第21話
「グヴゥルゥ!」
「グァバァァァ!」
前方から2匹ゴブリンが迫ってくる。
何を言っているかは分からないが、殺意の籠もった奇声を上げている。
手にはそれぞれボロになった棍棒と、何か汚い液体が滴る切れ味の悪そうなナイフ。
棍棒はともかくナイフの方で切られれば、えげつない目にあいそうだ。
「む、無理無理無理無理!!」
俺はそれを見て、走って逃げた。
「やれやれ、またですかルーカス様……」
「やっぱいきなり実戦はキツイですよブライド先生!」
少し街から離れた森に居るゴブリンを狩るだけの簡単なお仕事……らしいけど、俺には恐怖体験でしかなかった。
森に入るまでは良かったんだ。
初めての街の外、広大な平野。
ちょっとした冒険気分でワクワクしていたのも事実。
しかし、その後が良くなかった……。
そこら中から感じる獣の気配。
方向感覚が狂う深い森の中。
やっぱ現実は甘くない。
俺のピクニック気分はすぐに打ち砕かれた。
「ハァッ!」
ブライド先生が気迫の籠もった一閃を繰り出すとゴブリンはあっさり両断される。
「ルーカス様、これでは私一人で依頼が終わってしまいますぞ。本日の趣旨をお忘れですかな? ご自分で戦っていただかなければ……」
ブライド先生から呆れた声で言われる。
しかし、それもしょうがない。
俺は森に入ってそれなりの時間は経つというのに一匹もゴブリンを倒せていない。
接敵するたびに今と同じ様に逃げている。
正直、俺はゴブリンを舐めてた。
群れを成すと厄介だが、個体ごとの力は大した事ない魔物。
なんやかんや言いつつ俺でも相手になるかな、とか。
そんな侮りがあった。
けれど、実戦の緊張感は俺の根拠なき自信を簡単に吹き飛ばす。
「いったい、何にそれほど怯えているのです?」
「何ってシンプルに命の危機なわけで……」
いきなり魔物と戦えと言われて躊躇なく飛び込めるのは頭のネジが外れてる輩だけだろう。
たぶん俺のように逃げるのが普通だ。
「ルーカス様、なんのためにその黒翅を握っているのです? その剣とルーカス様の技量があれば、ゴブリン程度は簡単に両断できましょう」
「そうだとしても、怖いものは怖いですよ……」
「まさかここまで腰が引けてしまうとは……。やはり実戦というのは厄介ですなぁ」
どうにも俺がここまでビビりだとは思っていなかったようで、ブライド先生の方もいよいよ困り顔になってしまった。
申し訳ないけど、逃げてしまうのは本能レベルでの防衛反応だ。
むしろ、どうしてブライド先生や他の冒険者たちが平然と魔物に向かって踏み込めるのかが分からない。
殺意を前に逃げようとするのは生物として当然の本能だと思うんだよな。
「逆に聞きたいですけど、どうして先生は魔物に突っ込めるんですか?」
「慣れと勝つ自信があるからですな」
「身も蓋もない……」
「まあ、強いて言うなら今はルーカス様をお護りしなくてはならないという動機もあります」
動機……。
戦えない俺を守るために戦う。
ブライド先生の何気ない言葉で、ちょっと納得してしまった。
そう言えば、俺には戦う動機がない……。
なんの覚悟もなく先生に流されてこんなところまでピクニック気分で来てしまった。
命を懸けるほどの強い動機……そんなもの考えても思いつかない。
俺は素直に今思ったことをブライド先生に伝えると、過去断トツで頭のおかしい答えが返ってきた。
「なるほど。そういうことですか……。では、こうしましょう。ルーカス様、次はどうなろうとも私は手を貸しません。貴方が死ねば、私は御身の亡骸を持って帰ることとします。ご自分の命を守るためなら、貴方の闘争本能も目覚めましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます