第32話
「あ、あの……」
「静かに。まだ居る」
「……っ⁉」
背中越しに声を掛けられる。
助かったという安堵の空気。
でも安心されちゃ困る。
まだ敵は確実に潜んでいるのだから。
油断したが最後、この中の誰かの喉笛を嚙み千切られる。
目を閉じて神経を耳に集中。
――ガサッ。
2人の押し殺そうとするような浅い息遣いに混じって、草を踏み鳴らす音。
俺の斜め後方……木陰から2人を狙っている!
「ガァァァアアアア‼」
猛烈な気迫で駆ける灰狼。
一直線に2人へと突進する。
俺ではなく、抵抗する力を持たない二人を優先したか⁉
だが、おかしい。
奴らは馬鹿じゃない。
あの2人を傷つけても俺に横から殺される。
そんなこと分かっているはず――――。
「グルァアアアアア‼」
思考がゴチャついた一瞬、俺の頭上からも咆哮がした。
――もう1匹、馬車の裏からかっ⁉
俺の死角。
2人が乗っていたであろう馬車の影から、その上を登って俺に襲い掛かっていた。
やはり、どこまでも狡賢い。
2人に迫る1匹は陽動、真打は想定外の場所から現れた。
「クソッ!」
なんとか頭上からの攻撃を転がって避ける。
このまま正面からやり合えばコイツには勝てる!
だけど、それだと二人の方が――⁉
「《
魔法の詠唱⁉
あのお嬢さんか!
「《ファイヤー・ウォール》!」
轟々と音を立て炎の壁が出来上がる。
2人に接近していた灰狼は慌てて急停止していた。
――行ける!
俺を襲った方の灰狼も炎を警戒して身を引こうとしている。
その隙を見逃してやるほど甘くはない。
スピード重視の一撃。
王国式剛剣術 壱ノ型 ≪
「ゼァッ!」
首筋に剣を受けた灰狼は横たわりのたうち回る。
刃は頸椎に達していた。
コイツはこのまま確実に死ぬ。
「次!」
残る敵を片付けようと身構えるが、その必要はなかった。
残った最後の1匹は、仲間を殺した俺を見て、来た道を戻って行く。
追撃はしない、もし仮に別の個体がまだ潜んでいたら、今度こそ2人を守れなくなる。
――――――。
「……はぁ~~~」
暫く警戒しても、次が来る気配はない。
山の中へ消えた灰狼を確認して、俺は大きく息を吐き出す。
正直危なかった。
冒険者たちとの背中を預けあう戦いには慣れていても、背中越しに守りながらの戦いは初めて。
あのお嬢さんが魔法で自衛してくれなきゃ助けられなっただろう。
それにしても、見事な魔法だった。
見た感じ俺と同い年くらいの女の子。
同世代であんな魔法を使えるとは……。
もしかして、あれが普通だったりするのか?
だとしたら、学校に行ってから相当苦労しそうだぞ俺……。
勢いは衰えても、未だメラメラと燃える炎を横目に二人へ歩み寄る。
「あの、大丈夫でしたか? 怪我は?」
「いえ、私たちは……」
「…………」
従者さんの方はなんとか口を動かして答えようとしてくれている。
魔法を使ったお嬢さんの方は首が取れないか心配になる勢いでウンウンと頷いた。
とりあえず、無傷ということで良いのだろうか?
「怪我が無いなら良かった…………」
さて、この後はどうしたら良いんだ?
安否確認は済んだし、もうヘンデルさんのとこに戻るか……?
でも、ヘンデルさんは何処に居るんだろうか。
歩いて追いつける場所に居るのかな……。
よく見れば目の前の二人も御者に取り残されてしまったご様子。
もう空は暗くなり始めている。
俺が置いていけば2人はここで野宿ということに……。
いや、それだと男の俺が一緒に居ると尚の事良くないだろうか?
でも、あんなことの後じゃ身の危険も感じているだろうし…………とりあえず、聞いてみるか。
「あ〜、この後はどうするご予定で? 良かったら、俺とご一緒しない?」
「「……はい?」」
下手なナンパみたいになってしまった。
実は自分から知らない人に話しかけるの苦手なんだよね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。