1558年 庄内川の戦い

 翌年の夏頃、俺は熱田の加藤さんの部下から渡された手紙を見て頭を抱えていた。


「信行様···」


 信行様が再度信長様に対して家督の奪取を計画していると言う知らせで、信行様が名指しで俺の参加を促していた。


 信行様はもし家督を継いだ場合俺を足軽大将の地位に付かせることを約束してくれた。


 くれたが···こんな書状を残してしまっているということはもう信行様に付くか信長様にこの密書を渡して計画を密告し、許してもらうしかない。


 ただ信長様の性格だ。


 信行様は二度目の裏切りになる。


 もう信行様を生かすことはできないし、殺すことになるだろう。


 そして俺への忠誠心を試そうと信行様を殺す実行犯にさせられるし、家族を殺した俺を何かと理由をつけて排除しようとするに違いない。


「う、うぅ···」


 頭が痛くなってくるが、覚悟を決める必要がある。


 今までの関係性を壊してでも信行様に付くか···信長様に仕えながら時期を見て出奔するか···。


「お父様、何を悩んでいるの?」


 俺が悩んでいるとお雪の長女の初雪が心配そうに声をかけてきた。


「初雪か···今ある生活を捨てなければならないかもしれなくてな」


「お父様、初雪にはわかりませんがきっとなんとかなります! 後悔の無い選択をしてください。その時に最善の選択をしましょう」


 と言ってくれた。


「後悔の無い選択···うん、わかった。覚悟を決めたよ」


 俺は信行様に返事を書いた。


『貴方の力になります』


 と···俺は水野様に


「子供達もおおきくなってきたので一度信長様に挨拶をしたいのと、村が安定化したので代官としての役割を終えたと判断しましたし、この土地は元々水野様の土地なので返すように一度信長様に指示を伺いたいと思います」


 と伝えた。


 水野様は


「本当に助かりました。辻鬼殿(佐助)のお陰で今川からの圧力も減らせましたから···辻鬼殿を助けられることがあればできるだけ力添えいたしますよ」


「ありがとうございます。できれば織田弾正家と今後も良い関係をお願いします」


 と伝えた。


 とりあえず最初は俺が単身で清洲城にいる信長様に領地が安定化したので私が任されていた領地を水野様に返すことを意見具申すると


「本当にお前は欲が無い。500石の代官の地位を返上するということは代替え地を欲するのか?」


「いえ、また城勤めに戻ろうかと···」


「欲の無い者ほど上は扱いにくいのだぞ···まあ良い。那古野城代の村井(貞勝)の下で再び働け」


「は!」


 と命令が下り、那古野城で住み込みで働くことになった。


 村井様は前の上司でもあり、俺のことを歓迎してくれた。


 俺は直ぐに元農民であった木村の部下を村井様に紹介すると俺が基本的な学力と教養を身に着けさせた為に使える部下が増えた事を喜んだ。


 そんな部下達を使い、那古野城の軍務から内務面まで次々に掌握していった。


 そして半年と少しかけて準備を行い、信行様に密書を出し、準備が整った事を報告した。


 作戦は那古野城で俺が反乱を起こし、村井様や織田家家臣達を拘束、信長が反乱鎮圧に動いたところを末森城から出陣した信行が清洲城を攻撃し陥落させ、行き場の失った信長に対して交渉を持ち込もうという作戦らしい。


 信行様の作戦を見てあまりにも甘い計画に若干落胆したが、俺は独自に計画を修正し、信長様をここで本気で殺すことに決めた。






 妻達に作戦決行数日前にこの話を伝えた。


「五分五分じゃな···上手くいっても信行様は時代を変革するような力は持ち合わせてはおらんぞ···器としては尾張一国を治める程度じゃな」


「信長様は?」


「日ノ本全てを治める器を持っておる」


「···俺は?」


「わからん。大き過ぎる故にな」


「···玉、お世辞でもそう言ってくれてありがとう」


「天運がどちらに傾くか···それで決まるっすな! 仕方ない。私も薙刀を振るうっすよ」


「じゃぁ私も太刀を振るおうかな!」


「草子、チチ···」


「家族なんだから頼ってよ。確か中華には農民から皇帝になった人もいるんだし、佐助も頑張れば狙えるって!」


「···俺は城を任されるくらいの器しかないと思うんだけどなぁ」


「乱世を終わらせるくらいの気持ちで頑張ろうや!」


「···わかったよ雪、子供達の為にも頑張るね」


 俺は改めて覚悟を決め、部下達に命令を行った。






 1月中旬、作戦を決行。


 日常業務を行おうとしていた村井殿を俺がまず拘束し、部下達も重臣の面々を拘束。


「佐助! 何を!」


「信行様の命令です。信行様が今一度家督を相続するために動き始めました。村井様や織田家家臣の皆さんは信行様が家督を相続するまで軟禁させてもらいます」


「···わかった。指示に従おう」


 那古野城の兵と俺が仲が良かった事や信長様の親衛隊の方は捕縛後に城から追放に留めた事で、抵抗らしい抵抗も無く城を掌握した。


 この時点で那古野城に詰めていた兵450名と俺の部下の50名を合わせた約500名が動かせる兵数である。


 直ぐに信行様に作戦成功の伝令を向かわせて、城の防備を固める。


 と準備を進めると翌日には信長様含めた織田家の家臣の皆さんが那古野城に向け出陣を始めたと白右衛門から報告を受けた。


 信行様の出陣まではもう数日かかると別の伝令から言われた。


「流石信長様、素早い」


「どうするのだ? 那古野城は平城で防衛に向かんし、城下の町を戦火に巻き込むのか?」


「まあそれは織田家にとって避けたいですね···鬼になりましょうか」


 村井様からの問に私はそう答えて、那古野城での防衛戦を放棄、野戦に切り替えた。


 俺は兵を引き連れて庄内川まで前進した。


 ここで兵達を鼓舞する。


「勝てば歴史に名を残せる。負ければ何も残らない。勝てれば将来の城持ちは約束しよう! いざゆかん!」


 この兵達の中には草子やチチもおり、まずは弓合戦が始まった。


 俺は弓が扱えない兵達に木の大きい盾を持たせ、弓が扱え、かつ城であまり使われていなかった強弓(引くのに80キロ以上の力が必要な弓)を部下達に持たせ、次々に弓を放つ。


 特に俺は五人張り(5人がかりで弓を作ることから)の弓を持ち出し、放った弓は木の盾を貫通して盾を構えていた兵が次々に射殺されていった。


 ただ人数が少ない為に弓合戦は信長方の方が物量に勝り、俺達は押されてしまった。


 すると川を渡河した部隊が現れた。


 鬼柴田こと柴田勝家と七本槍の下方貞清の部隊である。


 敵になってしまった事を悔やむが、俺は渡河を渡り終えた部隊に襲いかかった。


 俺は背中に7本の槍と腰に2本の刀を差して、刃こぼれや折れたら違う武器を使い戦い続けた。


 その戦いぶりを津田盛月は日記にこう書いている。


『そこに鬼がいた。近づいた兵は次々に倒され、川岸は血で染まっていた。あまりにも強すぎるために尾張の中では精鋭の柴田殿と下方の兵達も及び腰になった』


『触れた相手が一町(109メートル)近く吹き飛び、空から落下してくる。あまりの怪力に兵達は口々に妖怪の類だと言っていた』


 と書かれていた。


 俺だけでなく白右衛門、善財、チチ、草子も大活躍で、白右衛門と草子は風の様に素早く動き、敵を次々と斬り伏せ、時には人を踏み台にして別の人を殺すという源義経が壇ノ浦の戦いで船を次々に踏み越えながら敵を殺した逸話の様に、まるで空を飛んでいるかのような戦いを披露。


 チチは持ち前の怪力で大太刀を振るうと5、6人を吹き飛ばしたり、叩き潰した勢いで人を肉塊へと変えていた。


 善財は俺が指示できない間に部隊の指揮を行い、的確に渡河をしようとした敵を倒していく。


 あまりの損害の多さに渡河を諦めた信長は川を挟んで睨み合いに以降する。


 信長方の被害は150名に対してこちらも50名以上が弓矢によって倒されており、被害が甚大であった。


 翌日、翌々日は睨み合いで時間が過ぎていたが、合戦が始まって四日目に事態が動いた。


「伝令、織田信行様清洲城の奪取に失敗。清洲城の守将は丹羽長秀と判明!」


「丹羽殿か···はぁやっぱり上手くはいかないか」


「どうされますか」


「仕方がない。善財、部隊を那古野城に退かせろ。白右衛門信長の首を取りに行くぞ」


「わかりました!」


「私も行くっすよ」


「草子···正直妻を戦わせている時点で夫失格だと思うんだけど」


「まぁまぁ···最後までつきあわさせてほしいっすよ」


「···わかった。行くぞ」








 一方池田恒興と信長が話していた。


「信長様、対岸の辻鬼の部隊が退いていきますな」


「あやつが部隊運用もここまで優れているとは思わなかったな。殺すには惜しいな···もっと優遇するべきだったか?」


「過ぎてしまった事は仕方がありません。柴田殿を許した様に許してから使いましょう」


「そうだな。まぁ信行は二度目だ。流石に許せん。加担した熱田の加藤も粛清する」


「それは仕方がありません」


 と話し、渡河を終えて那古野城に向かうと足軽が伝令と言ってくる。


「伝令、信長覚悟!」


 織田家の内部情報を知っていた佐助達は遠回りをし、後ろに回り、渡河の最中にしれっと織田軍の中に侵入して信長に近づいていた。


 流石に信長までまだ距離があるが、親衛隊が控えているのでこれ以上近づけないと悟った佐助は変装を辞めて人を踏み台にして一気に近づいた。


 同士討ちになるので槍は使えずに親衛隊の面々は刀を抜くが、思いっきり突き飛ばして倒すと背負っていた槍を信長が見えた瞬間に投げた。


 投げられた槍は信長の胸部を貫通し、血を吹きながら落馬した。


 俺は親衛隊が呆気にとられた瞬間に混乱する人に再び紛れ、逃げようとしたが、怒り狂った親衛隊の面々が死物狂いで捕らえにかかり、逃げられないと悟った俺は伏せていた白右衛門と草子を逃がすと、親衛隊の面々に捕まった。


「絶対に殺すな!」


 親衛隊筆頭の河尻秀隆の掛け声で俺は殺されることなく縄で縛られて連行されることになった。

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