第48話

 私が余計な我儘を言ってあの方を困らせてしまった。

 私にとってルーカス様は命の恩人であり、凶悪な魔物と単身で戦う事ができる御伽の勇者の如き人。

 そんな幻想を抱いていた。

 彼ならば、私の前に颯爽と現れ灰狼を蹴散らして見せたように、街道警備隊の方々もあっと言う間に助けてくれるだろうと。

 そんな風に思っていた。

 

 でも、その考えはあまりにも稚拙で蒙昧。

 あの方は、私と同じ10歳の少年なのに……。

 

 あれから二日。

 ルーカス様が――帰ってこない。


「ルーカス様はご無事でしょうか……やっぱり私も彼の元へ……」

「いけませんお嬢様。ルーカス様からは期日を過ぎれば先に学園へ向かうように言われていたはずです。それに、お嬢様が行ったところで何が出来るというのですか!」

「でも、ルーカス様に魔物狩りへ行くよう願ったのは私なのに……」

「それは……」


 リーンも口を結んで続ける言葉を見失っている。

 もし今回の件でルーカス様に何かあれば、彼の背を押した私に責任がある。

 リーンもそれが分かっているのだろう。

 だからこそ、彼女はルーカス様が宿場町を出た後、私を窘めたのだ。

 人を戦いの地へ送り出すような我儘を言ってはいけないと、彼女にしては厳しく私を叱った。

 もしそれで願いを聞き届けた人に何かあれば、その責任を取らなければならない。

 何より、私自身が耐えようのない後悔に苛まれるのだと……。

 その通りだと思う。

 けれど、ヘンデルさんの考えは私やリーンとは違うらしい。

 

「クオン様、たとえきっかけを作ったのが貴方だっとして、最後に決断したのはルーカス様自身。責任を感じることじァありやせんぜ?」

「そんな、薄情な……」


 私の言葉を聞いてヘンデルさんが顔を顰める。

 

「薄情? バカ言っちゃいけねぇ。人生はどこまでも自分の選択でしか物事を進められねぇんだ。後になって誰が言ったからだとか言い訳するような奴ァ半人前。ルーカス様はそういう御人じゃありやせんよ。今、ここからルーカス様のところへ行っても、それはクオン様の自己満足にしかならねェ」

「ヘンデル殿! 幾らなんでもその言い方は――」

「やめなさいリーン!」


 ヘンデルさんの言い方はキツイものだった。

 けれど、それは私を一端の貴族息女と認めた上でのこと。

 私の目をしっかりと見据える彼からは、そんな意図が明確に伝わってきた。


「…………分かりました。私は、行きません」

「お嬢様、良いのですね?」

「はい」

「賢明な判断でさァ。それでこそ――」

「でも!」


 私はヘンデルさんの言葉を遮って続ける。


「学園にも行きません!」

「はい?」

「ん?」

「私はこの宿場町で彼の帰りを待ちます!」

「お嬢様……」


 ヘンデルさんが言っていた通り、結局は自己満足でしかない。

 でも、どうせ選ぶなら私は自分が満足できる選択をしたい。

 この場所に心を残して学園に行ったとして、その選択は私自信を苦しめる。

 私は、私の為にここに残るのだ。

 そして、彼と共に学園へ行こう。

 それが今の私にできる最良の選択だ。


「すまねぇルーカス様……あのお嬢さんは思った以上に頑固そうだ……」


 ヘンデルさんの小さなぼやきが私の耳に入ることはなかった。


「ルーカス様、無事に戻って来てください……」

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