1554年 清洲城攻略戦
「ふむ···」
俺は兵糧番となった事で那古野城の備蓄食糧について計算していた。
「何を悩んでいるので?」
「藤吉郎殿か···いや、備蓄米等を計算していて」
村木砦の戦いは数日の軍事行動で決着したが、長期戦となることもある。
それを考えると那古野城の食糧備蓄は少々心許なかった。
そもそも信長様が城に金をかけるくらいなら子飼いを育てたいという程人材不足が深刻であったり、金のかかる鉄砲を揃えるのに無理をしていた為、しわ寄せが各所に出てきていた。
「藤吉郎殿は炭番で成果を出していますからな」
藤吉郎は炭番になった際に前任者から与えられた帳簿と炭の消費量が予想以上に多い為、原因を探ると各々の部屋で暖をとってお喋りをしている時間が多かったり、商人が炭を採っている山の伐採本数をかさ増しして代金を徴収している不正を正し、仕事を適切に割り振り、暖を取る部屋の数を減らしたり、商人達に罰として苗木を多く植えるようにして炭の生産量を上げて将来的な価格を下げる的確な指示を出していた。
「藤吉郎の様に俺も頭が回れば良いのですが」
「いやいや、米油を生み出し、辻野分(佐助のあだ名)は尾張中に響いておりますよ」
「あはは···兵糧をなんとかしないと···」
「信長様も無茶を言いますなぁ。清洲方面でも戦が続いているというのに」
清洲織田家との戦闘も続いており、小競り合いが続いていた。
それも兵糧の消費に拍車をかけており、しかも熱田も信行との争いで減収になってしまっていた。
「米の消費を下げる···いや、それだと士気に関わる···どうすれば···」
「あはは、笑い事ではないですが、手伝えることであれば手伝いますぞ」
「藤吉郎殿···」
「互いに下の身分出身故に苦労があるでしょうか頑張りましょう!」
ということで兵糧の確保を頑張らなければならない。
俺はまた頭を抱えるのであった。
「保存食ですか」
食事に詳しいお雪に相談すると知恵を出してくれた。
「米の消費量を抑えるために他の食事を増やすですか···なるほど」
「うん、雪なら何か知恵があるんじゃないかと思って」
「お玉さんが中華の兵糧として有名な光餅(沖縄の菓子のクンペンに近い物、餡は味噌が使われた)を再現したものや天竺の主食(ナンに近いもの)、乾パンを作ってみました。あとは野菜の漬物とかになってしまいます」
「小麦だったら米よりは安く仕入れられるか···ありがとう雪」
「あとは牛の乳を使ったチーズという食べ物と···とっておきはこれです」
と茶色の拳程の大きさの球体が出された。
「これは?」
「兵糧丸という食べ物で草子が言うには米粉、小麦粉、そば粉、里芋粉を水飴と油で混ぜ、胡麻、生姜、味噌、梅肉(梅干しをペースト状にしたもの)の4種の味付けで、これならば水を摂取することで腹が膨れるし、力も湧きます。日持ちもしますのでこれならば米の消費量を減らせると思いますよ」
「ありがとう···雪、助かるよ」
卵も牛の乳を必要とするチーズ等は今は難しいが、他の兵糧を合わせることでなんとかなりそうである。
あとは米を安く入手することを考えるのみである。
与えられた資金は限られている。
収穫期の秋もまだ先、米価は高止まりしているので今兵糧を買うためには多くの資金が必要となる。
「どうしようか···」
俺はどうすれば良いか考えたが、ふとチチが牛を売った時に競売という方法を取ったということを思い出した。
「ん! これならいけるかもしれない!」
米価の問題点は収穫期や戦乱で乱高下することである。
ならば一定期間だけでも一定にしてしまえば良い。
一回限りかもしれないけどやる価値はあると熱田の庄屋に話を持っていった。
「この価格で買える米の量が一番多い庄屋に秋の収穫後の米価の価格を今回買わせてもらった量と同等量まで同価格を保証する」
とした。
つまり今売れば売った分だけ秋の米価が保証されるということであり、競争相手が居るので相手よりも多く売らなければ価値を確定できない。
談合しようにも今織田信長派と織田信行派で別れてしまっているので、片方とは言え保証が貰えるのは商家にとってはありがたい。
秋は少し割高で買わなければならないが、秋にはもっと多くの量を仕入れるのでダメージは少ない。
俺は必要量を限られた資金で確保すれば良い。
庄屋は保証が貰える。
双方利益のある提案であった。
こうして当面の兵糧を安く仕入れることができたのだった。
「ふぅ···無茶振りをなんとかしたぞ」
俺がとりあえず一仕事を終えた頃、尾張では大事件が発生した。
守護斯波義統が人質にしていた清洲織田家の面々に暗殺される。
戦局が織田弾正家に有利になったことで斯波義統が信長に密書を送り信長に寝返ろうとしていたのを察知し先手を打って暗殺したのであるが、息子である斯波義銀を取り逃がし、信長の下に逃げ延びており、大義名分を手に入れた信長様は全力で攻撃を開始。
ちなみにこの時信長様の叔父である織田信光に裏切らせて信長と挟撃をするという密約を持ちかけていたが、信光が計画そのものを信長にタレコミをしたことで清洲織田家の勝ち目は消えた。
清洲の大和織田家の守護代織田彦五郎は自害、清洲城は信長の手に渡りようやく信長様はある程度の勢力を確保することができた。
仇討ちの為に送られたのは柴田勝家と森可成の部隊が野戦に圧勝したことで勝敗が決定した。
俺の部隊は特に大きな働きは無かった。
まぁ兵糧運搬と護衛をしていたので武功を稼ぎようがなかったと言えばそれで終わりだが···
ちなみに織田信光がこの数カ月後に急死してしまった。
親族に対してダダ甘の信長様が暗殺したわけではなく、本当に急死だったのだが、領地を接収したために疑いの目を向けられ続けることになる。
ただこれで一応尾張の約四分の一が信長様の手に渡ったことになる。
信長様はすぐに拠点を那古野城から清洲城に移転し、空いた那古野城は林兄弟に預けられた。
ただ織田信光が亡くなった事で信長様を尾張国内で支持する大物が不在となった為に、林兄弟を信長様の陣営に引き留めようとする計らいでもあったのだが、これは裏目ってしまうのであった···
「佐助、信長様からの命令だ。清洲城には来なくて良い」
「な、丹羽様···何か俺は不手際でも?」
「いや、佐助と信長様の相性が悪いのは知っているから、私が取り持った。織田家にとってお前の知力と武力は必要だと思っているし、皆お前を敵に回したくない」
「ですが、尽くしているハズなのに辛く当たる信長様への忠義が俺は揺らいできてしまっています」
「だろうな。親衛隊の面々も頭を悩ませているよ。佐助に読み書きや算術を教わった者は多いからな」
「私が農民だから最初は冷遇しているのかと思ったのですが、近い立場の藤吉郎には目をかけているので、ますます俺は信長様がわからなくなってきました」
「とりあえず今のお前を信長様に近づけるのも、かといって身内での争いになる可能性が高い信行様の近くに置くのも不味い。故に前に村木砦とその付近の村の代官になってはくれないか?」
村木砦は破壊したが、織田家と水野家の間には今川家に寝返った山口親子の領土と城があり、周囲の国人達も水野家以外は基本今川よりであり、尾張で一番の危険地帯である。
「危険地帯ではあるが、知行が五百石まで伸びる。知行が少なくて苦労しているのは知っているから行ってくれないか」
「村木砦は再建しても?」
「それは構わない。水野殿がまた今川に攻められた時に織田家に逃げるための時間を稼いだり、山口親子や今川方の備えとしてあそこに砦はあった方が良いからな」
「わかりました。仕事を引き継ぎが終わり次第直ぐに向かいます」
俺は五百石の知行の代わりに織田家中枢から左遷されることになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます