第52話

 通されたのは随分と簡素な書斎。

 飾り気はない。

 ただ、所狭しと置かれた本と紙束の山が目立つ。

 

「ルーカス・アラディア……あった、これだ」


 とても整理されているようには見えない机から、さほど迷うこともなく目的のものを見つけ出す学園長。

 そして、彼は俺の方へ1枚の紙を見せる。

 隅の方に俺の名前だけが記さていた。

 ただそれだけで、あとは白紙。


「あの、それは?」

「希望学科を言いなさい。そうしたら私が受理してここに書いてやろう。魔法科か、騎士科だ。まあ、聞くまでもなかろうがの」

「なるほど。では、魔法科でお願いします」

「…………ん? まて、言い間違えか? 貴様は騎士科志望だろう?」

「あの……魔法科で、お願いします」


 俺の言葉に学園長が困惑している。

 何故だろうか?

 そんな疑問は浮かばない。

 なにせ、俺の背には今もしっかり黒翅が携えられている。

 それを見たら普通は剣士志望だと思うだろう。


「一応言っておくが、魔法科に剣の訓練はないぞ」

「はい。存じております」

「では、何故剣を持ってきおった……?」


 蟀谷こめかみを指先でトントンと叩く仕草からも、学園長が理解に苦しんでいることは良く分かる。

 軽く溜息なんて吐いてみたりして、彼からはもう全面に「何言ってんだお前」って言いたげな空気が出ていた。

 

 ちなみに、学園に剣を持ってくること自体は珍しいことじゃない。

 幼少期から剣を習い、愛用の剣を持っていることは貴族なら良くある話らしい。

 同じように、父様は学園に槍を持って行っていたと聞いている。

 

 ――それはさておき。

 

「王都に剣を習っていた恩師がいます。再開する折りには、この剣を持つ姿をお見せしたかったのです」

「吾輩は剣士ではないが、それでも見れば分かる。その剣、相当な業物だな。それほどの剣を授けられたのだ、剣士として期待を掛けられておるのだろう? なぜ剣の道を志さない? 魔法の才能値の方が上回っているのか?」

「いいえ、私の魔法の才能値は1です」


 嘘をついても仕方ない。

 相手は学園長だし、本当の事を言っておこう。

 こっちに関しては、口止めもされてない。


「才能値1⁇ 聞いたこともないぞ⁉」


 すると、予想以上に食いつかれた。

 

「他の人からも言われました……」

「本当なら、貴重な観察対象になる……。もしかすると、良い研究ができるか?」


 あの、めっちゃ独り言漏れてます……。

 やめてよ、人を観察対象とか言うの。

 まぁ、でもおかげで話がうやむやにできそうだ。


「あの、とにかく魔法を学びたいので、問題がないなら魔法科に入れてください。よろしくお願いします」

「ああ、うむ」

 

 返事はあったけど、俺の言葉をちゃんと聞いてくれているかは定かじゃない。

 今も学園長はぶつぶつと何事かを独りで喋り続けている。


「0と1の差とはどれ程のものなのか……。世界に才能を認められなかった者と、例え1でも才能を見出されたもの。その差を明確にできれば――」

「あのぉ、すみません……俺はこの後どうすれば……」


 俺の言葉が学園長に届くことはなく、彼が彼方へやっている意識を取り戻すまで、俺はそこで立ち尽くす他なかった。

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