第43話

 俺とバケモノは互いに動かず見合う。

 奴との間にチリチリとひりつくような空気が流れた。

 目の前のバケモノは、意外にも俺を警戒しているかのように動かない。

 

 野生の勘とやらでも研ぎ澄ましてやがるのか?

 時間をくれるなら、こっちは好都合だ……。

 

「ふぅぅぅぅ……」

 

 息を長く吐き出すと、硬直していた全身の筋肉が弛緩してく――。

 そして、それを見計らっていたかのように、バケモノが大岩のような拳を振るった。


「ヴォォオオオオ!」

 

 奴の狙いは俺の頭。

 その拳から放たれるのは無慈悲なる力の暴流。

 

 しかし、俺の脱力は致命的な隙にならない。

 むしろ、その逆。

 柔剣術は脱力状態こそが理想の臨戦態勢。


「≪流閃≫」


 瞬間、俺の身体は木の葉のようにヒラリと宙を舞う。

 これまでに体験したことのない馬鹿力を受け流すのに最適な動きをしようと思ったら、勝手に身体がそう動いていた。

 俺の身体は空中で逆さになり、さらに身体ごと力に流されて視界が目まぐるしく変化する。

 そして、グルグルと錐揉みするような勢いを乗せ――斬撃が奴の首に直撃する。


 ――ギリッ。


「硬ッ……⁉」


 これまで、黒翅は俺のイメージ通りに敵を両断してきた。

 なのに、奴の首は落とせない。

 俺の攻撃は奴の首筋に小さな切り傷を作るにとどまった。

 

 俺は転げるように着地し、その勢いのまま一旦距離を取り直す。

 正直、過去一番と言って良いキレの≪流閃≫だった。

 同じことをやれと言われても出来る気がしない。

 

 心臓は戦いが始める前よりも強く脈動する。

 ドックンドックンと強く跳ね上がるせいで胸が痛む。


「首に鋼でも仕込んでんのかよテメェは……」


 俺の言葉を理解しているわけがない。

 だが、奴の顔は俺を嘲るようにニヤリと笑って様に見えた。

 俺の非力さを知って笑ったのか、それとも――内心の絶望がそう思わせたのか。


「ゴアァァアアアア‼」


 今度は俺の隙を伺うような事をしない。

 バケモノが一気に俺へと詰め寄り――――。





 

 


『死』






 

 咄嗟に身体を全力で左へ逸らす。

 それなりにあったはずの間合いは一瞬で潰されていた。


 思っていた以上に、動きが速い⁉

 さっきまでは本気じゃなかったのか!

 

「――ッ⁉」


 いつの間にか奴の右拳が俺の頬を掠める。

 驚く間もなく、左の拳が飛んできた。

 

 避けたんじゃ、間にあわ――――。


「≪流閃≫‼」


 咄嗟に出たのは、やはり最も使い慣れた型。

 でも――。


 流しきれない⁈


 俺は今度こそ捌ききれない力の濁流に押し流される。

 そのままあらぬ方向へ俺の身体は吹っ飛んだ。

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