第38話

「ハァ? アンタらが東の街道で灰狼に襲われた被害者?」


 駐屯所へ向かい部隊員の男に話しかけた俺たち。

 そこでリーンさんとクオンが事情を説明するも、何やら話が噛み合わなかった。

 

「ウチらは馬車に乗っていた乗客は死んだって報告を受けているんだが?」

「「「え?」」」


 思わず俺も2人と一緒になって驚く。


「気づいた頃には、後ろの乗客は魔獣に襲われていたって御者から聞いてるよ。それで、自分だけは命からがら逃げのびたんだとか……。ウチらもそのつもりで魔獣の駆除と遺体の回収をしようとしてたんだが……違うのか?」

「ち、違います! 私たちは置き去りにされたんです! 気付いた頃には御者だけ馬に乗って逃げていて……」

 

 俺が着いた頃には御者は居なかったし、クオンとリーンさんはまだ襲われていなかった。

 事実を話しているのはクオンの方だ。

 御者は嘘の報告をしている。

 

「どういうことなんだ?」

「……まぁ、客を置き去りにして逃げたことを隠したかったんでしょうよ。外聞が悪いですからなァ。しかも、置き去りにした乗客は貴族のクオン様……。正直に話せば、後から依頼主であるクオン様のご家族から何を言われるか分からねェ」

「なるほど……保身のための嘘か」

「客を置いて逃げるたァふてェ野郎だ、と言いたいところですが……あの状況じゃあ、普通に考えりゃ全滅でさァ。クオン様たちには悪いですが、あっしはその御者を責める気にはならねェなァ。ああいう場合、助かる可能性があるのは馬を操れる御者だけでさァ。嘘まで吐いているのはいただけねェが」

 

 2人を置き去りにした御者に対し、同業者として一定の理解を示すヘンデルさん。

 正直、俺も同意見だ。

 

 魔獣に対抗できる力がない状況下。

 命がかかっている中で綺麗ごとは言っていられない。

 全滅するか、馬に乗って自分だけでも生き延びるか。

 まぁ……普通に考えて逃げるよな。

 足の速い灰狼相手に自分以外の人を乗せて馬で逃げるのは無理がある。

 2人を置いて逃げたのは、苦渋の決断だったに違いない。


「まさか、いきなり現れた子供が1人で魔獣を全滅させるだなんて誰も思わんでしょうよ」


 チラリと俺を見て笑いながらそんなことを言うヘンデルさん。

 全滅はさせてないし、1人だけでどうにかできたわけでもないけどな……。

 まぁ、なんにしても俺が偶然居合わせたことで話がややこしくなっているわけか。

 

「アンタらが御者の言っていた乗客だって言うなら、証明できるものはないのか? そもそも、どうやって助かった? ウチらは通りがかりの冒険者が魔獣を倒したと思ってたんだが……。もしその冒険者の証言が取れるなら話は早い」

「いえ、冒険者ではなく、こちらにいらっしゃるルーカスさんが灰狼を撃退してくださったんです!」


 クオンの一言で、男の表情は急激に険しくなる。

 

「この坊っちゃんが……魔獣を?」

「はい!」

「…………はぁ。こっちは忙しいんだ! 悪戯なら帰ってくれ!」

「えぇっ⁉」

 

 どうやら俺が魔獣を倒したという話は信じ難いことらしい。

 さっきまで話を聞いてくれていた男は態度を一変してクオンの主張を突っぱねてしまう。

 

「い、悪戯じゃないです!」

「こんな子供に複数体の魔獣を倒せるわけがないだろ!」

「でも、本当に……」


 クオンは俺の方へ助けを求めるような視線を送ってきた。

 泣きそうな表情が、これまたレイラを思い出させる。

 別に顔が似ているわけでもないはずなんだが……。

 なんにしても、無視するわけにはいかない。


「……あの、彼女の言っていることは本当です。灰狼を撃退したのは俺で間違いありません」

「だから、冗談は大概に――」

「街道で確認できた灰狼の亡骸は9つですよね? 全部犬歯を抜いてあったはずです」


 俺が被せ気味に発言すると、警備隊の男はピクリと眉を動かして反応する。

 

「……ああ。だけど、それを知ってるだけでは信じられないぞ。噂はもう色々と出回っている」

「俺たちが移動に使ってる馬車に9匹分の牙がある。全部で18本。それを確認していただければ、少しは信憑性が上がりますか?」

「…………そんなものが、あるなら」


 流石に悪戯の為に高価な魔物の素材なんて用意するバカは居ない。

 これで相手も納得してくれるだろう。

 これにて一件落着。


 そんなことを思ったのだが……結局、俺たちは面倒事から逃れることはできなかった。

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