第39話
――あれから、数日。
俺たちは王都を目前にして宿場町から出ることすらできずにいる。
灰狼の素材を証拠品として見せるまでは良かった。
しかし、そこから事態が予想外の進展をしてしまう。
死んだと思われていたクオンとリーンさんの遺体を探しに出ていた捜索隊が、街道で魔物に襲われてしまった。まさかの二次被害である。
命からがら逃げてきた隊員からの報告で、2度目の魔物出現が知らされたのだ。
そして――。
「こんなことを君に頼むのはお門違いと重々理解はしている。だが、現状我々には即戦力が求められているのも事実。貴方が本当に複数の灰狼を単身で討伐できる実力をお持ちなら、なんとか力を貸していただくことはできないだろうか?」
「いや……そういうのは冒険者に頼めば良いんじゃ…………」
クオンとリーンさんの安否確認だけを済ませて王都へ出発する予定だった俺たちは、ケルビンさん――俺たちが宿場町で最初に話した街道警備隊員――に引き留められている。
正確には、引き留められているのは俺だけなのだが……。
「だが、あの浮浪者共は当てにならない!」
「浮浪者って……彼らは魔物狩りのプロのはずですけど?」
「何を言っているんですか! あの飲んだくれ達に魔物の討伐などできるはずがない!」
「飲んだくれって……でも、元は冒険者が灰狼を退治したと思ってたんでしょ?」
「あ、あれは……状況的にそうとしか……」
「……ルーカス様、冒険者がまともに魔物狩りをしてくれるってのァ辺境地出身ならではの考えでさァ。王都では、ちと事情が違う」
「どういうことです?」
――ヘンデルさん曰く、冒険者の実力に関して言えば、王都は辺境と比べて非常に劣っているとのこと。
まだまだ開拓が進んでいない辺境では、魔物や魔獣の出現は珍しくない。
対して、人が住みやすいよう整地された王都周辺の地では魔物が出ることは少なくなった。
結果として、王都に居る冒険者の大半は魔物狩りになど出ることはなく、民間の雑用をするか、日がな酒を飲んだくれる集団になっているのが現状だとか……。
最近になってこのことが問題視され、各地から腕の良い訓練官や冒険者を引き抜こうと王都の冒険者ギルドは躍起になっているんだそう。
ブライド先生にお鉢が回った理由をこんな形で知ることになるとは思わなんだ。
「いや、でもS級冒険者とかは基本王都に居るって聞いてますけど?」
「……S級冒険者は、こんなことでは動かない。いや、動かせないと言った方が正しいです」
「ルーカス様、S級冒険者っていうのは一般の冒険者とは一線を画する存在なんでさァ。あの人らが受けるのは、一般の依頼ではなく国からの指定依頼だけだ。言い方は悪いが、彼らは国の大事のための貴重な人材であって、こういう些事に出張ってくることはない。そもそも、こういうときのために街道警備隊がいるわけですわ。そうでしょ?」
「その……通りです……。しかし、我々も魔物と対峙する経験というものは殆どないのが、正直な所……でして……」
つまり、王都には魔物との実戦経験を持つ人間が極端に少ないと、そういうことか……。
どんだけ平和なんだよ王都。
っても……俺もチンタラ魔物退治してる場合じゃない。
なんせ、もう大幅に旅程が崩れている。
本来なら学園の入学式より2週間前には王都に到着してるはずだった。
それが、気づけば1週間以上は遅延している。
「俺、5日後には王都の学園に入学していなければならないんですよね……」
「そ、そんな……」
人助けは大事だ。
アラディア家の家訓にある通り、助けを必要としている人を可能な限り護るのが俺の心情。
でも、今回に関しては仕事を全うするべき人たちがいる。
俺の前で項垂れているケルビンさんだけど、彼こそが本来この件を解決するべき役柄のはず。
そもそもこの短期間に2回も同じことがあったんだし、3度目がないとも限らない。
2回とも俺が解決したとして、次また同じことがあったらケルビンさんはどうする気なのか……。
また赤の他人にお願いするとか言い出さないだろうな?
「ルーカス様、時には厳しさも大切でさァ。どう考えても、これは彼らの仕事。仮に警備隊の力でどうにもならなければ、そのときはさっき言った通り、国からS級冒険者様にでも依頼が行きやすよ。あっしは、ルーカス様はこの件に首を突っ込まず学園に向かわれるのが良いと思いやす」
やっぱりこういう時ヘンデルさんはサバサバしている。
正直、俺もそう思う。
そう思うんだけど……俺の後方からは静かに何かを訴えかける様な視線を感じるのだ。
さっきから黙って何も言わずに事の成り行きを見守っているクオン。
怖くて振り向けねぇ……。
だって――。
「ルーカスさん……」
あぁ……やめてやめて……。
「助けて差し上げることは、できませんか?」
「…………3日間だけなら」
「ルーカス様、アンタって人は……」
振り向いた先には、目をキラキラさせるクオン。
そして、申し訳なさそうなリーンさんと、呆れ顔のヘンデルさんが居た。
ケルビンさんは神に祈るようして手を組んでいる。
三者三様、いや四者四様の反応を見ながら、俺は自分のアホさ加減に頭を抱える。
ギリギリを責めたデッドライン。
俺は自分の愚かしさを呪いながら、ケルビンさんの早馬に乗せられ来た道を高速で戻って行くのだった――。
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