第45話

 王国式柔剣術、その真の極意は『脈』を操る事。

 あらゆる力には、脈がある。

 波動、あるいは指向性と言ってもいいかもしれない。


 柔剣術の基礎は、その脈を大まかに掴み流れにそって攻撃をいなす技。

 壱ノ型である≪流閃≫はその最たるもの。

 そこから派生する伍ノ型までは、単なる応用に過ぎない。

 だが、それはあくまでも基礎。

 まだ次がある――。

 

 剣を突き出し、ただ攻撃を待ち構える。

 傍から見れば、俺の姿は敵の攻撃を前に全てを諦めただ棒立ちしているように見えるかもしれない。


「――ッシ!」

 

 剣先にバケモノの剛腕が届くと同時に、剣を起点に俺の全身へアホみたいな衝撃が駆け抜ける。

 けれど――俺はその場からピクリとも動かない。


「ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙⁈」

 

 バケモノが叫び声を上げてひっくり返る。

 黒翅に触れた奴の右拳は縦に大きく裂け血を吹き出す。

 その裂傷は拳から前腕にかけて一直線に続いている。

 もう奴の右は死んだ。


「ハッハー! ビビったかクソったれ‼」


 ようやく手ごたえのある一撃を入れて思わず叫んだ。

 正直、成功するかは五分かそれ以下だと思っていた。


 見ただけで何が起こったか分かる人間は殆どいないだろう。

 俺は今、目に見えない

 それが分かるとしたら、そいつは柔剣術の奥義を知っている人物だ。


 あの拳が黒翅に触れた瞬間、攻撃の脈を剣技に乗せて全て突き返した。

 王国式柔剣術を極めた者は、脈を操り、敵のあらゆる攻撃を無効化、受けた攻撃の威力を自らの剣技に上乗せして返す。

 その究極形が奥義≪郭断絶剣≫……らしい。

 

 ぶっちゃけよくわからん。

 だって、これブライド先生も再現不可能な技だったし。

 俺がブライド先生から聞いた話をそれっぽく再現したら、「もうそれで完成ってことでいいんじゃないですか?」という適当なコメントで締めくくられた。

 

「これで、逃げてくれりゃあ良いんだが……そうは問屋が卸さないよな」

 

 俺の攻撃をまともに受けたバケモノは右腕を押さえながら、こちらを憎々し気に睨みつけている。

 今までも背中がゾワゾワするような殺気を放っていたが、さらに濃密になった。

 この場にいるだけで吐き気がするほどだ。


「さぁ、第2ラウンドと行こうか……」


 言いながら俺は剣を構え直す。

 余裕ぶった言葉を吐いて自分を鼓舞しなければ、意識が飛びそうだ。

 まだ興奮状態で身体の痛みをどうにか無視して戦えている。

 でも、長引けば俺の方が先に動けなくなるのは目に見えていた。

 だから――。


「あと、一撃でお前を殺す」


 俺の言葉を理解できるはずもないが、正面に立つ敵は呼応するように低く唸り声を上げた。

 奴も、左の拳を固く握り強打の構えを取る。

 馬鹿の一つ覚えだが、あれを喰らえば死ぬ。

 至極単純な暴力。

 シンプルな強さ。


 対して、俺も奴と同様にさっきと同じ構えを取る。

 王国式柔剣術、その奥義の構え。

 きっと、次が俺に出せる最後の技になる。

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