序話 藍と愛で出来ている 3

「――――ということがあったなーと」


 瑠衣との婚約の話は出さずにそう締めくくる。さすがに女の子と同居してんのを知られるとヤバい。


 目の前に向き直っていた女の子――相生椿が頷いていた。何だかんだ、一番最初に勇気をもって話しかけてくれたいいやつではある……のだが、ちょっと考えが足らなくて脳を経ずに発言していると思われる。


「うん、頭おかしいのかなって思ってたけど……」

「沈めるぞテメェ」

「ひぃぃぃ! せ、せめて沖縄の海に沈めてほしい! 綺麗な海で死にたいから……! ああ、でもわたしなんか汚いから沖縄の海が汚れちゃうよぉ!? 海水汚染、非難轟々……そしてわたしは死体になってもボコボコに攻撃され続けて、いつか世界の敵になっちゃうんだ……!? どうしよう、わたし核ミサイル使わないと国には勝てないよぉ!」


 椿は非常にネガティブで、隙あらば妄想のネジが外れる困ったやつだ。しかも、男同士の絡みが好きらしい。俺とキースさんで妄想しているのだとか。ヤベェよこいつ。ていうかその負の連鎖はどういう発想なの?


「そういや椿、俺とキースさんの妄想ってどっちが攻めなんだ?」

「なにそれ、天馬。攻め? 守り? ゲーム?」

「いや、攻め、受け。エッチに対して攻撃的か、受け身かのどっちかだ」

「そ、そう」


 今ドン引きしている、ピンクと水色のツートンという相変わらず強烈な個性をしているのは笹原朱里。俺と椿との会話に混ざる変わった女子。


 こっそりと、キースの妹で巨乳ハーフ美少女委員長こと、ミラーナ・スミスが聞き耳を立てている気配がした。


 知ってか知らずか、妄想を垂れ流し始める椿。こいつのスタイルはハッキリ言って貧しいが、中学生みたいなそのプロポーションは一部のマニアにすごく受けてそうだった。いや、そういや男子俺しかいないんだったわ。でもきっと百合界隈でも……いや、存在するかは知らんけど。あったら素敵な気がする。


 そんな俺のいらん邪な想像を余所に、椿は無邪気に笑う。見た目だけは。


「えへへ、最初は天馬君が襲われるんだけど、興奮した天馬君がキースさんを襲うヘタレ攻めに変わるんだよ!」

「いや「だよ!」って。さも世界の常識みたいに言われても。俺別にホモでもなければリバでもない」


 本当に考えてることが腐り過ぎてるんだよなあ。


「リバが分かるの!?」

「なんか喰いつかれた!?」


 なんか泣き始めたんだけど。感動してるっぽいけどどう対応すればいいのかよく分からん。


「や、やっぱり、天馬君はBL界にやって来たヘタレメガネだよ……! もう妄想だけでごちそうさまです! ありがとうございー、まっす!」

「お前元気だな……」

「すみません、元気で……」


 めんどくさすぎるだろその返事は……。でも本人もしょんぼりしてるからどうともしがたく、とりあえず、


「ミラーナは俺は受けだと思う? 攻めだと思う?」

「ワタシに振らないでくださいワタシに! 実の兄と友人でそういう妄想をするのはさすがにいかがわし過ぎるでしょ!」


 困った時は面白リアクションを返してくれるミラーナにパスを送る。俺はそう決めている。


「いやいや、今時これくらい普通だよ。で? 本当は?」

「…………。やっぱり、冬悟君のヘタレ攻めかなぁ」

「うわマジで妄想してるよ怖いわー、ねえ笹原」

「うん怖い。やーい、ミラーナの淫乱巨乳お化けー」


 無言で笑顔になり、ミラーナが取り出した鋼鉄製のシャーペンを片手で変形させた。


「「すみませんでした」」


 俺と笹原は同時に頭を下げた。そのシャーペンを元に戻そうとしているが、さすがに上手くいかず、結局グニャグニャになったシャーペンをミラーナは可愛らしいペンケースにしまった。何度も言うがペンは鋼鉄製である。


「でも、ちょっと相生さんの言うことも分かります。普通にカッコいい見た目してると思いますよ、冬悟君は」

「マジで? ミラーナ、ちょっと俺と駄菓子屋デートとしゃれこもうぜ」

「もう少しロマンのあるところに誘ってください」

「え!? エロDVD屋に行きたいのミラーナ!」

「なんでそうなるんですか! 男のロマンとか言ったら許しませんから!」

「…………」

「いや無言にならないでください。せめて違うよって言葉を下さい。いやもういいですけど」

「違うよ」

「今じゃないです今じゃ!」

「何か委員長って冬悟来てから喜怒哀楽激しくなったよね」

「それは冬悟君がムチャクチャな言動ばかりしてるからです!」

「ムチャクチャ」

「おちょくってるのならヘッドロックかましてあげます。ほらほらほら」


 ぎゃああああいてええけどなんか顔にむにゅっとしたものが当たって良い匂いがするし、まさに天国と地獄。実物があるなんて、幸せヘッドロック。


「ミラーナ、おっぱい当たってる」

「? …………っ!?」


 真っ赤な顔で俺を放すけど、もう遅い。


 ミラーナは赤くなりながらも、おずおずと言ってくる。


「わ、忘れてください」

「と、委員長が仰ってますが、現場の冬悟さん、ご感想は?」

「超、エキサイティン。痛かったけど柔らかくていい匂いがした」

「や、やめてください! もう! 本当にセクハラです!」

「いや冬悟の方が今セクハラに遭っていたんじゃ……」

「笹見さん、な・に・か?」

「いえ、何でもないです。そのべきべきのシャーペンしまってください」


 にしても、先生まだ来ないのかな。四限目、数学のはずだったんだけど。誰も来ない。もう授業開始のチャイムが鳴って十分は経ってるんだが。


 ふと、クラスの女子が一人入って来た。


「自習だってー」


 自習は特に珍しくなかった。こいつらは普通に勉強するし。さすがお嬢様学校。


 でも、もちろん例外もいる。携帯ゲーム機を取り出す笹見、小説を取り出す椿、ミラーナは真面目に勉強するようだったので、いつも通り前の椿と席を代わる。


「ミラーナ、次の部分の予習なんだけど、どこまで終わってる?」

「中間考査って言われたところまでは目を通してるけど……」

「じゃちょっと一緒に問題作って解き合おうぜ。俺ちょっとここらへん不安でさあ」

「いいですよ。よし、やりますか!」


 ここで恥ずかしい点を取ってしまったら婆ちゃんに顔向けできないからな。しっかり勉強して、五十位以内には入っておかないと。


 せこせこと勉強する俺達を、げんなりした顔で笹見は見てくる。


「ホントに自習時間に勉強してるよ。趣味に使いなよー」

「俺ぁちょっと事情があるんだよ。理事の孫だし、特殊ケースだし、男子の判断基準に直結してるから点数落とせない。ミラーナに言え」

「いや自習時間は普通勉強するでしょう。あ、そこ、計算違くないですか?」

「いやいや、ここが、ほら、こうなってるだろ?」

「あー、こっちの見落としでした。中間来たら危なかったなぁ」

「でも委員長ってあんまテストの点数良くないよね?」

「うぐっ……苦手なんです、勉強。人並み以上にやってようやくですから……」

「その分体育すげーじゃん! かっけーよミラーナ!」

「もう、女の子にカッケーはあんまりだと思いますよ、冬悟君」

「瑠衣、お前も勉強しない?」

「…………」


 瑠衣に話しかけてみるが、返事がない。いつもなら振り向いてくれるのだが……。


「瑠衣?」

「すぴー……」


 回り込んでみると、鼻提灯が。なんて漫画みたいなやつ。ていうか目を開けたまま寝てやがるぞこいつ。何て技術だ、今度教えてもらおう。


 そういや、夜中もなんかしてたよな。隣の部屋でごそごそ音がしてたし。いやなんでよりによって俺の隣の部屋に居を構える気になったんだろう。あれか? 友達だからか?


 よく分からないが、今晩にでも理由を聞いてみるか。


 とりあえず、今は勉強しよう。


「ミラーナ、そこ計算違う。目を通したんだよな?」

「ふぐっ……!? と、通したつもりなんですが……」


 とりあえず、騒がしい俺の周囲は、こんな感じでいつもの日々を送っている。


 これは、俺とクールだけど意外とお茶目な同居人。それから愉快なクラスメイト達の、何でもないような。

 そんな日常のお話だ。

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