンの裏ボスじゃないんだ……」
「なんか別のベクトルでガッカリされてる!?」
中々伝導率が良くないようだ。俺としてはもうまさに最高潮って感じなんだが。
「なんか、眠くなってきた。このベッド、温かい」
「ああ、俺体温高いから……」
「寝る……」
「フツーに寝るんかい!」
俺のツッコミは流されて、彼女は静かに寝息を立てた。仕方なく、俺も目を閉じる。その瞬間、甘い匂いが鼻腔をくすぐり、俺を落ち着かせて、隣人の体温を感じながら、眠りの淵へと落ちていった。
その日は、とてもぐっすりと眠ることができた。
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