二話 瑠衣ちゃんがぎゅ~! 1

 朝、か? いい匂いがするな……。テント内に差し込む光だろうか。ちょっと眩しい。


 ん、なんだこれ。やわっこい感触が腕に……?


 目を開けると、ドアップの瑠衣の姿。うわー、相変わらず綺麗だなー……――――って、


「おわぁああああああああ――――――――っ!?」


 思わず転げまわって距離をとった。ドウイウコトナノ!? 事後か!? 事後なのか!? いやそんな記憶はないけど……あのまますぐに寝て……うん、着衣も乱れてないし、そういう行為はなかった……だろう、多分。


 彼女はうるさいと言わんばかりにしょぼしょぼとした目をこすりながらこちらを見上げてくる。


「何……?」

「お、お前なあ! もぐりこんでくるな、ビックリするだろ!」

「でも、人肌があって安心して寝れたんじゃない?」


 そういえば、ぐっすり眠れていた。俺は物音に敏感で、隣でごそごそされてたら眠りは浅いのに、今日はなんか、自然とスッキリ起きれた気がする。


 なんでだろうか。あれか? 瑠衣を抱き枕みたいにしてたからか? 買ってみるか、抱き枕……いや人肌のおかげなのだろうか。わからん。


 伸びをする瑠衣。強調される胸元を思わず見てしまい、気づいた彼女にじろりと見られた。いやん馬鹿、こっち見ないで。はい、すみませんでした。


 溜息を吐いて、彼女は仕方なさそうな顔をしてから話題を変えた。


「そういえば、担任の先生が来週復帰するらしい」

「担任? ああ、そっか。今副担だったもんなぁ。なんでまた?」

「海外に遊びに行くって言ってた。教師の有給がここでは認められてるから」


 なるほど、自習が多くなるのも必然な理由だ。いいのかそれで。

 でもそういう環境で自ら学ぶのだから、ここがいかに育ちのいい連中の集まりかがよく分かる。普通は遊ぶんだぞ、自習なんて。俺の前の学校なんて雀卓仕込んでたやついるからな。


「担任ってどんななんだ?」

「十二歳」

「は?」

「女の子」

「はぁ?」

「ミラーナさんみたいな外国人」

「はぁあああ!? 漫画か! そんなやついねえだろ!」

「でも実際に海外の……カリフォルニア? の大学出てて教員免許持ってるらしい」

「子どもじゃねえじゃんそれ」


 どんな才女なんだよ。


 きっとあれだな。大人っぽいんだ。ませててコーヒーをブラックで飲むような、ちょっと気取ったお子様に違いない。


「好きなものはドングリガムとグミキャンディ」

「子どもじゃねえか!」


 何故にドングリガム。


「苦手なものはブラックコーヒー」

「ガキじゃん! メッチャガキじゃん!」

「突っ込むと面倒だから、子どもとか言わない方がいいよ」


 なんかだるそうだな。瑠衣の反応からその先生がめんどくさいのが良く伝わる。


 ん? なんか、外でガチャガチャと音がしてない?


 テントから顔を出すと、しくしくと泣きながら女の子がドアに縋りついていた。なんだあれ。普通に怖い。


「そんなぁ!? あたしのこと忘れちゃったのかよぉ! おーいおいおい……! あんなに二人で過ごした時間を忘れちゃってさぁ! そりゃ海外に浮気しに行ったあたしにも一センチ程度、いや五ミリ、いや一ミリ、いやさナノミクロン単位で責任が発生してたかもしれないし、いやかもしれないけどさぁ! 締め出すのはあんまりだよぉ! もう空が明るくなって来たよぉ! このまま宿なしなの!? あの天馬のババアは電話繋がらないし、もうやだ、おうちかえる! いやウチがここなんだよふざけんなよ入れろテメェ! 嘘です、入れてください。寒いんです。お風呂もう二日くらい入ってないんです、開けて……」


 何やってんだあの子。何故に物言わぬドアに縋りついて泣いてるんだろう。怖い。

 そんな外の様子をガン無視して、瑠衣はあくびを一つ。


「私は二度寝する……」

「えええ……!?」


 現状にもう少し興味を持てよ。


 仕方なく、テントから出て罵詈雑言を叫び続ける女の子に近づく。


「何やってんの君」

「ギャー! も、もしかしてポリスメン!? い、いや、ここ、あたしが住んでたんです! でもカギが物理キーからカードキーになってて! ほ、ホントなんです!」


 言い訳がひたすらに怪しかったものの、とりあえず話は通じそうだったので訊ねてみる。人間話し合いが大事だ。


「いや。君誰」

「そ、それはあたしのセリフ。ここ女子校だよ? はっ!? もしかして不審者!?」

「おはようございます、キースさん。俺の家の前に何やら不審な女の子が存在してまして、ポリボックスにぶち込んで欲しいんですけど」

「ぎゃー!? やめろやめおまやめろっつってんだろやめろください!?」


 まぁ通報は嘘だけど。


「誰だ」


 割とマジで気になるのだが。彼女はさめざめと泣きながら自己紹介していた。


「あの、有給消化してた二年三組担任のキャスリン・東條です。キャスかリンって呼ばれることが多いです。君は?」

「俺は天馬冬悟。共学化のテストケースとして引っ張ってこられた男子高校生」

「はー、なるほど。……あの、もしかして聞いてた?」

「婆ちゃんをくそババア呼ばわりしてたのはバッチリ報告しとくから安心してくれ!」

「いやぁああああ!? 出来心だったのぉ!? またお尻ぺんぺんは嫌ぁああああ!? 屈辱極まりないぃぃぃぃっ!!」


 どういう力関係かは歴然としていた。婆ちゃん、教育方針面白いな。俺はケツをシバかれたことなんてないぞ。


「ってか婆ちゃん!? キミ殺されないの!?」

「実の孫だし」

「ま、孫……そっか、肉親くらいいるよね、あの人」


 みんなの中で理事長としての婆ちゃんがどういう存在なのかが少し気になるところではあったものの、とりあえずカードキーを差し込んだ。ガチャリと扉が開く。


「ここ、俺の家になったんです。教職員棟を誰も使ってないからって婆ちゃんが」

「え!? あたしの荷物は!?」


 なるほど、彼女は先住民らしかった。確かに言われてみれば、なんかそんな部屋があったような。うん、あるある。


「多分、何かごちゃごちゃぬいぐるみがたくさんあった部屋でしょ? なんか捨てるのも不気味だったからそのままにしてあるけど」

「サンキュー! あたしもここで暮らすから! というか向こうのカジノで金使い過ぎちゃって……失敗失敗! てへっ! んじゃ早速お腹空いたから、なんかある?」

「昨日作った焼きおにぎりとかアイスでよければ」


 瑠衣を起こすのもしのびないし。


 と思ったら、瑠衣が横に立っていた。キャスリン先生は片手をあげる。


「やっほー、有坂! なんでテントから?」

「ちょっと庭でキャンプを」

「寝てたんじゃないのか、瑠衣」

「このうるささで寝られるわけがない」


 お説ごもっとも。


「先生もここに住むのですか?」

「うん。……ん? 『も』? え、有坂、天馬の孫と一緒に住んでんの? どういう関係?」

「「許嫁」」


 何かハモってしまった。瑠衣の意識にも反射的に出るように意識づけられてるらしい。何となく嬉しくなる。


 目の前の女の子はこそこそと俺の方に顔を寄せていた。


「う、うわあ……。おい、天馬孫よ大丈夫なの? こんなテラ別嬪と一緒なんてさあ」

「正直ヤバいけど天馬孫はやめてくれマジで。いや、やめてください。冬悟でお願いします」


 何か俺を見てくれてないみたいで切なくなるんだよ。

 その気持ちが伝わったかどうかは定かではなかったものの、彼女は快く頷いてくれた。


「わかった。それと、いーよ、あたしに敬語使わなくても。人生経験はあんたらよりずっと濃いけど、まぁ一応若輩者だし。あたしを呼ぶ呼称に先生ってつけてればなんでもいーよ」

「じゃあ東條先生」

「えー、やだよ。名前を略称で呼んでくんなきゃやだ!」


 なんだこのワガママやろうは。何でもいいっつったじゃねーか。いいじゃん、東條って名字カッコよくね? 天馬よりはよっぽどカッコいいと思うんだけどどうだろう。いやそんなことを言ったら全国の天馬さんに殺される。


「じゃあ、キャス先生」

「おう! なんだね冬悟!」

「ちっちゃいっすね」


 年齢には触れずに身長に触れた。だって気になるし。彼女は特に気にした様子もなく、薄い胸板を張った。


「うん、十二歳の今はね! でもこの小さな身長とおっぱいは可能性を多分に含んでいるのだ! きっと未来はダイナマイトバディに!」

「今もダイナマイトバディっすよ!」

「え? そ、そう? でへへ! やっぱりそう見えるよねえ!」

「ダイナマイトみたいに筒状で寸胴です」

「そういうオチか貴様ぁ! 喰らえ、執拗に脛を蹴りまくるローキック三昧!」

「痛い! ゴリゴリしていたい! この野郎! ヘッドロックだコラァ!」

「いだだだだっ!? やめ、やめれ!」

「ん? ちょっと汗臭いっすよ」

「だから二日くらい風呂入れてないんだって!」


 俺達の動きを見ていて、何故か瑠衣が割って入った。ん? なんなんだ? 先生をかばった? まぁ、体格差的には正しいか。


「……ご飯、作りますよ、先生。私、ここでアルバイトしてるんです。家事手伝い」

「おお! お腹空いてさぁ。シャワー浴びてくるからよろしく! あ、冬悟パジャマ貸して。ワイシャツでいいから。返さないけど」

「フリーダムだなおい……」


 俺は家の中にさっさと入ってワイシャツをとって来た。


 瑠衣がこちらを見てくるが、なんかいつもよりジトっとしてて興奮する。


「……冬悟は、ロリコンなの?」

「すっげえ爆弾飛んできたこれ!? なんでそうなる!」

「キャスリン先生と距離が近かった」

「ああ、なんか妹を思い出して……プリン争奪戦やアイスの奪い合いで戦いあったんだが、懐かしくてさ」

「妹いるんだ」

「うん、現在中学二年生。なりは良いんだけど、あいつ最近腕に包帯を巻いて眼帯するのがトレンドでな……」

「ああ、例の不治の病の真っ盛りなんだ」

「だな……」


 ホント、身内のひいき目を除いても可愛いんだけど、どうしてああなった。


 風呂場から勢いの良いシャワーの音がする。


「俺、ワイシャツとってくるわ」

「……ワイシャツ、余ってたりする?」

「ん? なんで?」

「な、なんでもない」


 なんで赤くなってんだろ。


「よく分からんが、俺のお古でよければ。最近洗濯し忘れた時に買い換えてそのままだから、洗ってくるわ」

「そのまま、ちょうだい?」

「お、おう……それでいいなら」


 なんか迫真の雰囲気に圧されてしまったが、まぁ多分古いものでも気にしないアピールだったんだろうな。新品を要求するのはハードルが高かったんだろう。


 ……まさか匂いを堪能したいとか、そういう変態でもあるまいし。


 とりあえず、古いワイシャツと、少し新しめのワイシャツを取って、古い方を瑠衣に押し付け、新しい方を風呂場に持っていく。


「持ってきたっすよ。置いとくぞー」

「うん」


 とか言いながらガラガラと開けやがったぞ。バスタオルで既に防備しているが、非常に危険な光景だ。上気した白い肌には朱が差してて、透明感がある。少しふっくらした太ももが伸びている。


「ん、ちょうだい、シャツ」

「ど、どうぞ。ていうか照れろよ」

「うーん、まぁ、こんなハプニングで動揺してたら気が持たないぞ童貞君」

「うるせえよこのロリビッチが!」

「あー! ひど! 処女だもん! 童貞より処女の方が偉いから見下してるだけだもん、童貞君!」

「貴様本格的にヘッドロックを喰らいたいようだな。言っとくが、俺のやつには幸せヘッドロック機能は備わってないっすよ」

「なに、その幸せヘッドロックって」

「ヘッドロックされた時に巨乳だとおっぱいに顔が当たるのだ」

「おお、なるほど! だから幸せヘッドロック! なるほどなるほど!」


 しきりに感心しているが、そうすべきではないことだけは確かだ!

 もぞもぞと着替えているようだった。必死に見ないようにする。


「もういいよ!」


 振り返った彼女の姿はダボダボの裸ワイシャツ的な感じになっていた。男子垂涎のロマン的シチュエーションではあるが、恋人以外にやられてもなんか犯罪チックだ。


「って裸ワイシャツじゃねえか! 下も着ろ!」

「えー、パンツはいてるしスポブラもしてんだよ? それ以上は気にし過ぎ。さ、ご飯ご飯~!」


 行っちゃったよ! 髪の毛からぽたぽたとしずくが落ちてきてるし!


 タオルを取って、食卓に座っていた彼女の髪を丹念に拭いていく。


「えー? 髪長いからめんどっちーでしょ? いーよ自然乾燥で」

「もうちょっとお手入れに興味持ってくださいっす。というかせっかく瑠衣がワックス掛けてくれたのに剝げるだろそれは!」

「神経質だなあ」

「先生が気にしなさ過ぎなんすよ」

「…………」


 瑠衣が何かを言いたそうだったが、結局何も言わずに、昨日の残りの肉とピーマン、ニンジンとじゃがいもをソテーしたものを出した。昨日のお握りも俺達で朝に消費しきれるくらいは余っていた。


「冬悟も食べて」

「おう。瑠衣も食べようぜ」

「私は朝からお肉食べられない……」


 まぁ、普通はそうなのかもしれないが、俺は朝からステーキでも平気だ。男子高校生というものは大抵腹ペコである。まぁそういう次元の問題じゃないような気もするが。


「ウィンナー美味しい」

「瑠衣ぃぃぃい! 肉食ってんじゃねえか!」

「ウィンナーは肉の分類じゃない」

「じゃあなんの分類なんだよ! どうでもいいけどさ!」


 俺のささやかなツッコミはスルーされる。キャス先生も食事にがっついていた。そんな彼女達を見ながら、溜息を吐きつつ俺も朝食を摂るのだった。


 ……ウィンナーって肉の一種だよな?

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