一話 多趣味の人に見る心 1
「私、多趣味なの。アウトドアもインドアも好き」
「そ、そうか」
急にそんなことを言われても、というのが正直な感想だが。
夕飯。明太子を巻いた卵焼きと、鯖の塩焼き、春キャベツと新玉ねぎの味噌汁、それから山菜のてんぷらなどが並んでいた。山菜は学園所有の山で採って来たらしい。それだけでも、瑠衣がアウトドアというか山に知見のある人間なのがよく分かる。確かに、見かけには寄らないがアウトドアも趣味らしい。
なぜこんな話題になったかと言えば、夜中にごそごそとしている理由を聞いたらそう返って来たのだ。ちょっと意外な返事に面食らうものの、そうか、多趣味なら俺の想像もつかないような趣味も堪能しているんだろう。いつも眠そうにしているのは、時間が足りないからか。
「なので、趣味に二万円が消えていく……怖い、諭吉吸い取られる」
いや自ら差し出してるんだろそれは。
「趣味って……例えば?」
「最近は、小説を書いたり、かな。この間も少し話題に出したけど」
また金のかからなさそうな趣味がきたな。パソコン代と電気代さえ払えば、後は自分の気の向くままという安上がりな趣味だ。
そういや百二十枚の作品がどうのとか言ってたのを思い出す。
「興味あるかな。読んでもいいの?」
「ぜひ。プリントした奴とデータ、どちらがいい?」
「データで」
「はい、どうぞ」
持ち歩いてんのかよ。
メモリースティックを受け取る。この子、どんなお話を書くんだろう。全く想像がつかない。シリアスか? まさかのギャグ? 王道の異世界転生か、それとも悪役令嬢なのか!?
というかメモリースティックて。何故に? USBメモリじゃダメなんですか? なぜこんな遺物を……俺のパソコンにスロットがあったかどうか。いや、現行のパソコンに専用スロット搭載されてるのかどうか、疑いようもなく「ない」と断言できるレベルでレアだ。
「食べながら読んで。人に読んでもらうの、初めて……」
とか言いながら嬉しそうに彼女が空いていた座席に置いてあるリュックから小型のノートPCを取り出していた。用意周到過ぎて少しビビる。スタンバイ状態だったらしく、開くとデスクトップ画面が。
ヌルヌルと動くマウス。高そうなPCだなオイ。金ないんじゃなかったのか。
「理事長が誕生日プレゼントに下さったパソコンちゃんです。名前は良き太郎」
え!? ネーミングセンス終わってね!? いいのそんな名前で!?
突っ込みたかったが、大事にされてあるようだし他人が口を挟むことでもない。なるほど、と小声で言いながらそれにスティックを差し(スロットがあった。なんで?)、ファイルを展開。食べながら読んでいく。六ファイルほどあるようだ。『神様も届かない』か、これ面白そうだ。クリックして読んでいく。
食べる手も、読む手も止まった。
「あの、主人公いきなり死んじゃうんだけど」
「キャッチーな入り方だよ」
「ヒロインも死んじゃうんだけど」
「ここで第三人称視点に切り替わるんだ」
「……世界、滅んじゃったんだけど」
「うん」
「…………」
読みながらスクロールしていく。最初の三十ページで登場人物が全員死滅し、何故世界が滅んだのかを克明に記していっていた。で、世界を滅ぼさないためにはどうすればいいかと新しい神様が現れて時間逆行。次はおろかな手を打たないぞ、と神様が決意していたのだが、結局同じことが起きて世界が滅ぶ。
そんなお話だった。
彼女は少し鼻息荒くドヤ顔している。
「どう?」
「コメントに困るわ! 何が書きたかったんだよ!」
「運命は神様でも変えられない」
「主眼がネガティブすぎるわ! もうちょっと楽しい話ないの!?」
「あ、こっちがラブコメ」
「あ、うん。ラブコメならまぁ……」
……友人キャラが嫉妬で爆発してるんだけど。物理的に。
その後何事もなかったかのように再生したり分裂したり。どうなってんの友人。
なんかいじらしい恋模様とか展開されてるけど、友人キャラが気になってそれどころじゃない。結局結ばれて、分裂した友人が打ち上げ花火となってエンディングを彩っていた。
「どう?」
「友人キャラがほぼすべての登場人物食っちゃってるよ! どうリアクションすればいいんだよこれ! 面白かったけど! 面白さのベクトルが恋愛ものなのにギャグ系なんだわ! マジでお前の頭の中見てみたいんだけど!?」
「ぐろいのが趣味なの……?」
「違うからそんなおぞましいものを見る目でこっちを見ないで興奮するから」
美少女のジト目って何でこんなにゾクゾクするんだろう。俺Mなのかな。新しい自分を発見しつつ、次のファイル開いてみる。
「おお、ミステリー。ジャンル広いな!」
「自信作」
「……」
最初から犯人の内面追ってるんだけど。バレバレじゃん犯人。そういうミステリもあるし、まぁ不思議じゃないか。いや、話としては面白いぞ。最後まで犯人の内面を追って……いや、なんか変なの出てきた。殺人ピエロが殺人光線出して犯人を瞬殺し、舞台であるニューヨークを壊滅まで追い込んでいくのだが、その最初の殺人犯が異世界転生して戻ってきてそのチート能力でニューヨークを都合よく作り替え、ピエロと肩を組んでバンドを始めていく。被害者やらがよみがえって楽し気に踊っている様子などが描かれているけど……。
「どう?」
「なんか、調子が悪い時に見た悪夢ってこんな感じだよな」
「先の読めない展開を主眼にしてる」
「読めなさ過ぎて逆に面白いかもしれない。アメリカのどうしようもない映画とかにこんなのありそう」
「さっきからちょいちょい失礼。面白いと思う」
「ちょっとリサーチだけど、ハリケーンとしてサメが降ってくる映画は?」
「最高傑作。モン○セレクション受賞」
なるほど、感性が全く一致してないから楽しめないのか。俺の方が一般的……だと思いたい。いや一般的だから偉いとかそういうことを言いたいんじゃないんだけども。他に伝わりにくいよねというだけの話だ。というか〇ンドセレクションは無理だよ。
「お、俺には合わなかったなぁ、この小説達」
「本音を言って」
「誰かに見せる前提で作ってないだろ君。読みにくいわ、展開も文字も」
「酷い……」
いや酷いのはその感性だから。というかモンドセ○クションは映画に対して限りなく意味がないから。適応外だから。
「私、才能ないのかな。作文でも保護者呼び出し喰らったし……まぁ保護者なんていないんだけど」
「後見人とかもいないのか?」
「理事長が今はなってくれてる。知ってた? あの人、色んな事情の子供達を支援してるの」
なるほど、婆ちゃんが色々根回しが早かったり積極的なのは、そんな一面も関与しているからなのかもしれない。
にしたって、瑠衣の過去は重そうだなぁ。聞いてて楽しくなれる気が全くしない。
ならば俺がこれから盛り上げてやろうじゃん。
「でもさ、小説を完結させる能力ってスゲーと思うんだよ。大体のやつが、もう自分のやりたいところだけ文章にしたら飽きちゃうだろ? そのやろうと思ったところまで書こうとすんのもスゲー難しいんだ」
「書いたことあるの?」
「中学生の頃に書こうとしてあまりの文才のなさにゴミ箱送りだったわ」
「見たかった」
やめて。中二病も併発してたから本当にもう見れたもんじゃなかったし。
「そう思うと、この小説セリフ選びは面白いし、語彙力も申し分ないし、後はなんかこう、基本を押さえるだけでスッゲー面白そうな小説書けそうな気がするんだよなあ……いや偉そうだった。完結させたことのないゴミの評価は流していいぞ」
「水溶性じゃなかったら詰まる」
「トイレに流す気だったのか!? てっきり川か何かだと!」
「でも、嬉しい。……頑張って、基本を勉強してみる。読んでくれて、ありがと。でも、やっぱりちょっと恥ずかしいね。小説は自分の内面も出ちゃうから」
……そう思うと、彼女の内面は大分ヤバい気がするんだが。大丈夫なのだろうか。
少し彼女が心配だ。人の心配してる余裕はないけども。
「映画とかも見るの?」
「うん、結構好き。サメの映画好きだよ」
「なんでサメなんだ……?」
「異様なサメだからで片付くから。他にも頭を使わないアクションとかも好き。筋肉もりもりマッチョマンな変態が銃とか撃ちまくる奴」
「うん、もう少しまともなのみようぜ。俺のおススメはパシフィッ○リムとショー○ャンクの空にかな」
「王道過ぎて逆に見てない」
「瑠衣、お前に足りんのは王道だ」
「でも別にどこかの賞に投稿するわけじゃないの。自分が面白ければいいの」
「他人に読んでもらいたいってことは、どこかしら上手くなりたいって思ってることだ。上手くなってすることなんて賞に送ったりサイトに投稿したりしかないからな……」
小説って意外と発展性の低い趣味だったりするのだろうか。シナリオとかそういう類とは関係なくはないが、違う畑だと聞いた。同じ文章でも求められるものが違うとなれば難しい塩梅だろう。まぁ知らんけど。
言われた本人はと言えば、今一つ遠い出来事であるかのように、ぼんやりとした様子のまま首を傾げた。
「そう、なのかも? でも、どんな趣味でも、上手くなれたらいいなって思ってるよ」
「よし、出版業界の星を目指そう! 印税でガッポガッポのウハウハよォ!」
「現実的に言えば本出してご飯ずっと食べていけるの極々少数極まりないから本職の仕事は絶対に辞めるなって言われるよ」
「そんな現実的になってどうするんだよ……寂しいこと言わないでくれよ、作家ってウハウハなイメージあるよ……?」
「私はミカン箱の上で寒い思いをしながらカチャカチャやってるイメージ」
想像図による寒暖の差が激しくて風邪ひきそう。そっか、そんな厳しいのか。世の中、そう美味い話なんか転がってないよなあ。世知辛い話だ。
「そういえば、冬悟は趣味あるの?」
「うーん……オタク趣味? ほら、黒縁メガネと言えばオタクと相場が決まってるから」
「ファッションオタクなんだ……」
「うん、浅いのは自覚してる。でも割と何にでも手を出すかな」
「なるほど、二次元美少女をとっかえひっかえしてると」
「なんか俺ゲスじゃね!? いや、ワンクールで嫁が変わるなんてオタクあるあるじゃん」
今期はほにゃららが可愛いとかそういう話題しない……? 俺は仲間内でよくやってたけど、彼女は眉をひそめていた。え、マジで?
「男なら、生涯愛する人間を貫くべし」
「まぁそうかもだが男も女もだから。女だから浮気オーケーとか俺は許さないからな」
「それはそう。ちなみに、私はとっても一途。貰ってくれる?」
「婚約は口約束だけのはずだったろ」
「半分冗談」
「半分本気じゃねえか!」
「今のところ、そういう仲になるのは非常に嫌じゃない。エッチなことくらいはしてもいいと思ってる」
「そんなん男に聞かすな! 男子高校生ってのはそりゃ大変なんだよ!? 際限なく湧き上がる物欲と睡眠欲と食欲と性欲に蝕まれて常に飢えた狼なんだから! お前みたいな羊なんぞ丸かじりだぞ!」
「そっか。理性、ちゃんと仕事してね?」
「お、おう……」
そう言われるとは思ってなかった。こいつの言動は大体想定されてない返しをしてくる。
「ていうか俺への好感度なんか異様に高くない?」
「だって、クラスでも私にたくさん話しかけてくれるし。こうやって、一緒にご飯食べてくれるし。可愛いって言ってくれるし。私の多趣味さを理解してくれて、やめて節制しろとか言わないし。理解があって、寛容さがあって、優しいから。あの人のお孫さんだけあって、すごくいい人。……だから、少し罪悪感。利用してる、から」
すぐ暗くなる。そう言うところだぞ。
無言で、彼女の頭にこつんと拳を軽ーくぶつける。
「アホ。俺みたいなちゃらんぽらんなテキトー星人なんかいくらでも利用して捨てろ。お前と住んでるのも、婚約者として形だけはそうなってるのも、否定せずこの状況を良しとした俺の意思だ。全部俺が決めたことなんだよ。つまり俺のモンだ、お前が罪悪感覚えることはねーの。というか、俺はこんな可愛い女の子と毎朝一緒、毎晩一緒なんだぞ? 他のやつら泣いて羨ましがるぜきっと。婆ちゃんに感謝だし、家事やってくれてる瑠衣にも感謝しきりだ。礼を言うのは俺の方」
キッパリと本心を告げる。だってこんなS級美少女と一緒に生活だよ? テンション上がらないわけないよな! 見た目抜群だし、クール+エキセントリックなところもスパイスが効いている。素敵な女の子だと思う。そんな女の子とひとつ屋根の下だったり、お風呂が彼女のお気に入りの入浴剤になったり、同じシャンプーとリンスを使うことになったりして、なんか、懐かしいのに彼女の女性特有の甘い匂いが混ざって、風呂上りなんかはくらくらしそうだった。
この生活で一番の得をしているのは間違いなく俺だと言える。ごちそうさまです。
しかし、彼女はそう思っていないらしく、くすっと微笑んでいた。絵になるんだよなあ、そう言う仕草が。
「……やっぱり、貴方は変わってる」
「えー、俺限りなく一般人だと思うんだが」
「一般人は自分のこと一般人だと言わない」
「……まぁ、それはそうかもしれんがな」
「殺人犯も自分は殺人犯だと言わない」
「うん? うん、まあそうかも」
「神様も自分のこと神様だって言わない」
「う……うん? いや、神様関連の事情なんて知らないけど」
「だから異世界転生でパッと出てくる神様は、きっと神じゃない」
「スゲーこと言い出したぞ……」
そいつら神様じゃなかったら何なんだよ。腐ったミカンというわけでもあるまい。
「他に趣味はないの?」
「急に振られてもな……。それ以外は特にないかな。でも、よかった。瑠衣が多趣味で。よかったら色んな趣味を俺に教えてくれよ! 何か楽しそうだし!」
そう笑顔を向けると、彼女は何故か顔をそむけた。白い肌がわずかに紅潮してる気がするが、気のせいと言われたら俺立ち直れない。
「わ、わかった。明日、庭でキャンプしない? 夜は、バーベキュー……どう?」
「あ、じゃあみんな呼んでいい? 敷地内で火を使っていいかは俺見回りの人とかに聞いて許可貰ってくるから」
「……いいの? 私が、その、婚約者だって、知られるかも……」
「お前がどう思ってるか知らんけど、俺は胸を張れるぞ。こんな可愛くて家事出来る女の子が俺の婚約者なんだぞーって! 堂々としてろって! あ、それとも、迷惑か? 迷惑なら俺死んだように静かになるから遠慮なく言ってくれ。家事なんか全部押し付けちゃってるし、ホントすまん! 何か俺にできることがあれば返すから! 頑張るぜ、ふふん!」
「もう充分返してもらってる。貰い過ぎてるよ」
本当に何故か嬉しそうだが、俺はそうは思わないんだけどなあ。いや、俺が家事やるとしたらまず洗濯で躓く。だって、あんな美少女の下着洗うんだぞ!? 鋼の心臓か心からオカンでもない限り邪念がそりゃもう掘りたての温泉のようにばっかばっか湧いて出てくるに違いない。悶々とする日々を過ごさずに済むのも、瑠衣のおかげだ。まぁ、同時に瑠衣が原因でもあるんだけど。
「それに、貴方の友達も、ちゃんと知っておきたい。ちゃんとあいさつしたこと、なかったし」
「そういやあいつらも何でかお前と絡まんもんな。よし、俺の婚約者お披露目バーベキューとしゃれ込むか。肉買おうぜ肉! デカい奴!」
「楽しそう。バーベキューセットは私が持ってる」
「さすが多趣味。道具と食材の手配は任せた。金は、えっと……これで足りるか?」
せっかくのバーベキューだ。もっと軍資金に幅があっていい。
俺は自分の財布から二万円を抜いて彼女に渡した。かなりの金額だ。ポンと出したが、それは使うべきところを弁えているためだ。いくら何でも一食五百円以上は躊躇い、千円以上は冒険な一般の男子高校生がホイと出せる金額ではないが、十五歳から新聞配達して稼いだバイト代は並ではない。
実家はそういうところはケチで、小遣いは一万円を支給されるが、そんなもんで足りるわけもなく。それ以上は働いてお金の大切さを知れと言うことで働いていた。
この学園に来たことで、婆ちゃんから付き合いにいるといるだろうとのことで五万円を援助してもらうことになったが、来月から。今月までは紛れもなく正真正銘、俺の貯めた稼ぎで過ごさねばならない――
と、苦しそうに聞こえるかもだが、大した趣味もない俺は特に浪費家であるとか宵越しの金を持たねえとか理解に苦しむ主義主張ではないため、持て余し気味だった。通帳には莫大なお年玉などでコツコツ貯まっていった三十万ちょいが。他は色々と使った。ゲーミングPCとかバイクの免許とかで。
とまれ、瑠衣には結構な額だったらしく、驚いているようだった。
「こ、こんなには……理事長から?」
「俺の個人的な財産。いーから盛大に行こうぜ。天馬学園は元だけどお嬢様学校だ。向こうはそこそこのグレードなら飽きるほど食ってるか逆にその程度食わない程度のアレだろうし。しっかり良い肉買ってきて。友達に声掛けはやっとくから」
「……うん、私頑張る」
「よし! ご馳走様! 今日も美味かったよ!」
「おそまつさま」
卵焼きも天ぷらもめっちゃ美味かった。特に鯖は塩の具合と焼き加減が絶妙で箸が進む。
「今から、ちょっとお肉買いに行ってくる」
「一緒に行こう。荷物持ちだぜ!」
「ありがとう。学校の購買で売ってるから、行こう」
「……購買に肉?」
「天馬学園では一応自炊を推奨してるから。普通に食材、売ってるの」
「へえ……」
そういや購買のお世話になったことはなかったな。今から楽しみだ。
俺と瑠衣は食器を片付けてから、購買に向かうことにした。腹ごなしにはちょうどいいだろう。
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