第29話

 何だかんだとブライド先生と1年半前に訪れて以来お世話になり続けていた冒険者ギルド。

 流石に挨拶もなしに5年間も街を離れるのは気が引けて、俺は王都へ向かう道中ギルドに挨拶をしに向かった。


「お、来たかルーカス様」

「おぉ! ルーカス様!」


 ギルドに入ってみれば、今日はどうにも人が多い。

 ジルさんを始めとした、これまでお世話になってきた冒険者たち。

 それに加えて鍛冶屋のディーノさんや町で知り合った人たちまで。


「な、なんか今日は人が多いですね」

「おいおい、当然だろ? この地の次期領主にして、あの『自在剣鬼』が王都へ旅立つんだ。その門出を見送りたい奴は多いさ」


 俺が今日旅立つって皆覚えていてくれてたのか……その上、見送りまで。

 挨拶をしに来るとは伝えていないはずなんだけどな。

 ジルさん辺りが人を集めてくれたのかもしれない。

 ちょっと……いや、だいぶ嬉しい。

 それはそうと――。

 

「ジルさん……その自在なんちゃらって渾名、やめてくださいよ。なんか恥ずかしいから」

「なんだとっ⁉ カッコいいだろ!」


 俺を『自在剣鬼』とかいう妙な渾名で呼び始めたのはジルさんだ。

 一緒に狩りへ出かけた時、俺の剣技を見て考えたらしい。

 

「まぁ、ぶっちゃけ微妙だろ」

「ジルさん、ネーミングセンスはイマイチだから」

「重戦士は身体の動きだけじゃなくて頭の回転も鈍いって本当なんだな」

「オイ! 今言った奴ら、表出ろ!」

 

 俺に加えて所々から飛んでくる野次にジルさんが憤慨している。

 冒険者同士のいつものじゃれ合いだ。

 このやり取りも暫く見られないと思うと寂しく感じる。

 

「それにしても、ルーカス様が次に帰ってくる頃には15歳になっておられるのですなぁ……。既に世界でも指折りの剣士であろうルーカス様が、どんな武功を上げて戻ってくるのか……。楽しみにしてまさァ」

「武功なんて上げる気はないですよ。俺は普通に領地経営と魔法の勉強をして帰ってきますから」

「何を言っとるんです! 一度ルーカス様が黒翅を抜けば、それだけで吟遊詩人が唄を広めるに違いありませんぜ! 俺はその唄が此処まで届くことを楽しみにしとるぞ!」


 やたらと熱弁してくるディーノさん。

 でも、普通に学生やってたら武勇伝とかできないから……。

 マジであんまり期待しないで待っていてほしい。


「ああ……黒翅といえば、調整後の具合はどうですかい?」

「最高の仕上がりですよ。コイツで斬れないものはないと錯覚しそうです」

「そりゃあ良かった……。願わくば、それが錯覚ではなく、真になる剣士になってくだされ」


 ディーノさんは実の息子を見るような優しい目で俺の背にある黒翅を眺める。

 ブライド先生に貰った黒翅は、この1年半で完全に俺の身体に馴染んだ。

 より扱いやすくなるように、何度もディーノさんの店でメンテナンスと調整をして貰っていた成果もあるだろう。

 おかげで冒険者ギルドの依頼で稼いだお金の大半は黒翅コイツに持っていかれた。

 幾度にも渡る鍛え直しの末に、今ではディーノさんから≪蜻蛉カゲロウ≫という真名が授けられている。

 黒翅≪蜻蛉≫。

 成長した俺に合わせ、少しばかり重みを増した代わりに耐久性が向上している。

 もちろん、切れ味はこれまで以上の折り紙付き。

 魔獣の剛皮ごうひを容易く斬り裂いてしまう。

 

「この剣の主に相応しい男である努力はしますよ」

 

「剣士になる気はない!」とディーノさんの言葉を突っぱねようかとも思ったけど、今はやめておく。

 俺だって空気くらいは読むんだ。

 

「嬉しいことを言ってくれるじゃねぇかルーカス様! 楽しみにしてまさァ……」


 その後も俺はギルドに集まった人達から激励され続ける。

 ある者は笑い、ある者は涙を流し。

 そして――。


「それじゃあ、俺はもう行くよ。……みんな、元気で!」

「「「ルーカス様、いってらっしゃい!」」」


 こうして、多くの人に見送られた俺はアラディア領から巣立つ。

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