第24話

 振り返った正面と左右からの三方。

 ほぼ同時に襲いかかる敵。

 左右は棍棒、正面はナイフ。

 バカ正直に1匹ずつ倒してたら間に合わない。


 ――やるしかねぇ。


「王国式柔剣術 肆ノ型!」


 これは王国式柔剣術の5つの型の内最も習得が困難とされている技。

 柔剣術唯一の広範囲攻撃。

 動く的にこれをやるのは初めてだ。


 黒翅の剣先がヌルリとブレる。

 剣の速度を落とさず、滑らかに……。

 柔剣術の開祖は、この技で宙を舞う複数の鳥を斬り落すことすらできたという。

 

「《周凰之絶すおうのたち》‼」

 

 俺に飛びかかる3つの頭をほぼ同時に刎ねる。

 ゴブリンどもは断末魔を叫ぶこともなく地に落ちた。


 これで全部……のはず。


「はぁ~~~……きっつい」


 ようやく一息つくと、俺の体から力が抜けていく。


「…………痛っ゙……」


 今になって殴られた腹がズキズキと痛んだ。

 でも、ここで蹲っている場合じゃない。

 ここは森の中だ。ゴブリン以外にも何が居るかわかったもんじゃない。

 そう思って気を張りなおすと後方から枝葉を踏む音が聞こえた。


「――っ⁉」

「おっと、失礼」


 咄嗟に剣を構えようとしたら、後ろの正面はブライド先生。


「ダラァァァアアアアア‼」

「ちょーっとお持ちなさい⁉」


 俺は奴の姿を見て、全力で剣を振りかぶる。

 この野郎、当然のように俺を置いて何処か行っちまいやがって!


「抹殺ッ!」


 俺は身体の痛みで動けなくなるまで先生を追いかけ回すのだった。


 ◆


「全く、人に真剣を向けるとは何事ですか」

「子供を森に放置するとは何事だよ……」

「本当に放置してどこかへ行くわけがないでしょう。ちゃんと見守ってましたよ。草葉の陰から」

「それは死んだ人がいる場所ですよ……」

「慣用句ではなく言葉通りの意味ですよ」


 なんだかんだ悪態を吐く俺はブライド先生と帰路についている。

 ブライド先生は怪我をした俺を労って背負ってくれたりもしない。

 これから先は俺一人で行動することも珍しくないのだから怪我の痛みにも慣れておきなさいとのこと。

 言い分も分からなくはないけど、スパルタも大概にして欲しい。


「これも剣士として生きていく上で大切な経験です!」

 

 そんなこと俺に言われても困る。

 そもそも俺は剣士になる気なんてないんだから……。


「それにしてもルーカス様、見事な剣技でしたな……。特に、最後に放った肆ノ型は素晴らしかった。あれほど見事な剣技は初めてみましたぞ。逸話にある鳥を斬り落としたという開祖を思わせる剣の冴えでした」

「大げさですね……。鳥とゴブリンじゃ大きさが違いすぎますよ」

「ジルに注意されたばかりだというのに……。お忘れですか? 過度な謙遜は良くありません」

「これは謙遜じゃないですよ。あれは良い剣筋とは言えなかった……。斬る度に剣速が落ちてましたから。あと1匹多ければ手が間に合わなかった」


 帰りの道中、俺は何度も森の中の戦いを思い返していた。

 初めての実戦は、あの恐怖と共に強く頭に焼き付いている。

 ゴブリンの1つ1つの動きが、そして、俺の剣筋が。

 

「もしも、俺の武器が黒翅じゃなかったら……。俺は最初のゴブリンに殺されてたかもしれない」


 今さらながら、黒翅は凄い剣だった。

 俺はこれ以外の剣を知らないけれど、それでも分かる。

 これほど素晴らしい切れ味の剣はなかなかないはずだ。

 殆ど力を入れずとも敵を両断できてしまう。

 軽く、鋭い、非力な俺のための剣。


「たらればの話は止めなさい。結果が全てです。貴方は見事に勝ちきった。今は、それを喜びなさい」


 厳しい口調とは裏腹に、優しい顔つきのブライド先生。

 どうにも珍しいその表情が、俺にはとても印象的だった。

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