第31話

 前方距離200ってところか?

 灰狼の方が早くあの馬車まで到達する。

 でも、アイツらはいきなり標的を襲わない。

 自分たちの数が揃うまでは様子見と牽制。

 数が揃ってから全方位からの強襲。

 それが灰狼の戦い方だ。

 きっと、あの馬車を完全包囲するまでは動かない。

 

「奴らが陣形を整える前に俺から先制攻撃させてもらうとしよう」


 俺は黒翅を抜き放ち全力で駆ける。


 ◆


「嘘、な、なんで魔獣が……⁉」

「分かりません! とにかく逃げてくださいお嬢様!」

「逃げるって言ったって……」


 私は腰が抜けて立ちあがる事すらできない。

 小窓から見える灰色の魔獣たちがグングン速度を上げて私たちの方へやってくる。


「ここは街道なのに……どうして……」


 本来、街道には魔除け対策もされていて魔物や魔獣は近寄らない。

 そもそも、あれらの生息域からはそれなりに離れている場所に道があるはずなのに……。

 

 稀に異常事態イレギュラーが発生することもあるけれど、まさか私がその稀有な経験をすることになるとは思ってもみなかった。

 とにかく言えることは1つ。

 これは、不幸な事故。

 そして、私はたぶん助からない。


「父さん、母さん……っ!」


 王都の寄宿舎学校へ入学するためにわざわざ辺境から移動してきた結果がこれだ。

 元々、私は自分の領地を離れるのが嫌でずっと憂鬱な気分だった。

 家族との別れ際も、不貞腐れた私は碌な挨拶もしないで家を出てしまっている。

 こんなことなら、父さんと母さんにハグくらいしてくるんだった。

 

「クオンお嬢様! 立ってください! 逃げないと!」

「……っ! ぐすっ! あ、あしが……」


 足が恐怖で動かせない。

 10年生きてきて魔獣なんて直接見たのは初めてなのに、いきなり群れに襲われるだなんて……。

 こんなの嫌だ。

 

「し、失礼します!」


 従者のリーンが私を抱き上げて馬車から下りる。

 馬を操っていたはずの御者は私たちを置いてとっくに何処かへ逃げていた。


「そんなっ!」


 リーンに抱えられて外に出れば、既に数匹の狼が私たちの目前に居る。

 鋭い牙を見せ唸る魔獣は私たちを嗤っているようにも見えた。

 そして、ジリジリと包囲される私とリーンはその場か動けなくなる。

 

 遂に奴らがこちらに襲い掛かろうかという頃――。


 1人の少年が私たちの前に躍り出る。


 ◆


「――ッシ!」


 短く浅く、息を吐き出す。


「ガァッ⁉」


 横薙ぎの一振りで1匹の頭部に深い切れ込みが入る。

 頭蓋を切り裂く手応え。

 確実に殺した。


「1つ」


 間髪入れず近くに居る個体を切り裂く。


「2つ、3つ」


 目で確認できる分は残り5匹。

 でも、確実に奇襲を掛ける奴がどこかに居る。

 灰狼という魔獣は単体ではそれほど強い個体じゃない。

 けれど、コイツ等はその狡猾さで警戒されている。

 

「守りながらってのは、地味に初めてなんだよ」


 後方に意識を割けば、俺を唖然と見る女の子とその従者らしき女性が居る。

 この二人を守りつつ残り5匹を相手取って奇襲も警戒……。

 なかなか厄介だ。


 一気にやるか。


「周凰之絶」


 俺に飛び掛かる2匹を纏めて両断する。

 さらに――。


「『りん』!」


 クルリと回転し、立て続けに≪周凰之絶≫を放つ。

 王国式柔剣術 肆ノ型改式 周凰之絶『輪』。

 俺が実践を繰り返す中で勝手に作った剣技。

 目の前の5匹は断末魔を上げて地に伏した。


 さて、残りはどこにいるのやら。

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