第41話

 ようやく分かった。

 どうして灰狼がこんな場所にまで流れてきてしまったのか……。

 姿は見えないが、咆哮の発生源。

 から逃げて来たに違いない。

 今もなお、着実に此方へ近づいてきているアレに――‼


 見えなくても、気配で分かる。

 とんでもないバケモノが来る。


「勘弁してくれよ……」


 馬はどこかへ駆けて行ってしまった。

 帰りは歩き決定だ。

 ここから歩いて宿場町まで何日かかる?

 まず入学式に間に合う事はないだろうな……。

 

 いや、こんなこと考えてる場合じゃない!

 というか、頼むから夢であってくれ!

 早く! 目ェ覚めろ!

 

 ……起きたらレイラが俺の傍に居て「ルーカスにぃ様やっと起きたの?」とか言うんだ。

 父様と母様、それにグリモルさんも居て……なんならブライド先生も笑って――――。



 


「ッ――!」


 俺は自分の唇を噛み切って現実に戻ってくる。

 もう現実感がなすぎて、思考がぐちゃぐちゃになっていた。

 ありえない妄想に逃げて、恐ろしい状況から心だけでも逃げそうとしている。

 これが本当の本当に死を悟った人間の精神状態なのだろうか。

 今のは走馬灯みたいなものだったのかもしれない。

 

「ケルビンさん! 起きてッ! 起きろよ‼」


 俺を庇いながら馬の背から振り落とされたケルビンさんは意識を失っている。

 声を掛けるが苦悶の声を漏らすばかりで目を覚まさない。

 頭を打ったのかもしれない……。


「どうすれば良いんだ……?」


 息はある、でもどう見てもケルビンさんは立てる状態じゃない。

 俺が運ぶ? 無理だ。


 


 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 ……………………。



 

「俺に、バケモノと戦えって……?」

 

 俺にできる選択は二択。

 戦うか、逃げるか。

 

「いやいや、死ぬだろ……」


 全滅か、自分だけでも逃げるか――。

 つい最近、同じような事を考えた気がする。

 その時は、全滅するより、1人でも生き残れる可能性に掛けるのが正しいと自分で答えを出した。

 クオンたちを置いて逃げた御者に理解を示したヘンデルさん。

 それに共感した俺。

 土壇場で、結局俺っていう人間は………………。


『護れる人間であれ』


 これは別に他人だけじゃない、自分の命だって含まれるはずだ。

 なら今ここで逃げたって、俺は………………でも――。


「待て、待て待て!」


 俺は別に救世主メシアでも英雄ヒーローでもない。

 ただの魔法師に憧れる子供で、これから貴族学校に入学予定のルーカス・アラディア君だ。

 お前に何が出来んだよ?

 多少魔物と戦えるくらいで調子に乗るなって!

 死ぬって!


「きっと今逃げたって誰も文句なんて言わない……」

 

 

 ――誰も、文句なんて言わない……けど! 


 でも、ここで逃げたら俺は何かを失う気がする。

 大切な、何かを。


 

 そして、俺は――――。

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